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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

426 悪役令嬢は荷物扱いされる

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洋品店の倉庫には、時代遅れの服がたくさんあった。今回の作戦に加わるメンバーは思い思いに古着に着替え、互いに見せ合っている。庶民の服装に疎いレイモンドは、店主のアドバイスを受けて、よれたシャツと膝に継ぎ接ぎのあるズボンを選んだ。壊れた眼鏡は修復できそうになく、店主の夫が若い頃に使っていた中古の眼鏡を借りた。目の幅と直径が同じ、細い縁の丸眼鏡である。
「意外と似合うじゃん。昔の肖像画にいそうな感じ」
「六代前の先祖に瓜二つだ。……度が合わないが、ないよりましだな」
眼鏡を指で押し上げたレイモンドの手首を、ジュリアがガシッと掴んだ。
「何だ?」
「こーれ!こんなけばけばしい金の指輪なんかしてたら、絶対怪しまれるっての」
レイモンドの左手には、幅の広い指輪が嵌っていた。大きな宝石がついていないデザインだが、何やら細かい文字が彫られている。一見して謂れのある品だと分かる。
「革紐か何かで、首から下げたら?」
「これはなくすわけにいかないんだ。紐が切れたらどうする」
「切れないように襟で隠せばいいでしょ。……っつか、これ、何なの?」
ジュリアが指を伸ばして触ろうとすると、レイモンドはさっと手を引っ込めた。耳に顔を近づけ、ポニーテールの後れ毛に唇が触れた。
――うわ、くすぐったい!
「……王位継承者の指輪だ」
低い声が、吐息が、耳を掠める。くすぐったさと恥ずかしさで、ジュリアは話を聞いていなかった。
「へ?」
「へ、じゃない。聞こえなかったのか?」
再度唇が近づく気配がして、ジュリアは首を竦めた。
「い、いいってば!近すぎ!私はアリッサじゃないんだから、近づかれるのに慣れてないの」
「アリッサと君のどこが似ているというんだ。ふむ……指輪は隠そう。取られたら大問題だからな」
「それがいいよ。私、何か紐もらってくるね」

   ◆◆◆

かくして、準備を整えて意気揚々とフロードリンに乗り込んだジュリアは、塀の中に入って早々に計画変更を余儀なくされた。そこにいるはずのない、酔っ払いの姉によって。

ジュリアと仲間達は、塀の入口付近で大暴れを始めた。大人が暴れている間に、エルマーとジュリアが抜け出し塀の奥へと走る。
が。
「待ってよぉ、じゅる……ジュリアぁ」
タックルしてきたマリナの重みで、ジュリアは後ろに転びそうになった。
「放して、マリナ」
「やぁだ。やっと会えたのにぃ。……私、寂しかったんだよぉ?おーんぶ!」
ぎゅうううう。
おんぶと称して後ろから首に体重をかけられ、息苦しい上に足を進めることができない。アルコールの臭いが強く、姉が強か酔っているのだと分かった。
「エルマー!先に行って」
「でも……」
「私もすぐ行くから」
仰け反って叫び、ジュリアは姉に向き直った。腕を一度肩から外して腰の辺りで横抱きにした。マリナは荷物のような扱いに唇を尖らせた。
「ちょっとぉ、ジュリア?ひどぉ」
「レイモンド!」
「ぉお?」
目を丸くしたマリナをレイモンドに押しつけ、エルマーの後姿を追った。

ジュリアが走り去って数秒、レイモンドははっと気が付いた。
「何故俺が君を抱いていなければいけないのだ」
「あれぇ?レイモンド、ここ、皺が寄ってるよぉ?」
白い指先で眉間をぐりぐりと押され、楽しそうな笑顔に余計に苛立ちが募る。腕の中のマリナの胸元から溢れた赤い液体が、レイモンドのシャツを濡らした。
「血……ではないな?」
「あ、分かった?うふふ、これね……」
マリナは指をもつれさせながら白いブラウスのボタンを外していく。
「ちょ、おい、待て!何をするっ……えっ?」
取り出された肉の塊を見て、真っ赤になったレイモンドは口をぽかんと開けた。
「ベタベタして気持ち悪いのよ」
「あ、ああ……」
「食べる?」
「誰が食べるか!君は……うっ!」
レイモンドが目の前で倒れた。マリナは目を大きく見開いて、彼の向こう側にいた人物を見つめた。
「あら?だあれ?」
自分と同じ黒いローブを着た男が、牧師夫人を後ろ手に縛っている。暴れ回っていた男達もいつの間にか倒れたり縛られたりしている。
「お遊びはここまでだぜ、お嬢ちゃん」
男が指先に魔法を纏わせ、額を軽くコツンと突いた瞬間、マリナは深い眠りに落ちていった。

   ◆◆◆

魔法陣で王都の市場に着いて、アレックスは休むことなくハーリオン侯爵家を目指した。ジュリアを誘って市場に何度も足を運んでいる。慣れた道だ。
「あと少しだ!」
自分を励ましながら一歩を踏み出す。山越えからの疲れが脚に堪えた。
「諦めたら終わりだ。頑張るっ……!」
膝に手を当て歯を食いしばる。
「おーい」
「頑張る……」
「おーい!アレックス!」
「あと少し」
「アレックス!おい!何してんの?」
背後から肩を掴まれ、反射的に振り払って身構えたが武器はない。
「うわっ、と、危ねっ……こんなところで何してんだ?馬車は?」
抜群の反射神経でアレックスの素手の攻撃を躱したレナードが、猫目を瞬かせて友人を上から下まで二度見した。
「酷い格好だな。いつもの派手な服はどうした?」
「訳があって変装してるんだ。……悪い、レナード。俺、行かなきゃ」
競歩のようにずんずん通りを歩き出す。レナードは小走りでついてきた。
「どこに行くんだ?すぐそこにうちの馬車があるから、乗せてってやるよ。事情は知らないけど、疲れた顔して……ボロボロじゃないか」
人懐こい笑顔と視線が合う。アレックスは緊張の糸が切れて力が抜け、友の肩に体重を預けた。
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