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学院編 14
467 悪役令嬢は植物の区別がつかない
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「どうしても、だ」
ロファン侯爵はきっぱりと言い切った。
「そこを何とか!私が聞いた限りじゃ、種を持ち出しちゃダメだって、知らなかったみたいなんだよ」
「知らなかったでは済まされないよ。少なくとも、俺達が今調べた船は、この港で二十年以上貿易業を営んでいる会社のものだ。昨日今日に商売を始めたわけじゃないし、『知らなかった』で済ませられるほど甘くはないよ。言い逃れはできない。それに、極めて危険な種類の植物だ。諦めてくれないか」
「種なんて皆同じに見えるじゃん」
花も木もだいたい皆同じに見えるジュリアにとって、危険な植物かどうかはあまり問題ではなかった。砂だと思ったら種だった。ただそれだけなのだ。
「ジュリア……そういう問題ではないわ。ハーリオン家が領地の管理を徹底できなかったのは事実ですもの。……ロファン侯爵、このことはありのままを陛下に報告なさいますのね?」
「ヴィルソード騎士団長には、俺が直接、陛下と宰相閣下のお耳に入れるよう指示を受けている。王都に戻り次第、すぐに王宮へ向かうよ」
「厳しい処分が下るでしょうね」
長い睫毛がアメジストの瞳に影を落とす。マリナは項垂れた。パーシヴァルは不安にさせないように穏やかな笑みを向けた。
「言いたくはないけど、多分そうだね。フロードリンと同じように、王家の直轄領になる可能性もある。ハーリオン家の領地はたくさんあるだろうけど、ビルクール港は……」
「最も重要な土地です。ビルクール海運……貿易会社もございますから」
「そうか。……貿易船の出港はしばらく止められそうだね。全てを調べ尽くして、不正を洗い出さないと」
「当然ですわね……」
「ねえマリナ。あっちの船、どうだった?」
ジュリアのすらりとした指先が示すのは、アリッサが調査を受け持った船だ。
「まだ調べ終わっていないのね」
「そうかなあ?時間かかりすぎじゃね?」
「メイナードがついてくれているから、大丈夫だと思うけれど……」
「ああ、あの極太眉の人ね。見た目強そうだから選んだの?」
どうしてこの妹は思考回路が単純なのだろうと、マリナは額に手を当てた。
「……信頼のおける人物だからよ。確かに、少し時間がかかりすぎているわ」
「パーシーさん、一緒に行ってみる?」
「なっ……」
「マリナ、青筋立ってる。どうせあら捜しされるんだから、今見つかるも後で見つかるも同じでしょ。だったら、心強い味方が多い方が安心じゃない?」
「だから、事件に巻き込まれる前提で話をしないの!」
「くっくっ……いいよ。行こうか」
笑いを堪えきれないパーシヴァルが二人を先導するようにして、三人はアリッサが調査を担当している船に近づいた。
◆◆◆
「どういうことだ、これは……」
メイナードは鬼瓦のような顔を強張らせた。彼の後ろに隠れているアリッサは、何が起こっているのだろうと太い腕の横から顔を覗かせた。
「ご覧のとおりですよ。私も常々怪しいと睨んでいたのですが、ベイルズ商会の荷物を装って禁輸品を運んでいたのです」
マクシミリアンが平然と言い放った。彼の後ろで、船長が首を振っている。
「知らねえ!俺は、頼まれてっ……」
「いつ誰があなたに頼んだというのです?妄言も度を超すと命を縮めますよ?」
「ひっ……!」
――命を縮める?迂闊なことを言ったら殺すぞってこと?
アリッサは背筋が凍った。前傾姿勢のまま固まっていたメイナードがゆっくりと姿勢を正し、一つ咳払いをしてマクシミリアンに向き直った。
「一つ確認したい。この船室に置かれた荷物には、木箱にベイルズ商会の焼印が押してある。この焼印は本物だな?」
「焼印はうちのもので間違いありません。が、木箱は使い回しですね。ほら、封をしていた札が破れています」
「つまり、彼らはベイルズ商会の空箱を使って、これらの……魔法薬か?……を持ち出そうとしていたと?」
「そうですよ、メイナードさん。おかげでロディス港でうちの名を騙った粗悪品が出回りまして。評判がガタ落ちなんです」
「ち、違う!これは……」
マクシミリアンの父が興したベイルズ商会は、グランディアでは第二位の貿易会社だ。取扱量も多く、その中に紛れ込ませれば運び出せる。だが、船長も船員も不可解な程怯えている。
「この船の他にも、あるのかもしれませんね。我がベイルズ商会の名を騙り、禁輸品を持ち出そうとしている者が」
ゆったりと手を組み、マクシミリアンは捉えどころのない表情でメイナードを見つめた。
船の中を一頻り見て歩き、メイナードとアリッサ、そしてマクシミリアンは甲板に出た。アリッサは手帳に『どうしましょうか』と書き、そっとメイナードに見せた。彼は静かに頷いてマクシミリアンを振り返り、
「……調査は、保留だ」
と告げた。
「保留?」
細い眉がぴくりと上がり、マクシミリアンの声に一瞬怒気が籠った。
「調査完了の間違いではありませんか?この船は……」
「とにかく、保留にする。船長が言うように、この船にこれらの積荷を頼んだ者がいるとするなら、その人物を特定して他の船に影響が及ばないようにしたい。よって、一度この件を通商組合に持ち帰って、領主代行の……」
「代行には何の権限もないようですが?」
「侯爵様がいらっしゃらないのなら、そのご家族が領主の任務を遂行なさる。何も問題はないだろう?」
「領主代行は、あなたの後ろでビクビクしているそこの……」
「……!」
アリッサは心の中で絶叫した。
「……だなんて言いませんよね?」
「アリッサ様に何の不満が……おい、やめろ!」
長い指先がアリッサの手首を捉えた。ギリッと力が込められ、離れようとしても揺れる船の上では逃げ出せない。
「放せ!」
「……」
メイナードに掴みかかられ、マクシミリアンは薄い唇をふっと歪めた。
「いいですよ?」
思い切り腕を引き、反動をつけてアリッサの手を離した。
――きゃっ!……え、ええっ?
後ろ向きに数歩下がったアリッサの腰に、何か硬い物が当たったかと思うと、支えのない上半身はぐらりと揺れた。青空が目に眩しい。
――私、落ちてる!?
水音に気づいたジュリアが全速力で走り出したのは、その直後だった。
ロファン侯爵はきっぱりと言い切った。
「そこを何とか!私が聞いた限りじゃ、種を持ち出しちゃダメだって、知らなかったみたいなんだよ」
「知らなかったでは済まされないよ。少なくとも、俺達が今調べた船は、この港で二十年以上貿易業を営んでいる会社のものだ。昨日今日に商売を始めたわけじゃないし、『知らなかった』で済ませられるほど甘くはないよ。言い逃れはできない。それに、極めて危険な種類の植物だ。諦めてくれないか」
「種なんて皆同じに見えるじゃん」
花も木もだいたい皆同じに見えるジュリアにとって、危険な植物かどうかはあまり問題ではなかった。砂だと思ったら種だった。ただそれだけなのだ。
「ジュリア……そういう問題ではないわ。ハーリオン家が領地の管理を徹底できなかったのは事実ですもの。……ロファン侯爵、このことはありのままを陛下に報告なさいますのね?」
「ヴィルソード騎士団長には、俺が直接、陛下と宰相閣下のお耳に入れるよう指示を受けている。王都に戻り次第、すぐに王宮へ向かうよ」
「厳しい処分が下るでしょうね」
長い睫毛がアメジストの瞳に影を落とす。マリナは項垂れた。パーシヴァルは不安にさせないように穏やかな笑みを向けた。
「言いたくはないけど、多分そうだね。フロードリンと同じように、王家の直轄領になる可能性もある。ハーリオン家の領地はたくさんあるだろうけど、ビルクール港は……」
「最も重要な土地です。ビルクール海運……貿易会社もございますから」
「そうか。……貿易船の出港はしばらく止められそうだね。全てを調べ尽くして、不正を洗い出さないと」
「当然ですわね……」
「ねえマリナ。あっちの船、どうだった?」
ジュリアのすらりとした指先が示すのは、アリッサが調査を受け持った船だ。
「まだ調べ終わっていないのね」
「そうかなあ?時間かかりすぎじゃね?」
「メイナードがついてくれているから、大丈夫だと思うけれど……」
「ああ、あの極太眉の人ね。見た目強そうだから選んだの?」
どうしてこの妹は思考回路が単純なのだろうと、マリナは額に手を当てた。
「……信頼のおける人物だからよ。確かに、少し時間がかかりすぎているわ」
「パーシーさん、一緒に行ってみる?」
「なっ……」
「マリナ、青筋立ってる。どうせあら捜しされるんだから、今見つかるも後で見つかるも同じでしょ。だったら、心強い味方が多い方が安心じゃない?」
「だから、事件に巻き込まれる前提で話をしないの!」
「くっくっ……いいよ。行こうか」
笑いを堪えきれないパーシヴァルが二人を先導するようにして、三人はアリッサが調査を担当している船に近づいた。
◆◆◆
「どういうことだ、これは……」
メイナードは鬼瓦のような顔を強張らせた。彼の後ろに隠れているアリッサは、何が起こっているのだろうと太い腕の横から顔を覗かせた。
「ご覧のとおりですよ。私も常々怪しいと睨んでいたのですが、ベイルズ商会の荷物を装って禁輸品を運んでいたのです」
マクシミリアンが平然と言い放った。彼の後ろで、船長が首を振っている。
「知らねえ!俺は、頼まれてっ……」
「いつ誰があなたに頼んだというのです?妄言も度を超すと命を縮めますよ?」
「ひっ……!」
――命を縮める?迂闊なことを言ったら殺すぞってこと?
アリッサは背筋が凍った。前傾姿勢のまま固まっていたメイナードがゆっくりと姿勢を正し、一つ咳払いをしてマクシミリアンに向き直った。
「一つ確認したい。この船室に置かれた荷物には、木箱にベイルズ商会の焼印が押してある。この焼印は本物だな?」
「焼印はうちのもので間違いありません。が、木箱は使い回しですね。ほら、封をしていた札が破れています」
「つまり、彼らはベイルズ商会の空箱を使って、これらの……魔法薬か?……を持ち出そうとしていたと?」
「そうですよ、メイナードさん。おかげでロディス港でうちの名を騙った粗悪品が出回りまして。評判がガタ落ちなんです」
「ち、違う!これは……」
マクシミリアンの父が興したベイルズ商会は、グランディアでは第二位の貿易会社だ。取扱量も多く、その中に紛れ込ませれば運び出せる。だが、船長も船員も不可解な程怯えている。
「この船の他にも、あるのかもしれませんね。我がベイルズ商会の名を騙り、禁輸品を持ち出そうとしている者が」
ゆったりと手を組み、マクシミリアンは捉えどころのない表情でメイナードを見つめた。
船の中を一頻り見て歩き、メイナードとアリッサ、そしてマクシミリアンは甲板に出た。アリッサは手帳に『どうしましょうか』と書き、そっとメイナードに見せた。彼は静かに頷いてマクシミリアンを振り返り、
「……調査は、保留だ」
と告げた。
「保留?」
細い眉がぴくりと上がり、マクシミリアンの声に一瞬怒気が籠った。
「調査完了の間違いではありませんか?この船は……」
「とにかく、保留にする。船長が言うように、この船にこれらの積荷を頼んだ者がいるとするなら、その人物を特定して他の船に影響が及ばないようにしたい。よって、一度この件を通商組合に持ち帰って、領主代行の……」
「代行には何の権限もないようですが?」
「侯爵様がいらっしゃらないのなら、そのご家族が領主の任務を遂行なさる。何も問題はないだろう?」
「領主代行は、あなたの後ろでビクビクしているそこの……」
「……!」
アリッサは心の中で絶叫した。
「……だなんて言いませんよね?」
「アリッサ様に何の不満が……おい、やめろ!」
長い指先がアリッサの手首を捉えた。ギリッと力が込められ、離れようとしても揺れる船の上では逃げ出せない。
「放せ!」
「……」
メイナードに掴みかかられ、マクシミリアンは薄い唇をふっと歪めた。
「いいですよ?」
思い切り腕を引き、反動をつけてアリッサの手を離した。
――きゃっ!……え、ええっ?
後ろ向きに数歩下がったアリッサの腰に、何か硬い物が当たったかと思うと、支えのない上半身はぐらりと揺れた。青空が目に眩しい。
――私、落ちてる!?
水音に気づいたジュリアが全速力で走り出したのは、その直後だった。
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