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学院編 14

450 悪役令嬢は密談現場に遭遇する

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マリナとエミリーを乗せた馬車は、途中でエミリーが風魔法と転移魔法を巧みに使ったため、想定よりかなり早くビルクールに到着した。御者が盛んに首を捻っていたが、二人は気にする素振りも見せずにビルクール海運の本社に入った。
「お待ちしておりました。マリナ様!」
現地の責任者と思われる面々が整列し、着飾ったマリナを前に深々と礼をした。
「出迎え、ご苦労様」
「お早いお着きで」
「そうね。馬が頑張ってくれたのかしら」
「……馬?」
社長代理が口をぽかんと開けた。
「ふふ、ビルクールに来たのは何年振りかしら?港には珍しいものがたくさん売っているでしょう?お買いものするのが楽しみで仕方がないわ」
「はあ……」
さっと辺りに視線を配り、遠巻きにしていた従業員の一人がどこかへ走り去っていくのを見た。
――内通者、かしらね?
周囲に気づかれないように目くばせすると、エミリーは目を伏せて頷き、立ち去った人物を追った。
「通商組合の集まりまで、まだお時間がございます。中でお休みください」
「ありがとう。そうさせてもらうわね」
扇子で口元を隠し、マリナは優雅に微笑んだ。

   ◆◆◆

「……やり方が最悪ね」
「そう言うな。俺もどうかとは思ったが、陛下のご判断だ」
レイモンドから状況説明を受けたジュリアは、白い目で彼を見た。隣のアリッサは声も出せずにおろおろするだけだ。
「敵の実体が掴めない以上、日の当たる場所へ引きずり出すしかない。一つ分かっているのは、相手がハーリオン侯爵家に対して並々ならぬ敵対心を抱いているということだ。敵対心なのか、あるいは度を超した執着なのか。そのために、陛下はハーリオン侯爵家を孤立させよと仰ったのだ」
「ふーん。うちが孤立するとどうなるわけ?」
「侯爵夫妻とハロルドは国内におらず、ハーリオン侯爵家は政治的にも何の権限もない学生の四姉妹とクリストファーだけだ。侯爵がお戻りにならなければ、周囲の助けなしには邸や領地の維持も難しい……と一般的には思うだろうな。侯爵家を潰すつもりなら、うちや王家、ヴィルソード家との関係断絶は願ってもない好機だ。必ず何らかの手段で、ハーリオン侯爵家を没落させようと企むだろう」
「んー。よく分かんないけど、陛下はうちと手を切れって言ったんだね?」
組んでいた脚を戻し、レイモンドは前のめりになってテーブルに肘をつき、組んだ手を唇に当ててくすりと笑った。
「平たく言えばそうだ。アレックスにブリジット様との縁談を持ちかけたのも、セドリックの妃候補からマリナを外したのも、ハーリオン家との縁組はなくなったと周囲に知らしめるためだ。今回はフローラの誕生日が偶然新年の一日だったが、わざわざ人目のある場所に彼女と連れ立って出かけたのは、……まあ、黙っていた俺に非があるが……アリッサとの関係を絶ったと噂にでもなればいいと思った」
「だーかーら。やり方がさあ」
立ち上がって腰に手を当て、ジュリアは肩を怒らせた。
「不安にさせてしまったことは謝る。だが、あくまであれは芝居だ。実際、フローラは人形のように会話が成り立たなかった。交流が図れない相手と浮気も何もあるまい」
「そうなの?あのおしゃべりが?」
「独り言を言っていて……異様な雰囲気だった。伯爵の頼みでなければ、父の指示でなければ、俺も絶対に彼女と外出したりしない。同じ空間……馬車の中にいるのも恐ろしい」
顔を振って、レイモンドはハンカチで額を拭いた。思い出してしまったのか顔色が悪い。
「……」
アリッサがジュリアの袖を引っ張った。右手でペンを持つ動作をして、何か書くものはないかと小首を傾げた。
「ペンと紙を用意する。待っていてくれ」
無駄な動きの一つもなく、すっと立ち上がったレイモンドが、侍女に言うより早く自分のペンとインク、紙をトレイに乗せて持ってきた。
「……」
「好きなだけ書いていい。アリッサ、君は手紙を書くのが好きだろう?」
何度もアリッサからもらっている分厚い手紙を思い出し、レイモンドは笑みを浮かべた。

   ◆◆◆

変装したエミリーは、内通者と思われる従業員を追って、ビルクールの港へ続く大通りから一本入った裏通りに差し掛かった。あまり深追いすると道に迷ってしまいそうだ。
――こっちに入った、と思うんだけど……。
通りを見渡しても、従業員の男は姿が見えない。曲がったのはもう一本奥の通りだったのかもしれないと、エミリーが踵を返した時、近くの建物から見覚えのある人物が出てきた。
「……!」
咄嗟に、道端に積まれた木箱の陰に身を隠した。姿を見られたかと思うと、心臓がドクドクと音を立てた。
――見られても分からないか。変装してるもの。
変に胆が据わり、深呼吸を一つして姿勢を正す。通行人のふりをして通り過ぎればいいのだ。

背の高い人物と、小柄な少年が会話をしている。
「マックス先輩、やっぱり、僕は……」
「何を躊躇うことがあるんです、キース君。こちらの提案は、君にとっても悪い話ではない。欲しいものが手に入る……違いますか?」
「欲しい……とは思いますけど……」
紫色の髪を潮風に揺らし、キースは顔を曇らせた。
「僕は、正々堂々と……」
「おや、まだ分からない?」
「え?……!」
すれ違ったエミリーを振り返る。
「どうかしましたか?」
「いえ……気のせいだと思います。彼女がこんなところにいるはずが……」
――やば!気づかれる!
不自然にならないように歩く速度を上げ、エミリーは二人から離れた。
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