598 / 794
学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る
426 悪役令嬢は荷物扱いされる
しおりを挟む
洋品店の倉庫には、時代遅れの服がたくさんあった。今回の作戦に加わるメンバーは思い思いに古着に着替え、互いに見せ合っている。庶民の服装に疎いレイモンドは、店主のアドバイスを受けて、よれたシャツと膝に継ぎ接ぎのあるズボンを選んだ。壊れた眼鏡は修復できそうになく、店主の夫が若い頃に使っていた中古の眼鏡を借りた。目の幅と直径が同じ、細い縁の丸眼鏡である。
「意外と似合うじゃん。昔の肖像画にいそうな感じ」
「六代前の先祖に瓜二つだ。……度が合わないが、ないよりましだな」
眼鏡を指で押し上げたレイモンドの手首を、ジュリアがガシッと掴んだ。
「何だ?」
「こーれ!こんなけばけばしい金の指輪なんかしてたら、絶対怪しまれるっての」
レイモンドの左手には、幅の広い指輪が嵌っていた。大きな宝石がついていないデザインだが、何やら細かい文字が彫られている。一見して謂れのある品だと分かる。
「革紐か何かで、首から下げたら?」
「これはなくすわけにいかないんだ。紐が切れたらどうする」
「切れないように襟で隠せばいいでしょ。……っつか、これ、何なの?」
ジュリアが指を伸ばして触ろうとすると、レイモンドはさっと手を引っ込めた。耳に顔を近づけ、ポニーテールの後れ毛に唇が触れた。
――うわ、くすぐったい!
「……王位継承者の指輪だ」
低い声が、吐息が、耳を掠める。くすぐったさと恥ずかしさで、ジュリアは話を聞いていなかった。
「へ?」
「へ、じゃない。聞こえなかったのか?」
再度唇が近づく気配がして、ジュリアは首を竦めた。
「い、いいってば!近すぎ!私はアリッサじゃないんだから、近づかれるのに慣れてないの」
「アリッサと君のどこが似ているというんだ。ふむ……指輪は隠そう。取られたら大問題だからな」
「それがいいよ。私、何か紐もらってくるね」
◆◆◆
かくして、準備を整えて意気揚々とフロードリンに乗り込んだジュリアは、塀の中に入って早々に計画変更を余儀なくされた。そこにいるはずのない、酔っ払いの姉によって。
ジュリアと仲間達は、塀の入口付近で大暴れを始めた。大人が暴れている間に、エルマーとジュリアが抜け出し塀の奥へと走る。
が。
「待ってよぉ、じゅる……ジュリアぁ」
タックルしてきたマリナの重みで、ジュリアは後ろに転びそうになった。
「放して、マリナ」
「やぁだ。やっと会えたのにぃ。……私、寂しかったんだよぉ?おーんぶ!」
ぎゅうううう。
おんぶと称して後ろから首に体重をかけられ、息苦しい上に足を進めることができない。アルコールの臭いが強く、姉が強か酔っているのだと分かった。
「エルマー!先に行って」
「でも……」
「私もすぐ行くから」
仰け反って叫び、ジュリアは姉に向き直った。腕を一度肩から外して腰の辺りで横抱きにした。マリナは荷物のような扱いに唇を尖らせた。
「ちょっとぉ、ジュリア?ひどぉ」
「レイモンド!」
「ぉお?」
目を丸くしたマリナをレイモンドに押しつけ、エルマーの後姿を追った。
ジュリアが走り去って数秒、レイモンドははっと気が付いた。
「何故俺が君を抱いていなければいけないのだ」
「あれぇ?レイモンド、ここ、皺が寄ってるよぉ?」
白い指先で眉間をぐりぐりと押され、楽しそうな笑顔に余計に苛立ちが募る。腕の中のマリナの胸元から溢れた赤い液体が、レイモンドのシャツを濡らした。
「血……ではないな?」
「あ、分かった?うふふ、これね……」
マリナは指をもつれさせながら白いブラウスのボタンを外していく。
「ちょ、おい、待て!何をするっ……えっ?」
取り出された肉の塊を見て、真っ赤になったレイモンドは口をぽかんと開けた。
「ベタベタして気持ち悪いのよ」
「あ、ああ……」
「食べる?」
「誰が食べるか!君は……うっ!」
レイモンドが目の前で倒れた。マリナは目を大きく見開いて、彼の向こう側にいた人物を見つめた。
「あら?だあれ?」
自分と同じ黒いローブを着た男が、牧師夫人を後ろ手に縛っている。暴れ回っていた男達もいつの間にか倒れたり縛られたりしている。
「お遊びはここまでだぜ、お嬢ちゃん」
男が指先に魔法を纏わせ、額を軽くコツンと突いた瞬間、マリナは深い眠りに落ちていった。
◆◆◆
魔法陣で王都の市場に着いて、アレックスは休むことなくハーリオン侯爵家を目指した。ジュリアを誘って市場に何度も足を運んでいる。慣れた道だ。
「あと少しだ!」
自分を励ましながら一歩を踏み出す。山越えからの疲れが脚に堪えた。
「諦めたら終わりだ。頑張るっ……!」
膝に手を当て歯を食いしばる。
「おーい」
「頑張る……」
「おーい!アレックス!」
「あと少し」
「アレックス!おい!何してんの?」
背後から肩を掴まれ、反射的に振り払って身構えたが武器はない。
「うわっ、と、危ねっ……こんなところで何してんだ?馬車は?」
抜群の反射神経でアレックスの素手の攻撃を躱したレナードが、猫目を瞬かせて友人を上から下まで二度見した。
「酷い格好だな。いつもの派手な服はどうした?」
「訳があって変装してるんだ。……悪い、レナード。俺、行かなきゃ」
競歩のようにずんずん通りを歩き出す。レナードは小走りでついてきた。
「どこに行くんだ?すぐそこにうちの馬車があるから、乗せてってやるよ。事情は知らないけど、疲れた顔して……ボロボロじゃないか」
人懐こい笑顔と視線が合う。アレックスは緊張の糸が切れて力が抜け、友の肩に体重を預けた。
「意外と似合うじゃん。昔の肖像画にいそうな感じ」
「六代前の先祖に瓜二つだ。……度が合わないが、ないよりましだな」
眼鏡を指で押し上げたレイモンドの手首を、ジュリアがガシッと掴んだ。
「何だ?」
「こーれ!こんなけばけばしい金の指輪なんかしてたら、絶対怪しまれるっての」
レイモンドの左手には、幅の広い指輪が嵌っていた。大きな宝石がついていないデザインだが、何やら細かい文字が彫られている。一見して謂れのある品だと分かる。
「革紐か何かで、首から下げたら?」
「これはなくすわけにいかないんだ。紐が切れたらどうする」
「切れないように襟で隠せばいいでしょ。……っつか、これ、何なの?」
ジュリアが指を伸ばして触ろうとすると、レイモンドはさっと手を引っ込めた。耳に顔を近づけ、ポニーテールの後れ毛に唇が触れた。
――うわ、くすぐったい!
「……王位継承者の指輪だ」
低い声が、吐息が、耳を掠める。くすぐったさと恥ずかしさで、ジュリアは話を聞いていなかった。
「へ?」
「へ、じゃない。聞こえなかったのか?」
再度唇が近づく気配がして、ジュリアは首を竦めた。
「い、いいってば!近すぎ!私はアリッサじゃないんだから、近づかれるのに慣れてないの」
「アリッサと君のどこが似ているというんだ。ふむ……指輪は隠そう。取られたら大問題だからな」
「それがいいよ。私、何か紐もらってくるね」
◆◆◆
かくして、準備を整えて意気揚々とフロードリンに乗り込んだジュリアは、塀の中に入って早々に計画変更を余儀なくされた。そこにいるはずのない、酔っ払いの姉によって。
ジュリアと仲間達は、塀の入口付近で大暴れを始めた。大人が暴れている間に、エルマーとジュリアが抜け出し塀の奥へと走る。
が。
「待ってよぉ、じゅる……ジュリアぁ」
タックルしてきたマリナの重みで、ジュリアは後ろに転びそうになった。
「放して、マリナ」
「やぁだ。やっと会えたのにぃ。……私、寂しかったんだよぉ?おーんぶ!」
ぎゅうううう。
おんぶと称して後ろから首に体重をかけられ、息苦しい上に足を進めることができない。アルコールの臭いが強く、姉が強か酔っているのだと分かった。
「エルマー!先に行って」
「でも……」
「私もすぐ行くから」
仰け反って叫び、ジュリアは姉に向き直った。腕を一度肩から外して腰の辺りで横抱きにした。マリナは荷物のような扱いに唇を尖らせた。
「ちょっとぉ、ジュリア?ひどぉ」
「レイモンド!」
「ぉお?」
目を丸くしたマリナをレイモンドに押しつけ、エルマーの後姿を追った。
ジュリアが走り去って数秒、レイモンドははっと気が付いた。
「何故俺が君を抱いていなければいけないのだ」
「あれぇ?レイモンド、ここ、皺が寄ってるよぉ?」
白い指先で眉間をぐりぐりと押され、楽しそうな笑顔に余計に苛立ちが募る。腕の中のマリナの胸元から溢れた赤い液体が、レイモンドのシャツを濡らした。
「血……ではないな?」
「あ、分かった?うふふ、これね……」
マリナは指をもつれさせながら白いブラウスのボタンを外していく。
「ちょ、おい、待て!何をするっ……えっ?」
取り出された肉の塊を見て、真っ赤になったレイモンドは口をぽかんと開けた。
「ベタベタして気持ち悪いのよ」
「あ、ああ……」
「食べる?」
「誰が食べるか!君は……うっ!」
レイモンドが目の前で倒れた。マリナは目を大きく見開いて、彼の向こう側にいた人物を見つめた。
「あら?だあれ?」
自分と同じ黒いローブを着た男が、牧師夫人を後ろ手に縛っている。暴れ回っていた男達もいつの間にか倒れたり縛られたりしている。
「お遊びはここまでだぜ、お嬢ちゃん」
男が指先に魔法を纏わせ、額を軽くコツンと突いた瞬間、マリナは深い眠りに落ちていった。
◆◆◆
魔法陣で王都の市場に着いて、アレックスは休むことなくハーリオン侯爵家を目指した。ジュリアを誘って市場に何度も足を運んでいる。慣れた道だ。
「あと少しだ!」
自分を励ましながら一歩を踏み出す。山越えからの疲れが脚に堪えた。
「諦めたら終わりだ。頑張るっ……!」
膝に手を当て歯を食いしばる。
「おーい」
「頑張る……」
「おーい!アレックス!」
「あと少し」
「アレックス!おい!何してんの?」
背後から肩を掴まれ、反射的に振り払って身構えたが武器はない。
「うわっ、と、危ねっ……こんなところで何してんだ?馬車は?」
抜群の反射神経でアレックスの素手の攻撃を躱したレナードが、猫目を瞬かせて友人を上から下まで二度見した。
「酷い格好だな。いつもの派手な服はどうした?」
「訳があって変装してるんだ。……悪い、レナード。俺、行かなきゃ」
競歩のようにずんずん通りを歩き出す。レナードは小走りでついてきた。
「どこに行くんだ?すぐそこにうちの馬車があるから、乗せてってやるよ。事情は知らないけど、疲れた顔して……ボロボロじゃないか」
人懐こい笑顔と視線が合う。アレックスは緊張の糸が切れて力が抜け、友の肩に体重を預けた。
0
お気に入りに追加
751
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる