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学院編 14
465 悪役令嬢は魔法に驚嘆する
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他の船を案内するにも、マリナは手持ちの情報が少なかった。
――仕方がないわ。ジュリアが行った船に……。
船の検査に立ち会うハーリオン侯爵令嬢は一人でいいのだ。自分が現れれば話がややこしくなる。しかし、どういう船か下調べをせずに、行き当たりばったりで検査をしてロファン侯爵を厄介ごとに巻き込むわけにはいかない。船が無法者の巣だったら、騎士の彼も一人では太刀打ちできない。
「あちらの船に参りましょう」
「はい。……おや?誰か走って来ましたね」
パーシヴァルは目を凝らし、人影が誰だか判ると、形の良い眉を上げて瞳を輝かせた。
「ジュリアじゃないか」
「あれっ、パーシーさんじゃん。王都から来たのって、パーシーさんなの?」
マリナが互いを紹介する隙を与えず、ジュリアは姉に向かって問いかけた。
「ええ。……二人が知り合いだとは思わなかったわ」
「前に騎士団の練習を見に行った時に、案内してもらったんだ。アレックスと仲がいいんだよ」
「俺はヴィルソード邸にしょっちゅう顔を出しているから、アレックスのことは弟みたいに思っているんだ」
「そうなのね。ところで、ジュリア。走って来たのには何か理由があるんでしょう?」
「うん。マリナに報告しなきゃって思って。あの船、植物の種を運んでいたんだ」
「種?確か、禁輸品の一つだね。何の種だったんだ?」
「分かんないよ。私、花には詳しくないもん。大量にあった種は、通商組合で没収して倉庫に保管するって。で、これがその一部」
ジュリアは小ぶりの皮袋に入れた種をマリナに渡した。
「……粒が小さいわね」
「初めは砂かと思ったんだ。床に落ちててさ。あー、エミリーがいれば、魔法を使って一瞬で花にしてくれるから、これが何の種か分かるんだけどなあ」
「貸してくれるかい?」
「どうぞ」
パーシヴァルは袋の中から数粒種を取り出し、目に近づけて見てから掌の上に乗せたまま魔法を唱えた。
「ええっ?」
水魔法が種を包み、次の瞬間土の中に潜った。続けて唱えた魔法で、種は芽を出して伸び始めた。
「すっごい……」
「……んー。ここまでが限界かな」
「パーシヴァル様、魔法がお上手ですのね」
「魔法騎士になりたくて少し勉強したからね。まあ、魔法剣にするにも、水属性と土属性では話にならなくて……」
「すっごい、すっごい!自慢していいと思う!」
「ジュリア、興奮しすぎよ。……この草、何かしら」
「知らないの?マリナ」
「確か、薬草の一種だと思う。効能は……ああ、そうそう。騎士団の遠征で酷い怪我をした者に用いられる」
「よく効く傷薬?」
「違う。痛みを緩和するものだ。……もう、長くはもたないと判断されたら、この草を磨り潰した薬を使うんだ。痛みを忘れるような、強い幻覚作用がある」
「幻覚……危険な植物ね。持ち出される前に気づいてよかったわ」
「ただ、この草単独では作用しない。ある植物と混ぜるんだ」
「……もしかして……」
ジュリアはマリナと視線を合わせた。嫌な予感がする。
「ピオリの種だよ。毒性がある赤い花のね。……船の中をもう一度調べたい。いいかな?」
パーシヴァルは立ち尽くす船員を押しのけて颯爽と船に乗り込み、マリナとジュリアに向かって手招きをした。
◆◆◆
「ロディスにこんなところが……」
港に入ったリオネルの『海賊船』から下り、エミリーとキースはノアに護衛されてとある場所に来ていた。キースは周りを見てだらしなく口を開けている。
「……口、閉めなさいよ」
「すみません。感激してしまって」
「確かに、すごい魔法書の量ね」
魔導士がいても怪しまれない場所、とリオネルが指示をし、ノアは二人を大学の図書館に連れてきていた。ここは特に魔法に関する蔵書が多く、魔法書目当てに留学してくる魔導士も多い。館内では他の国の出身者だと思われる魔導士が、ローブ姿で本を読んでいた。
「お二人の身柄を拘束せず、留学生として扱うようにと、リオネル様は仰いました。学内には、風魔法で短い文章を送る伝令所もあります。アスタシフォン国内だけではなく、グランディアにも送ることができます」
「僕が、おじい様に連絡を取っていいってことですか?」
「はい。遠方ですので、文章は極力短くなければなりませんが」
――伝令所程度の風魔法なら簡単。休んで魔力が戻れば、グランディア王都まで届くか……。
キースとノアが伝令所について話している傍で、エミリーは姉達に連絡を取る手段を考えていた。エンウィ伯爵は孫のキースを全力で守るだろう。将来彼を魔導師団長にしようとしているのだ。転移魔法の失敗で船に乗ったなどと、経歴に傷がつくような理由をそのまま王や宰相に伝えるとは思えない。
――私を悪役にしかねないわ。
キースの妻にして、五属性持ちの魔導士を一族に加えたいとしても、キースの将来と天秤にかけたら、どちらに傾くか。
「エミリーさん!僕、ノアさんと伝令所に行ってきますね」
「……そう。私は本でも見ているわ」
視線を天井まである書架に移し、エミリーはひとつ溜息をついた。指先を最上段に向け、適当に何か手に取ろうと無詠唱で魔法を発動させた。
――仕方がないわ。ジュリアが行った船に……。
船の検査に立ち会うハーリオン侯爵令嬢は一人でいいのだ。自分が現れれば話がややこしくなる。しかし、どういう船か下調べをせずに、行き当たりばったりで検査をしてロファン侯爵を厄介ごとに巻き込むわけにはいかない。船が無法者の巣だったら、騎士の彼も一人では太刀打ちできない。
「あちらの船に参りましょう」
「はい。……おや?誰か走って来ましたね」
パーシヴァルは目を凝らし、人影が誰だか判ると、形の良い眉を上げて瞳を輝かせた。
「ジュリアじゃないか」
「あれっ、パーシーさんじゃん。王都から来たのって、パーシーさんなの?」
マリナが互いを紹介する隙を与えず、ジュリアは姉に向かって問いかけた。
「ええ。……二人が知り合いだとは思わなかったわ」
「前に騎士団の練習を見に行った時に、案内してもらったんだ。アレックスと仲がいいんだよ」
「俺はヴィルソード邸にしょっちゅう顔を出しているから、アレックスのことは弟みたいに思っているんだ」
「そうなのね。ところで、ジュリア。走って来たのには何か理由があるんでしょう?」
「うん。マリナに報告しなきゃって思って。あの船、植物の種を運んでいたんだ」
「種?確か、禁輸品の一つだね。何の種だったんだ?」
「分かんないよ。私、花には詳しくないもん。大量にあった種は、通商組合で没収して倉庫に保管するって。で、これがその一部」
ジュリアは小ぶりの皮袋に入れた種をマリナに渡した。
「……粒が小さいわね」
「初めは砂かと思ったんだ。床に落ちててさ。あー、エミリーがいれば、魔法を使って一瞬で花にしてくれるから、これが何の種か分かるんだけどなあ」
「貸してくれるかい?」
「どうぞ」
パーシヴァルは袋の中から数粒種を取り出し、目に近づけて見てから掌の上に乗せたまま魔法を唱えた。
「ええっ?」
水魔法が種を包み、次の瞬間土の中に潜った。続けて唱えた魔法で、種は芽を出して伸び始めた。
「すっごい……」
「……んー。ここまでが限界かな」
「パーシヴァル様、魔法がお上手ですのね」
「魔法騎士になりたくて少し勉強したからね。まあ、魔法剣にするにも、水属性と土属性では話にならなくて……」
「すっごい、すっごい!自慢していいと思う!」
「ジュリア、興奮しすぎよ。……この草、何かしら」
「知らないの?マリナ」
「確か、薬草の一種だと思う。効能は……ああ、そうそう。騎士団の遠征で酷い怪我をした者に用いられる」
「よく効く傷薬?」
「違う。痛みを緩和するものだ。……もう、長くはもたないと判断されたら、この草を磨り潰した薬を使うんだ。痛みを忘れるような、強い幻覚作用がある」
「幻覚……危険な植物ね。持ち出される前に気づいてよかったわ」
「ただ、この草単独では作用しない。ある植物と混ぜるんだ」
「……もしかして……」
ジュリアはマリナと視線を合わせた。嫌な予感がする。
「ピオリの種だよ。毒性がある赤い花のね。……船の中をもう一度調べたい。いいかな?」
パーシヴァルは立ち尽くす船員を押しのけて颯爽と船に乗り込み、マリナとジュリアに向かって手招きをした。
◆◆◆
「ロディスにこんなところが……」
港に入ったリオネルの『海賊船』から下り、エミリーとキースはノアに護衛されてとある場所に来ていた。キースは周りを見てだらしなく口を開けている。
「……口、閉めなさいよ」
「すみません。感激してしまって」
「確かに、すごい魔法書の量ね」
魔導士がいても怪しまれない場所、とリオネルが指示をし、ノアは二人を大学の図書館に連れてきていた。ここは特に魔法に関する蔵書が多く、魔法書目当てに留学してくる魔導士も多い。館内では他の国の出身者だと思われる魔導士が、ローブ姿で本を読んでいた。
「お二人の身柄を拘束せず、留学生として扱うようにと、リオネル様は仰いました。学内には、風魔法で短い文章を送る伝令所もあります。アスタシフォン国内だけではなく、グランディアにも送ることができます」
「僕が、おじい様に連絡を取っていいってことですか?」
「はい。遠方ですので、文章は極力短くなければなりませんが」
――伝令所程度の風魔法なら簡単。休んで魔力が戻れば、グランディア王都まで届くか……。
キースとノアが伝令所について話している傍で、エミリーは姉達に連絡を取る手段を考えていた。エンウィ伯爵は孫のキースを全力で守るだろう。将来彼を魔導師団長にしようとしているのだ。転移魔法の失敗で船に乗ったなどと、経歴に傷がつくような理由をそのまま王や宰相に伝えるとは思えない。
――私を悪役にしかねないわ。
キースの妻にして、五属性持ちの魔導士を一族に加えたいとしても、キースの将来と天秤にかけたら、どちらに傾くか。
「エミリーさん!僕、ノアさんと伝令所に行ってきますね」
「……そう。私は本でも見ているわ」
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