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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る
421 悪役令嬢は疲労困憊する
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「さて、セドリック。君に頼みがあるんだ」
王太子セドリックは、どこにいてもキラキラオーラを絶やさない。王都の王宮から遠く離れた田舎町の領主館でも、彼の持つ雰囲気は変わらなかった。
「俺に……?んー、なーんとなく気づいちゃいたけど……セドリック……さんって、王子様だよね?」
「気づいていたんだね」
「こんな町に貴族なんかめったに来ないし、俺を訪ねて王子様が来る、ってじいちゃんが言ってたから。前に、国王陛下の結婚式ん時の記念の皿を雑貨屋のおばさんに見せてもらったんだ。だから、王子様は金髪だろうなって思ってた」
「よく覚えていたね」
「へへ。……で、頼みって?」
「僕とマリナのために、君の……ご先祖なのかな?ゾーイとウォーレスが何かを残してくれたはずなんだ。エスティアの町に来たのは、調査も理由の一つだけれど、僕は二人からの贈り物を受け取りに来たんだ」
「そっか。……実は、その……ご先祖様が残した本っての、今はないんだ」
「えっ……」
一同絶句した。少年セドリックに会い、『命の時計』を解呪できる予感がしていただけに、王太子の落胆ぶりは見るに忍びなかった。
「う、嘘だ……そんな……」
金髪を掻きむしり、はくはくと口を動かしては緩く首を振った。
「だから、ね、師匠」
「……?」
「あんたのことだよ、エマさん」
「……あ、私か」
「ちょっと俺と一緒に家まで来てくれる?」
少年はエミリーに触れないようにしながら彼女を誘導した。
◆◆◆
エスティアの町の中心部から少し山手に入ったところに、二人が目指すコーノック家はあった。近くに民家はなく、周りを背の高い木々が囲んでいる。案内されて中に入ると、昼間でも薄暗い室内には、壁に作りつけられた本棚にびっしりと魔法書が並んでいる。
「……すごい数」
「この町で一番本があるかもね」
「この町どころじゃない。……王都だってこれほどの魔法書を持つ家は少ないわ。あなたは恵まれているのよ」
「へえ。やっぱりそうなんだ。生活が苦しくなっても、魔法書は売るなってのが先祖の教えだからさ。この中に書かれていることが必ず役に立つって」
「魔法を身につければ、仕事も見つかるわ」
「なーるほど。……ねえ、師匠」
「その『師匠』ってのやめて」
エミリーの眉間に皺が寄った。
「だったら何て呼んだらいいの?エマさん?」
「……エミリー。私の名前よ」
「ん、分かった。エミリー、ちょっとこれ見て」
セドリック少年は膨大な本の前に立ち、無詠唱で本を一冊取り出した。浮き上がった本はエミリーが座る椅子の前でぱらぱらとページを繰り、あるページで動きを止めた。
「……これ、誰かの日記?」
「そう。ずーっと前のじいちゃんの日記だよ」
「『Eに魔法書を奪われる』……?Eって誰?魔法書ってもしかして……」
「こんな田舎町でも、じいちゃんに魔法の才能があるって知った貴族が、養子にならないかって話をもちかけてきたんだってさ。ほら、貴族ってのは魔力があってなんぼなんだろ?」
「皆が皆そうではないけど……魔導士の一族なら、魔力が高い子供を欲しがるでしょうね」
エミリーは再度日記を覗き込んだ。セドリックの祖父の日記には、何度もEが登場している。日付の間隔を見ると、かなり頻繁に町を訪れていたらしい。
「じいちゃんは断ったんだ。俺達にはここで、来るべき人を待つ使命があるってね」
「王太子とマリナのことね」
「うん。でも、相手は引かなかった。自分の養子になれば、王立学院の魔法科で学ばせてやるって言い出した。エスティアには治癒魔導士がいなかったから、じいちゃんは魔法を学んで町の人のために働きたいって思ってた。それにつけこんだんだ」
「おじいさんは結局養子にならなかったのね。それと魔法書を奪われたのと、どう関係があるの?」
「内容を知らなくても、じいちゃんが守っている秘密はとてつもなく大きなことだって気づかれたらしい。奴らは家を襲撃して、宝物を持ち出そうとしたじいちゃんを捕まえた。じいちゃんを酷い目に遭わせて魔法書を奪い、いざという時に自分達の手柄になるようにしたんだ」
「……目先のことしか考えない、アホな貴族がやりそうなことね」
エミリーは吐き捨てた。魔力を持つ子供が欲しいEとは、言われなくても想像がつく。
「つまり、魔法書はEのところにあるってこと?」
溜息をついたエミリーの顔を自称・弟子はにやにや笑って覗き込んだ。
「そうだよ。だけど、諦めるのは早いよ、エミリー」
言うや否や、セドリック少年は筋肉がついていない細い腕を上げ、本棚に向かって魔法を放った。
◆◆◆
エスティア領主館の一室を、王太子セドリックは何周したことだろうか。エミリーとセドリック少年が出て行ってから、一時間以上が経っている。家はそれほど遠くないはずだ。
「王太子様、落ち着いてください」
「アリッサ、僕のことは気にしないで」
「気になりますぅ!」
王太子が歩きまわっているのに、自分は優雅に座って紅茶を飲めるほどアリッサの神経は図太くなかった。おろおろと立ったり座ったりを繰り返し、ぼんやりして紅茶を注いではこぼしている。
「こ、紅茶が冷めてしまいますわ」
「淹れてくれたんだったね。ありがとう」
「どういたしまして……あ、えと、当然のことですから。ここはうちのお邸ですし」
領主の娘としては賓客をもてなすのは当然である。
――しっかりしなきゃ!
アリッサは緊張で震える手で、エミリーが作ったパウンドケーキを切り分けた。
「ねえ、アリッサ」
「はい」
「彼はどうしてエミリーだけを連れて行ったんだろうね」
「それは……エミリーちゃんが一番魔法が得意だからでしょうか」
「解呪を必要としているのはマリナだし、当事者というなら僕もだ。彼の先祖に会ったんだよ」
「ええ……そ、そうですね……」
アリッサが返答に窮していると、廊下が騒がしくなって軽快な足音が聞こえた。
「ただいまっ!」
「お帰りなさい。セドリック君。……と、エミリーちゃん、どうしたの?」
「……疲れた」
「ええっ?」
アリッサの肩に凭れかかるようにして、エミリーは額を乗せた。
「しばらく……術式は見たくない」
彼女の手には真新しく分厚いノートが握られていた。
王太子セドリックは、どこにいてもキラキラオーラを絶やさない。王都の王宮から遠く離れた田舎町の領主館でも、彼の持つ雰囲気は変わらなかった。
「俺に……?んー、なーんとなく気づいちゃいたけど……セドリック……さんって、王子様だよね?」
「気づいていたんだね」
「こんな町に貴族なんかめったに来ないし、俺を訪ねて王子様が来る、ってじいちゃんが言ってたから。前に、国王陛下の結婚式ん時の記念の皿を雑貨屋のおばさんに見せてもらったんだ。だから、王子様は金髪だろうなって思ってた」
「よく覚えていたね」
「へへ。……で、頼みって?」
「僕とマリナのために、君の……ご先祖なのかな?ゾーイとウォーレスが何かを残してくれたはずなんだ。エスティアの町に来たのは、調査も理由の一つだけれど、僕は二人からの贈り物を受け取りに来たんだ」
「そっか。……実は、その……ご先祖様が残した本っての、今はないんだ」
「えっ……」
一同絶句した。少年セドリックに会い、『命の時計』を解呪できる予感がしていただけに、王太子の落胆ぶりは見るに忍びなかった。
「う、嘘だ……そんな……」
金髪を掻きむしり、はくはくと口を動かしては緩く首を振った。
「だから、ね、師匠」
「……?」
「あんたのことだよ、エマさん」
「……あ、私か」
「ちょっと俺と一緒に家まで来てくれる?」
少年はエミリーに触れないようにしながら彼女を誘導した。
◆◆◆
エスティアの町の中心部から少し山手に入ったところに、二人が目指すコーノック家はあった。近くに民家はなく、周りを背の高い木々が囲んでいる。案内されて中に入ると、昼間でも薄暗い室内には、壁に作りつけられた本棚にびっしりと魔法書が並んでいる。
「……すごい数」
「この町で一番本があるかもね」
「この町どころじゃない。……王都だってこれほどの魔法書を持つ家は少ないわ。あなたは恵まれているのよ」
「へえ。やっぱりそうなんだ。生活が苦しくなっても、魔法書は売るなってのが先祖の教えだからさ。この中に書かれていることが必ず役に立つって」
「魔法を身につければ、仕事も見つかるわ」
「なーるほど。……ねえ、師匠」
「その『師匠』ってのやめて」
エミリーの眉間に皺が寄った。
「だったら何て呼んだらいいの?エマさん?」
「……エミリー。私の名前よ」
「ん、分かった。エミリー、ちょっとこれ見て」
セドリック少年は膨大な本の前に立ち、無詠唱で本を一冊取り出した。浮き上がった本はエミリーが座る椅子の前でぱらぱらとページを繰り、あるページで動きを止めた。
「……これ、誰かの日記?」
「そう。ずーっと前のじいちゃんの日記だよ」
「『Eに魔法書を奪われる』……?Eって誰?魔法書ってもしかして……」
「こんな田舎町でも、じいちゃんに魔法の才能があるって知った貴族が、養子にならないかって話をもちかけてきたんだってさ。ほら、貴族ってのは魔力があってなんぼなんだろ?」
「皆が皆そうではないけど……魔導士の一族なら、魔力が高い子供を欲しがるでしょうね」
エミリーは再度日記を覗き込んだ。セドリックの祖父の日記には、何度もEが登場している。日付の間隔を見ると、かなり頻繁に町を訪れていたらしい。
「じいちゃんは断ったんだ。俺達にはここで、来るべき人を待つ使命があるってね」
「王太子とマリナのことね」
「うん。でも、相手は引かなかった。自分の養子になれば、王立学院の魔法科で学ばせてやるって言い出した。エスティアには治癒魔導士がいなかったから、じいちゃんは魔法を学んで町の人のために働きたいって思ってた。それにつけこんだんだ」
「おじいさんは結局養子にならなかったのね。それと魔法書を奪われたのと、どう関係があるの?」
「内容を知らなくても、じいちゃんが守っている秘密はとてつもなく大きなことだって気づかれたらしい。奴らは家を襲撃して、宝物を持ち出そうとしたじいちゃんを捕まえた。じいちゃんを酷い目に遭わせて魔法書を奪い、いざという時に自分達の手柄になるようにしたんだ」
「……目先のことしか考えない、アホな貴族がやりそうなことね」
エミリーは吐き捨てた。魔力を持つ子供が欲しいEとは、言われなくても想像がつく。
「つまり、魔法書はEのところにあるってこと?」
溜息をついたエミリーの顔を自称・弟子はにやにや笑って覗き込んだ。
「そうだよ。だけど、諦めるのは早いよ、エミリー」
言うや否や、セドリック少年は筋肉がついていない細い腕を上げ、本棚に向かって魔法を放った。
◆◆◆
エスティア領主館の一室を、王太子セドリックは何周したことだろうか。エミリーとセドリック少年が出て行ってから、一時間以上が経っている。家はそれほど遠くないはずだ。
「王太子様、落ち着いてください」
「アリッサ、僕のことは気にしないで」
「気になりますぅ!」
王太子が歩きまわっているのに、自分は優雅に座って紅茶を飲めるほどアリッサの神経は図太くなかった。おろおろと立ったり座ったりを繰り返し、ぼんやりして紅茶を注いではこぼしている。
「こ、紅茶が冷めてしまいますわ」
「淹れてくれたんだったね。ありがとう」
「どういたしまして……あ、えと、当然のことですから。ここはうちのお邸ですし」
領主の娘としては賓客をもてなすのは当然である。
――しっかりしなきゃ!
アリッサは緊張で震える手で、エミリーが作ったパウンドケーキを切り分けた。
「ねえ、アリッサ」
「はい」
「彼はどうしてエミリーだけを連れて行ったんだろうね」
「それは……エミリーちゃんが一番魔法が得意だからでしょうか」
「解呪を必要としているのはマリナだし、当事者というなら僕もだ。彼の先祖に会ったんだよ」
「ええ……そ、そうですね……」
アリッサが返答に窮していると、廊下が騒がしくなって軽快な足音が聞こえた。
「ただいまっ!」
「お帰りなさい。セドリック君。……と、エミリーちゃん、どうしたの?」
「……疲れた」
「ええっ?」
アリッサの肩に凭れかかるようにして、エミリーは額を乗せた。
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