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学院編 14
451 悪役令嬢とざらつくドアノブ
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ビルクール海運の女性社員が、紅茶と手作りのパウンドケーキをテーブルの上に置いて、笑顔で会釈して出て行く。マリナはアルカイックスマイルで軽く首を傾げ、
「とても美味しそうだわ、ありがとう」
と上から目線で礼を述べた。
エミリーと話し合った作戦通り、典型的な貴族令嬢を演じておく。ビルクール海運の社員の中にも、敵と通じている者がいるかもしれないのだ。気は抜けない。
「……ふぅ」
少し濃いめの紅茶を口にし、マリナは気怠い溜息をついた。と、すぐにドアが開く。
――また誰か……!?
背筋を伸ばして手元の扇子を掴み、欠伸を噛みしめた口元を隠した。
「……遅くなりました、お嬢様」
「何だ、エミリーだったのね」
ビルクール海運の建物で最もきれいな部屋のドアを後ろ手に閉め、エミリーは錆びてざらついたドアノブに渋い顔をした。魔法で二人の周りに結界を張り、音が漏れないようにしてマリナの隣に座った。
「何だは失礼。……それより、逃げた男は見失った」
「あら、そう……手がかりになるかと思ったのだけれど」
「うん。代わりにエライもの見た」
「……エライ?」
「生徒会の二年とキースが一緒にいた」
「何かしら?生徒会の用事はないはずよ?」
マリナは頭の中でスケジュール帳を開いた。実物は邸に置いてきたが、自分に関係する予定は全て頭に入っている。生徒会の活動予定もだ。
「だから、怪しいって。あの二年のヤツが、キースを脅してるように見えた。説得している感じじゃない。言うことを聞かせて利用しようって腹だ」
「まあ……。マクシミリアン先輩は要注意よね。生徒会の中ではいつも一歩引いている風を装って、セドリック様がいらっしゃらない時を見計らって、実際はかなりの案件を独断で進めているのよ」
「ふぅん」
アメジストの瞳がたちまち曇って細められる。
「……興味がなさそうね」
「興味ない。……っていうか、王太子に決断力があったって今知った」
「セドリック様がいないときには、二人の副会長のどちらかに決定権があるのよ。事務を進めてもらえるのは助かるって、レイモンドは言っていたわ。本心かどうかは知らないわ」
「特に仲が良くない後輩を、生徒会の用事でないのに、誘う理由は一つだと思う。キースの魔力が目当てね」
「マクシミリアン先輩は、どの属性も魔法がほぼ使えないわ。キースを仲間に取りこんで、何か企てている……?」
エミリーは唇の端を上げてマリナを横目で見た。
「……どうする?通商組合をマリナ一人で騙せるなら、私は二人を追う?……計画をぶち壊して来ようか?」
目を閉じて、マリナは数秒息を殺した。
「いくら魔法が上級者でも、あなたを一人で行かせるのは心配だわ」
「いざとなったら転移魔法で逃げる。……問題ない」
「午後三時には、馬車でビルクールを出るわ。それまでにこの建物に戻って来るのよ?」
「……オーケー。マリナもお嬢様ぶりっこ頑張って」
ぽん、とエミリーはマリナの肩を叩いた。
すぐに唇だけ小さく動かして魔法を詠唱すると、侍女の変装を解き本来の姿に戻った。魔法の精度を上げるには、自分自身に魔法をかけている状態は好ましくないのだ。
「行ってくる」
室内に白い光が満ち、エミリーは姿を消した。
◆◆◆
転移魔法を発動させる時は、相手を思い浮かべると傍に転移できる。ただし、意図的に転移座標をずらし、真横や上に転移しないようにする技もある。上級者のエミリーは、以前にマシューからやり方を教わっていた。
「表通りか……」
ここより遠くない場所にキースがいる。近くの建物を窓から覗き、通りの向こうを確認しても、エミリーはキースの影を見つけられない。二階に上がったのだろうか。
「……二階があるのは、この建物だけ。あとは店だわ」
見上げると二階の窓はカーテンが閉められたままだ。密談をするには窓を全開にできないだろう。意識を集中させて、キースの魔法の気配を感じ取ろうとした。どこかから甘ったるいココアの香りがする。彼の魔力の存在を感じる。
計画をぶち壊すと姉に宣言したものの、いる確証がないのに店の二階に乗り込んでいくのは気が引ける。だが、待っていたらいつになるか分からない。
「買い物客を装うか……?ん?」
足元に風魔法を感じた。エミリーの地味なチャコールグレーの余所行きワンピースは、ふわりと裾が舞い上がった。風魔法が使えるようになったばかりの子供がよくやるような、スカートめくりの風である。
「ちょっ……!」
魔法の発生源を見る。人通りのある表通りだ。明るい陽射しが街を照らしていて、白いローブを好んで着ているキースが目立たないはずはない。
「確か、こっち……んん?」
「こっちです!エミリーさん!」
建物の地下室の通気口から、エミリーを呼ぶ声がする。道端に屈みこみ、鼠が出て来そうな通気口を覗く。光魔法球に照らされた地下室の中、キースは椅子に縛られたまま、泣きそうな顔でこちらを見つめていた。
「……はあ、何やってんだか」
通気口もろとも土魔法で崩れさせては、キースが生き埋めになってしまう恐れがある。建物につけられた看板を見て、エミリーは思案を巡らせた。
――『ベイルズ商会』か……。手出しすると面倒なことになりそうね。
「とても美味しそうだわ、ありがとう」
と上から目線で礼を述べた。
エミリーと話し合った作戦通り、典型的な貴族令嬢を演じておく。ビルクール海運の社員の中にも、敵と通じている者がいるかもしれないのだ。気は抜けない。
「……ふぅ」
少し濃いめの紅茶を口にし、マリナは気怠い溜息をついた。と、すぐにドアが開く。
――また誰か……!?
背筋を伸ばして手元の扇子を掴み、欠伸を噛みしめた口元を隠した。
「……遅くなりました、お嬢様」
「何だ、エミリーだったのね」
ビルクール海運の建物で最もきれいな部屋のドアを後ろ手に閉め、エミリーは錆びてざらついたドアノブに渋い顔をした。魔法で二人の周りに結界を張り、音が漏れないようにしてマリナの隣に座った。
「何だは失礼。……それより、逃げた男は見失った」
「あら、そう……手がかりになるかと思ったのだけれど」
「うん。代わりにエライもの見た」
「……エライ?」
「生徒会の二年とキースが一緒にいた」
「何かしら?生徒会の用事はないはずよ?」
マリナは頭の中でスケジュール帳を開いた。実物は邸に置いてきたが、自分に関係する予定は全て頭に入っている。生徒会の活動予定もだ。
「だから、怪しいって。あの二年のヤツが、キースを脅してるように見えた。説得している感じじゃない。言うことを聞かせて利用しようって腹だ」
「まあ……。マクシミリアン先輩は要注意よね。生徒会の中ではいつも一歩引いている風を装って、セドリック様がいらっしゃらない時を見計らって、実際はかなりの案件を独断で進めているのよ」
「ふぅん」
アメジストの瞳がたちまち曇って細められる。
「……興味がなさそうね」
「興味ない。……っていうか、王太子に決断力があったって今知った」
「セドリック様がいないときには、二人の副会長のどちらかに決定権があるのよ。事務を進めてもらえるのは助かるって、レイモンドは言っていたわ。本心かどうかは知らないわ」
「特に仲が良くない後輩を、生徒会の用事でないのに、誘う理由は一つだと思う。キースの魔力が目当てね」
「マクシミリアン先輩は、どの属性も魔法がほぼ使えないわ。キースを仲間に取りこんで、何か企てている……?」
エミリーは唇の端を上げてマリナを横目で見た。
「……どうする?通商組合をマリナ一人で騙せるなら、私は二人を追う?……計画をぶち壊して来ようか?」
目を閉じて、マリナは数秒息を殺した。
「いくら魔法が上級者でも、あなたを一人で行かせるのは心配だわ」
「いざとなったら転移魔法で逃げる。……問題ない」
「午後三時には、馬車でビルクールを出るわ。それまでにこの建物に戻って来るのよ?」
「……オーケー。マリナもお嬢様ぶりっこ頑張って」
ぽん、とエミリーはマリナの肩を叩いた。
すぐに唇だけ小さく動かして魔法を詠唱すると、侍女の変装を解き本来の姿に戻った。魔法の精度を上げるには、自分自身に魔法をかけている状態は好ましくないのだ。
「行ってくる」
室内に白い光が満ち、エミリーは姿を消した。
◆◆◆
転移魔法を発動させる時は、相手を思い浮かべると傍に転移できる。ただし、意図的に転移座標をずらし、真横や上に転移しないようにする技もある。上級者のエミリーは、以前にマシューからやり方を教わっていた。
「表通りか……」
ここより遠くない場所にキースがいる。近くの建物を窓から覗き、通りの向こうを確認しても、エミリーはキースの影を見つけられない。二階に上がったのだろうか。
「……二階があるのは、この建物だけ。あとは店だわ」
見上げると二階の窓はカーテンが閉められたままだ。密談をするには窓を全開にできないだろう。意識を集中させて、キースの魔法の気配を感じ取ろうとした。どこかから甘ったるいココアの香りがする。彼の魔力の存在を感じる。
計画をぶち壊すと姉に宣言したものの、いる確証がないのに店の二階に乗り込んでいくのは気が引ける。だが、待っていたらいつになるか分からない。
「買い物客を装うか……?ん?」
足元に風魔法を感じた。エミリーの地味なチャコールグレーの余所行きワンピースは、ふわりと裾が舞い上がった。風魔法が使えるようになったばかりの子供がよくやるような、スカートめくりの風である。
「ちょっ……!」
魔法の発生源を見る。人通りのある表通りだ。明るい陽射しが街を照らしていて、白いローブを好んで着ているキースが目立たないはずはない。
「確か、こっち……んん?」
「こっちです!エミリーさん!」
建物の地下室の通気口から、エミリーを呼ぶ声がする。道端に屈みこみ、鼠が出て来そうな通気口を覗く。光魔法球に照らされた地下室の中、キースは椅子に縛られたまま、泣きそうな顔でこちらを見つめていた。
「……はあ、何やってんだか」
通気口もろとも土魔法で崩れさせては、キースが生き埋めになってしまう恐れがある。建物につけられた看板を見て、エミリーは思案を巡らせた。
――『ベイルズ商会』か……。手出しすると面倒なことになりそうね。
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