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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

409 悪役令嬢は領地を知る コレルダード編3

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ジュリアとレイモンドが食事を注文して間もなく、宿屋の外が騒がしくなった。
「何だ?」
「さあ?」
顔を見合わせる。レイモンドが近くにいた男に尋ねようとすると、ドアが開いて若い男が転がり込んできた。頬が腫れ、唇から血を流している。
「た、助け……」
剣技科の練習で少しの傷には慣れているジュリアでも、駆け寄るのを一瞬躊躇うくらいだった。スカートを捲り、床に倒れている彼の元へ走り寄る。
「おい、ジュリ……!」
レイモンドが止める声も届かない。
「女将さん、何か冷やすもの……濡らしたおしぼりとかない?」
「オシボリ?」
「あ、えっと……布だよ、布」
困惑する女将の隣で、常連らしい男がにやにやと笑いながらジュリアを見る。
「姉ちゃん、そいつを手当てしようってのか?無駄無駄。いつも殴られてんだからよ」
「いつも?だったら余計に……」
反論しようと身構えたジュリアのスカートが引かれた。倒れていた若い男が身体を起こし、諦めた表情でジュリアを見上げていた。
「……ありがとう、姉ちゃん」
よく見ればまだほんの少年だ。剣技科の大人びた同級生を見慣れているせいか、ジュリアと同じか、もっと幼く見える。
「どこ行きやがった、あのクソガキ!」
ドアが大きな音を立てて蹴破られ、少年はビクリと肩を震わせて振り返った。

「何なのよ、あいつ……」
剣技科生徒のジェレミーを一回り大きくしたような男が店内を見回し、床に蹲る少年を見つけた。淡い色の瞳が細められる。
「こんなところにいたのか。……姉ちゃんが心配しているぞ?」
大きな手が少年の肩に伸び、力任せに立たせようとする。
「ちょっと、あんた!やめなよ!」
ジュリアが声を上げ、男をキッと睨んだ。
「怪我してるんだから、手荒な真似は……」
「何だぁ?この威勢のいい姉ちゃんは。……はあん、そうか。そんなに俺に雇われたいのか?」
「雇う?フン、お断りだよ。私にはパトロ……」
パトロンがいる、と言いかけたジュリアの顎を男の無骨な手が掴む。細い顎に指が食い込んだ。
「いいな。なかなかの別嬪じゃないか。アントニアより若そうだな」
放せ、と言おうとするが、口が動かせない。ジュリアは男を睨むだけで精一杯だった。

「おい」
「あ?何だ?」
視線だけ動かすと、視界に不機嫌そうなレイモンドが見えた。
「他人の物を掠め取るつもりか」
「何だよ、てめえ」
腕組みをしたレイモンドは男に負けていなかった。体格では勝てないが、オーラが威嚇している。男はレイモンドを殴ろうと、ジュリアから手を離した。
――チャンス!
拳を作って指を鳴らし、男がレイモンドに殴りかかった瞬間、ジュリアは近くにあったダイニングテーブルの椅子を持ち上げ、脳天目がけて降り下ろした。レイモンドに交わされてバランスを失った男は、椅子の直撃を受けて床に倒れた。
「やった!」
「姉ちゃん、逃げて!」
「え、どうし……」
少年に尋ねたジュリアの背後から大きな影が伸びて床に広がった。

   ◆◆◆

ゆっくりと目を開けると、温かい色合いの魔法球が見えた。レイモンドは自分のいる場所が分からなかった。
「……ん?」
「ああ、あんた、気が付いたのかい」
はきはきとした嗄れ声が聞こえる。
「あなたは……宿屋の」
宿屋の女将はすまなそうに眉尻を下げ、目元に皺をつくりながら笑った。
「悪かったね。あんたがあの男に蹴られた後、あたしらもあの子を取り返したかったんだけど……」
あの子、と聞いてレイモンドは青ざめた。
自分はジュリアと行動を共にしていたのだ。この場に彼女がいないということは、あの男に気に入られて連れ去られたのに違いない。
「か、彼女は……?」
ジュリアの危機に自分は意識を失っていたのか。なんて不甲斐ないんだろうと、レイモンドは自分を責めた。
「あの子なら、多分……」
女将は言葉を濁した。薄汚れた壁へ視線を彷徨わせる。
「アントニアのところじゃないか?大通りから少し入った裏通りで店をやっているんだよ。あいつはあの子とアントニアを入れ替えるつもりみたいだった」
「アントニアとは?」
「あの男……ニール・ボウベルの愛人だよ。可哀想に、恋人はフロードリンに送られて、あいつはアントニアを手に入れたんだ。言うことを聞かなければ、ブルーノを殺すと言われてね。うちの店に転がり込んできた男の子はアントニアの弟さ。ボウベルのところからアントニアを連れ出そうとして、いつも失敗してあの通りさ」
女将の瞳が潤む。
「俺の連れは、そんな悪い男に連れ去られたのか?」
「言っておくけど、誰に訴え出ても無駄だよ。領主様はボウベルの横暴を許していなさるんだから」
「いや、まさか」
ふるふると首を振り、女将は一つ溜息をついた。
「あたしらはね、もう諦めてるんだよ。ハーリオン侯爵様は、コレルダードをお見捨てになったのさ」

   ◆◆◆

ボウベルに連れ去られそうになり、レイモンドが蹴とばされて気を失ったのを見たジュリアは、男の肩に担がれて暴れた。ヒールのある靴で腹と胸を蹴り、背中を拳で何度も叩いて抵抗したが、腹を殴られて気絶した。

目が覚めた時は、暗い空間に転がっていた。
遠くに小さな魔法球の光が一つ。それ以外は闇が支配する冷たい部屋だ。手足の自由が利かない。指先で触ってみるとどうやら紐で縛られている。
「くっ……」
膝を折り曲げて腿につけたナイフを取ろうと試みるも、手首が背中側で纏められており、腿までは届きそうにない。
――一人じゃなかったらよかったのに。
アレックスと二人、市場で誘拐された時のことを思い出し、今の心細さに震えた。レイモンドは大丈夫だろうか。自分は帰れるのだろうか。行方が分からなくなれば、姉妹は必死に自分を探すだろう。勿論、アレックスも。
ぎゅっと瞳を閉じると、目尻から床へと涙が伝った。
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