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学院編 14

458 悪役令嬢は海鳥の声を聞く

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海鳥の鳴き声が聞こえる。
海賊船の船長室から海を眺め、エミリーはふかふかのベッドを満喫していた。
「ゆっくりおやすみ」
「いいの?」
「もちろん」
疑いの目を向けると、船長はやれやれと肩をすくめた。
「安心して。酷いことはしないから。まあ、僕も、君が船にいたのには驚いたよ。エミリー」
椅子に座って脚を組み、リオネルはくっくっくと笑った。落ち着いた色味の上着、スボン、ブーツに至るまで、気合の入った『海賊衣装』を着ている。見た目は美少年海賊そのもので、テーブルに頬杖をつく姿はどこか退廃的だ。
「魔導士は許可を得ずに渡航できないよね?」
「……船に乗るつもりなんてなかった。……成り行き」
「ふうん。さっきの船……ベイルズ商会だっけ?拉致られでもした?ベイルズって、確か生徒会の人だよね。書記だったか会計だったか。あー、顔が思い出せない」
くるくるよく動く大きな瞳が細められた。
「キースが転移魔法を間違ったの。……あいつ、転移魔法が下手だから」
「転移ミスで船に?王都から飛ぶのはかなり難しいし、エミリーとキースは港にいたの?」
「そう……キースがベイルズに捕まってたのは確かだけど」
「なんだ、やっぱりそうなんだ?」
キースは海賊に向かって魔法のデモンストレーションを繰り広げ、魔力を無駄遣いして倒れた。別室で熟睡している。彼を船まで担いできたのは、リオネルに影のように付き従う護衛騎士のノアである。
「……失礼いたします」
一礼してノアが入って来た。少年海賊風のリオネルとは違い、大人の海賊の格好をしたノアは、ボタンを外したシャツから日焼けした肌が見え、癖のある黒髪と帽子が凛々しい顔立ちに陰を作っている。彼を見てリオネルは、胸の前で手を組んでふにゃりと笑った。
「ねえねえ、エミリー」
「……何?」
「ノアの海賊コス、最高だと思わない?」
「……は?」
「あ、エミリーは黒髪好きじゃなかったっけ?」
「好きだけど……何、あの眼帯……」
「海賊作戦を思いついた時にね、どーおしてもやりたくてさ。ね?ノア」
「はい。リオネル様の仰せのままに」
「……あんた、それでいいの?騎士のくせに、視界が遮られてる」
「全く問題はありません。私の姿を見て、リオネル様が喜んでくださるのでしたら、どのような姿にでもなりましょう」
堂々とした青年海賊は、胸に手を当てて跪いた。リオネルはますます椅子にふんぞり返り、ノアを見下ろしてご満悦だ。
「くぅうう。ワイルドな見た目と言ってることのギャップが最高!」
「……どうでもいいけど、あなた達、ここで何してるの?海賊ごっこ?」
「いいえ、リオネル様は……」
ノアが口を開いた瞬間、ドアが風圧で開いた。魔法の気配にエミリーが顔を顰める。
「リオネル!無事か!」
魔導士ローブ姿のルーファスが飛び込んできて、勝手にドアが閉まった。
「……うるさいなあ、ルー。今、ギャップを味わってたのに」
「ノア!リオネルから離れろ。海賊に扮して取り締まりをするようになってから、リオネルにベタベタしすぎだぞ」
「私に命令できるのはリオネル様だけですから」
「ちっ……口の減らないヤツだな。リオネル、海賊の格好をさせたいなら、俺だって……」
「あ、ダメダメ。ルーは似合わないんだもん、海賊。色白だし、髪青いし、海と同化しちゃう」
「ノアがよくて、俺がダメってどういうことだ?」
「少し黙ってて。……ごめんね、エミリー。小姑がうるさくて」
「……別に」
ムッとした顔でルーファスが壁によりかかった。ノアは立ち上がって彼の隣に陣取った。
「説明してくれる?ルー。僕達が何をしているのか」
「……分かった」

グランディアからの禁輸品が積荷に含まれていると分かって以降、アスタシフォンのロディス港では随時検査を行っていた。しかし、検査の目をかいくぐっているのか、市中に出回る品物はなくならなかった。
「拠点がロディス以外のどこかにあると考えたんだ。ロディスに到着する前に、どこかで荷物を乗せ換えているんじゃないかって」
「それで、海賊?」
「グランディアとアスタシフォンの間には、小島が多いし、昔から海賊が出るよね。不法行為をしている貿易船にアスタシフォンの国旗をつけた船で近寄ったら、相手が警戒してしまうから、海賊になって襲うことにしたんだよ。拠点は小島のどこかだろうね。まだ見つけていないけど」
ルーファスが丸めていた地図を広げ、リオネルが頬杖をついているテーブルに広げた。
「バツ印がついている島は調査済みだ。海賊に変装してはいるが、この船の乗組員は皆魔法騎士だからな。何時間もかからずに調べ終える」
道理で無法者なのに統率が取れていると思った。エミリーは地図に視線を移した。
「……ここはどこ?」
「今はこの辺りを進んでいる。船はもうすぐアスタシフォンに着く」
「えっ!?グランディアに戻れないの?」
「ごめんね、エミリー。君達を疑うわけじゃないけれど、あの部屋から見つかってはいけないものが見つかったんだ」
ゴトン、とテーブルの上に何かが置かれた。円盤型の魔導具のようだが、魔力の気配がしない。
「魔法地雷だ」
ルーファスが吐き捨てるように言う。
「箱の中には何もなかったのに……」
「魔力を封入していない魔法地雷、多属性持ちの魔導士二人……それがアスタシフォンに入ろうとしていたんだ。これがどういうことか分かるよね?」
「……」
さあっと顔から血の気が引いた。色白で人形のようなエミリーの人形らしさに拍車がかかる。
「間違って転移した、って僕も信じたいけど。簡単には帰してあげられないかもね」
リオネルの明るい緑の瞳が、冷たく光ったような気がした。
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