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学院編 14

448 悪役令嬢はドレスが気に入らない

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ジョンから手紙を受けとり、差出人に軽く目を留め、マリナはすぐに封を切って便箋を開いた。
「どこから?」
「ビルクール通商組合……港に船を置いている貿易会社の連合会みたいなものね。お父様はビルクール海運の所有者でもあるけれど、領主だからオブザーバー出席を求められているの。臨時総会の案内状よ。議題は書かれていないわ」
「おぶざーばー?りんじそうかい……」
ジュリアが難しい顔をした。父侯爵が時々でかけていたのは知っていたが、集会に参加していたとは知らなかったのだ。
「いつだったか、お父様から聞いたところでは、まとめ役は別にいるようなの。ハーリオン侯爵家は皆の話し合いを聞いて、今後の領地経営に大きな問題が生じるようでなければ、そのまま承認する……と」
「見てるだけ?……意見も言えないの?」
「その場を主導することはしないみたい。港で一番大きな貿易会社はビルクール海運なのにね」
「……変なの」
「困ったわね。……誰か、お父様の代わりに出席しなければならないわ」
「マリナが行けばいいじゃん。ビルクールに行くつもりだったんだし」
「賛成」
「二人とも、押しつけないでよ」
「私が言ったって分かんないよ。エミリーが行ったって、部屋で寝てるだけだと思う。アリッサは……」
ちらりと横を見ると、アリッサは熊のぬいぐるみに話しかけていた。レイ様が、レイ様がと唇の動きだけで繰り返している。話しかけられる雰囲気ではないなとジュリアが溜息をつき、エミリーも軽く頷いた。
「……あれ、役に立つと思う?」
「レイモンドから説明されないうちは、何もできないと思うね。んー、アリッサのことは私に任せてよ」
「何か考えがあるのね、ジュリア」
「まあね。だから、ビルクールはマリナとエミリーで行っておいでよ」
「……面倒」
エミリーが眉間に皺を寄せた。
「マリナ一人じゃ危ないじゃん。ビルクールにはヤバい奴が出入りしてるかもしれないんだし、頼りになるエミリーがいれば安心でしょ」
軽く褒められて悪い気はしない。エミリーをおだてたジュリアは歯を見せてにやりと笑った。

   ◆◆◆

「ねえ、これ、派手すぎない?」
数日後。マリナは姿見の前で一回転して、ドレスの全体を眺めていた。
「……いいと思う」
「エミリー、真面目に言っているの?こんな派手なドレスを着ろだなんて」
リリーの手を借りて身に付けたドレスは、ジュリアのパーティードレスを手直ししたものだ。真っ赤なドレスのところどころに金と黒の布でポイントが入っている。左肩から斜めに時計回りに裾まで一周以上、赤と金の二段フリルがついていて、ひらひらした羽根のようなデザインが両肩についている。ダンスの動きが激しいジュリアにぴったりだが、総会という格式ばった場所に着て行く服ではない。
「……今日は臨時総会。多分、何かが起こって侯爵の出席を求めてきた。でも、責任を持って発言できるお父様はいない。だから、代わりに長女のマリナが出席する。……ただし、侯爵令嬢は政治的知識なんてなく、男とお洒落の話以外には興味がない。責任は持てないと全身で示すの」
「だからって……」
再度くるくると回って全身を見る。ジュリアと同じ銀髪で紫の瞳でも、こんなに違う者だろうか。
「役立たずのふりするのに、私のドレスってどうなのよ?」
「ジュリアのが一番派手だから」
「何か、バカっぽいって言われてる気がする……。ま、いいや。で?マリナお嬢様は余計なこと言わないで黙って聞いてくるんだ?」
「……時々、空気を読まないで発言して」
「おおー、ハードル上がったね」
「お馬鹿なお嬢様ぶりっこをすればいいのね?でも、どうして?」
マリナの衣装替えを傍で見ていたエミリーは、普段着のドレスの色を魔法で変え、地味な家庭教師に扮した。
「通商組合が船主の集まりなら、中には、ビルクールからアスタシフォンに持ち出し禁止のものを出している奴がいる。ハーリオン家にはそれらの利益は還元されていないでしょう?」
「つまり、儲けはもらっていないのに、お父様が指示して禁輸品を持ち出した……とするには、領主としてハーリオン侯爵がビルクールに赴き、彼らと接触を図る必要があるわね」
「そう。……バタバタと臨時総会で何かを決めて、お父様に責任を押しつけたいんだろうね」
話し合うマリナとエミリーを見ながら、ジュリアは部屋を出てアリッサの寝ている寝室へ向かった。

   ◆◆◆

「アリッサ!」
ドアを大きな音で開け、天蓋つきベッドの中でもぞもぞしている物体に声をかける。
「……」
「ほら、いつまで寝てんの!」
「……」
もぞもぞと塊が動き、寝具の中からボサボサ頭のアリッサが顔を見せた。
「マリナとエミリーが行っちゃうよ。見送りしなくていいの?」
「……」
「私達も着替えて、レイモンドに話を聞きに行くんでしょ!」
「……」
アリッサはこくんと頷いた。
「行こう、二人を見送らないと」
ふるふると首を振り、アリッサは自分の身体を手でぺたぺたと触っては、眉を八の字に下げている。どうやら、ネグリジェ姿なのが問題らしい。
「着替えるの?じゃあリリーを呼んで来るね」
「……!」

バタン。
ジュリアが部屋から出て行って間もなく、窓の外が賑やかになった。アリッサは窓枠に手をかけて外を覗いた。紋章入りの美しく立派な馬車が用意され、従僕の手を借りてマリナが乗り込むところだった。続いて地味なドレスに帽子を被った誰かが乗り込む。動作からエミリーだと分かる。
「……」
はっと瞳を見開き、アリッサはネグリジェ姿のまま寝室を出て、よろよろと廊下をひた走った。
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