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学院編 14

456 悪役令嬢と二人の侍女

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マリナがビルクール通商組合の総会に出席した日の夜遅く、一台の馬車が領主館に入った。
「お着きのようですね」
窓からその様子を見ていたマリナに、領主館の侍女ロミーはにこやかに笑って声をかけた。
「ええ。あの手紙がきちんとジョンに届いたのだわ。ふふ」
御者に持たせた手紙には、様々なものを整えて数名の侍女に持たせるようにと書いてあった。執事のジョンに渡す前に誰かが見ても、単なる指示事項としか映らないように。
「さて、騒がしくなるわね。ロミーには頑張ってもらわないといけないわ」
「望むところです、お嬢様」

二階の廊下を抜けてエントランスに下りて行くと、馬車から下りた侍女二名が、従僕に荷物を預けているところだった。
「待っていたわよ、二人とも」
「遅くなっ……りまして、ごめ……申し訳ございません、マリナ様」
笑いを堪え、ロミーと顔合わせをすると言って、マリナは侍女達を自分の部屋へ招き入れた。

   ◆◆◆

「っはあー。侍女のふり、きっつー」
二人のうち、少し背が高い侍女が長椅子に大股開きで座った。丈の長いスカートを膝の上まで捲り上げている。
「こら。はしたないわよ、ジュリア」
「だってさー、このスカート歩きにくいんだもん。なんで従僕と侍女って言ってくれないのさ。男の格好の方が楽なのに」
「あら。あなたなら男装してくると思ったのよ」
「髪と目の色の『変装』はクリスの魔法でどうにかなったけどさあ、アリッサが無口なんだよね。馬車の中でも話し相手がいなくて」
「……」
もう一人の侍女、もといアリッサは項垂れている。自分ではどうにもできないのだ。
「困ったわね。エミリーはいないのよ」
「どうして?」
「昼間にマクシミリアン先輩とキースが一緒にいるのを見かけて、何かあると思って追って行ったんだけれど……」
「戻ってないの?それってヤバくね?」
「大丈夫よ。船に乗ったって、魔法で連絡があったから」
「全然大丈夫じゃないじゃん。あの引きこもりのエミリーが自分で船なんか乗るわけないし、何かあったに決まってるよ!」
「……!」
アリッサがスケッチブックに字を書き、マリナとジュリアに見せた。筆談のために必要だと思って準備してきたのだ。
「『エミリーちゃんが危ない』って、アリッサもそう思うよね。マクシミリアン?は船持ってるんだっけ?そいつに捕まったんだよ」
「確かに、マクシミリアン先輩のご実家はベイルズ商会という貿易会社を営んでいるわ。エミリーを船に乗せることもできると思う。でも、理由がないわ」
マリナの袖をアリッサが強く引いた。スケッチブックには、『強力な魔導士は渡航が禁じられている』『外国に行けば人間兵器』と書いてある。
「そうだったわね……」
「え?なぁになぁに?……ふうん。エミリーが外国に行ったって分かったらどうなるの?」
「何らかの処分が下されるでしょうね。本人は渡航先で身柄を拘束されたうえでグランディアに戻されて、最悪収監されるか、どこかに幽閉……かしら。もちろん、同行した人もね」
「『キース君は一緒なのかなあ?』だって。マリナ、何か聞いてる?」
隣でアリッサが何度も頷く。瞳が真剣だ。
「エミリーは魔力が減っていたのかもしれないわ。とても短いメッセージだったのよ。キースが一緒なら、二人で協力して逃げ出せるといいのだけれど」
「『ハーリオン家も罪に問われるの?』って、アリッサ、いくらなんでもさあ」
「アリッサの言うことも尤もだわ。エミリーの出国が侯爵の指示でなかったとしても、学生の娘を監督する責任はお父様にあるものね。マクシミリアン先輩がエミリーを故意に出国させたとすれば、狙いは当家の没落かしら」
「没落、ねえ……。あの幸薄そうな先輩が、何企んでるか知らないけどさ。うちが没落して、あの人になんかいいことあるわけ?」
「うちが没落すれば、ビルクール海運も倒産に追い込まれるでしょう。今日の通商組合の会合では、ベイルズ準男爵はかなり発言力があるようだし、構成員で彼に与する人数も多かったわ。ビルクールを牛耳るのに、残す障害はハーリオン家だけ、とでも言うか……」
「港の儲けを独り占めしようってのか……ん?何、アリッサ」
アリッサのスケッチブックには、またぎっしりと文字が並んでいた。ジュリアは一読して、マリナと顔を見合わせた。
「侯爵家が没落したら、マクシミリアン先輩はアリッサを手に入れようとしているのね?」
こくん、と頷く。アメジストの瞳がやや曇って、潤み始めていた。
「没落しちゃったらさ、レイモンドとの婚約もなしか。没落貴族の令嬢を跡取り息子の妻にするなんて、筆頭公爵家、しかも宰相の家で許してくんないよね」
ぶわっとアリッサの瞳から涙が零れる。
「うわ、ごめ、ごめんて。悪かったってば。……まあ、レイモンドから陛下の作戦の話を聞かされて、参ってる部分もあるのかな」
「国王陛下の作戦?」
「うん。うちらの『敵』はさ、どうやらハーリオン家を孤立させたいみたいなんだ。だから、陛下はそれとなーく、ハーリオン家と他の家の関係を絶っているのさ」
「つまり、オードファン家やヴィルソード家とは婚約破棄、王家とは……」
「マリナを妃候補から外して、繋がりをなくしたんだ。孤立したハーリオン家に近づいてくる奴がいたら、絶対怪しいヤツってこと!」
人差し指を立てて、ジュリアは得意げにマリナに説明した。アリッサはロミーにちり紙をもらって何度も鼻をかんだ。
「敵が動きやすいように舞台を整えて、出てきたところを『御用』ってわけ」
「時代劇じゃあるまいし……。権力はないけれど、コーノック先生……マシューのほうね。彼を閉じ込めているのも、私達の味方を減らすためなのね」
「多分ね。アレックスが二十人いたって、マシュー一人には敵わないでしょ。マシューはエミリーの婚約者じゃないけど、最大の戦力だもん。師匠で恋人だってバレてる可能性もある。コーノック家は平民で、貴族の力関係は働かないから、純粋にマシューの気持ち一つでエミリーの味方にも敵にもなるしさ。二人を破局させて自分達のほうに引き込もうとしてるのかな」
「引き込むにしては、地下牢に入れるなんて酷すぎるわ」
「んー。エミリーがボヤいてたみたいに、狂うのを待っているのか……」
『魔王になっちゃう!』と走り書きし、アリッサがバンバンとスケッチブックを叩いた。
「だよねえ。エミリーが遠くに行ったら、余計に危ないね」
ぐぅう……。
「急いで出てきたからお腹すいたなあ」
クリスの魔法で黒髪になった頭を掻き、ジュリアはロミーに強請るような視線を向けた。
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