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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

442 悪役令嬢は二個目のマフィンに手を伸ばす

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ジュリアとアレックスとレイモンドは、街の人々と彼らを先導するアリッサにすぐに追いついた。最後尾からアリッサのいる先頭を窺う。
「ん?どうしたんだよ、ジュリア」
「何かヘンじゃない?」
言うが早いが、人ごみを掻き分けてアリッサの傍へ急いだ。
「アリッサ、どうし……はぁあ!?」
騎士達と向かい合っているのは、ピンク色の髪の少女だ。万人に愛される(ことになっている)ヒロインである。
「騎士団に案内を頼んだが……これは一体?」
「レイ様!」
泣きそうな顔でレイモンドに縋りついた。
「騎士の皆さんは、街の人を逃がすのは……お父様の悪事の証拠を失うからダメって……」
顔を耳元に近づけ、
「アイリーンに魔法をかけられたようです」
と告げる。レイモンドは騎士団の前方に回り、彼らの表情を一瞥して、皆一様に幸せそうな薄笑いを浮かべていることに気づいた。
「抵抗しても無駄なようだな」

その時、ロブとアレックスに肩を貸されてゆっくりと後ろを歩いてきたユリシーズが、先頭にたどり着いた。
「証言なら……私がいたします。お願いです。街の……皆を……」
「領地管理人がこう言っている。彼では不足か?」
騎士達は顔を見合わせた。レイモンドは隊長の前でどうだと言わんばかりに胸を張った。偉そうな態度に隊長は顔を顰め、頭から爪先までじろじろと彼を見た。
「何だ?」
威嚇しようと口を開いて、胸元の指輪に目が留まる。何十年前の流行か分からない古着を着ている若者が、黄金の指輪を持っているのは不自然だ。
「王家の……紋章?」
青ざめて後退しかけた時、背後から大声が聞こえた。
「何をしている!!」
窮屈そうに塀の穴をくぐって来た人影に、ユリシーズに肩を貸していたアレックスが「げ」と呟いた。

   ◆◆◆

ジョンは慣れた動作で紅茶を淹れた。音を立てずにテーブルの上に置き、無言で座り込んでいる少女達に笑顔を向けた。
「ジョン、嬉しそうね」
「それはもう。皆様、ご無事でお戻りでしたから」
紅茶より先にマフィンに手を伸ばしていたジュリアは、二個目を掴んでマリナに手を叩かれた。
「いいじゃん。ケチ」
「呑気に食べている場合?課題は雪だるま式に増えているのよ?」
「雪だるまかあ。いいねえ、外で作ろうか」
「……単純。大晦日に雪だるま作りとか、幼稚」
エミリーがぼやき、天井に青い魔法球を投げて雪を降らせた。
「ひゅー、エミリー、やるねえ」
陽気に手を叩くジュリアの隣では、アリッサが手紙に目を通していた。何度も読み返していて紙の折り目がよれよれだ。
「はあ……」
「暗いなあ、アリッサ。領地の皆も無事故郷に帰れたんだからさ、もっと喜びなよ」
「それは……嬉しく思うわ。でも……レイ様が」
レイモンドからの手紙は、用件をまとめた簡潔なもので、甘い言葉と言えば最後に『愛をこめて』とあるだけだった。何度読んでも状況は芳しくない。

数日前。
フロードリンにヴィルソード騎士団長が単身乗り込んできた後、喝を入れられて騎士達はやっと我に帰った。そこへエルマーとブルーノが合流し、町はずれから魔法使いのセドリック少年がやってきて、アイリーンの魅了魔法を無効化した時には既に彼女の姿はなかった。騎士団長は状況報告を受け、王都の魔導師団に連絡要員を送った上で、騎士達にフロードリンの街に逃げ遅れている人はいないか捜索させた。住民の避難が完了した頃に王都から水属性魔法を使える魔導士が送りこまれて、ジュリア達が原因を作った工場の大火災は呆気なく鎮火した。
騎士団と応援の魔導士が活動したことで、ヴィルソード騎士団長は、顛末を国王に報告しなければならなくなった。工場から出火した原因は定かではないが、フロードリンの領民は貧しく疲弊しており、労働力を搾取されていたことを知り、国王と宰相は難しい判断を迫られた。領主であるハーリオン侯爵は国内におらず、話を聞くこともできない。それぞれ息子達――セドリックとレイモンド――が、騎士団長に会っていて、無関係とは考えにくかった。
王宮から戻った宰相に、レイモンドは全てを話したと手紙にはあった。謎の代理人が暗躍し、ハーリオン侯爵の意思とは関係なく領民を苦しめていたと説明したが、宰相は分かったと言っただけだったと。供も連れずに外出したのを咎められ、レイモンドは部屋から出ることもままならないらしい。公爵の命令で謹慎させられていたはずのエイブラハムがふらふらとやってきて、
「坊ちゃん、今回はかなり堪えてますよ。アリッサ様とは会うなと言われたそうで」
と素っ気ない手紙を渡してきた。彼がレイモンドの意を受けた使者なのか、使用人の誰かに預けられた手紙を自発的に持ってきたのかは分からない。

「セドリック様は影武者を置いたことが陛下に知られて、こっぴどく怒られたそうよ」
「……ふっ。スタンリーの演技が下手だったんじゃない?」
「結構いい線行ってたと思ったけどなー。残念。怒られたって言えばさ、アレックスも外出禁止になったって手紙が来たよ」
「……へえ、手紙?」
「あら、珍しいわね、筆不精なのに」
「『ジュリアへ。父上におこられた、でれない、ごめん。』……だったかな。レナードの家で練習するつもりだったから、どうしよっかな。一人で行くのもなあ」
テーブルに肘をついて、頬を指先で叩く。
「暇になったなら、手伝って」
「何するの?」
「お菓子作りよ。アリッサと一緒に」
「今年は年末の手当をあまり出せないから、気持ちだけでも」
「ふーん。いいよ、手伝う!」
意気揚々と厨房へ向かう三人の背中に手を振り、エミリーは長椅子に横たわった。
「……退屈」

エスティアで書き留めてきた『命の時計』解呪の術式は、結局使わずじまいだった。
「想い合えば……か」
よくよく式を紐解いてみると、ゾーイが望んだ『共に生き、死ぬまで共にありたい』という願いが叶う時、魔法は自然と解呪される仕組みになっていた。マリナが塔から落ちたのは偶然だが、命がけで助けようとしたセドリックの想いは、ゾーイの生み出した魔法を解くには十分だった。パズルのピースが丁度はまった形だ。
「セドリック様にレイ様にアレックスか。……誰もマシューを助けようって言わないんだから」
サーモンピンクのカーテンに手をかけ、エミリーは窓の外に霞む王宮を見つめた。
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