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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

408 悪役令嬢は領地を知る コレルダード編2

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階段の踊り場まで下りたところで、ジュリアは横から不意に腕を掴まれた。
「おい」
「うわっ、何すんの!転ぶところだったじゃない」
前髪を掻き上げながら相手を軽く睨み付ける。当然だが面識のない若い男だ。いや、若く見えても父や母と同世代かもしれないと思い直す。
「お前、見ない顔だな」
「……だから何?」
何を言われるか予想がつかず、とりあえず相手を威嚇する作戦に出た。ジュリアの今までの人生経験から、堂々としていれば大抵のことは何とかなってきた。一にも二にも度胸だ。
「ここいらの女達は、儲けの半分を俺に納めることになってるんだよ。俺はお前達の代わりに侯爵様に納めるんだよ」
「コウシャク?ハッ、そんなの知らないわよ。あんたの息がかかった、仕方なく商売してるコとは違うの。私は専属契約の高級娼婦。分かる?」
レイモンドが作った設定は生かしておこう。何かの役に立つかもしれない。
「それにしちゃあ、旦那がいないんじゃないか?」
「彼は疲れて部屋で休んでるの。起こさないであげてほしいな」
「ふっ。疲れさせたのは誰なんだ?……まあ、これほどの上玉なら分からんでもないな」
男の指がジュリアの顎を掬い取ろうとする。咄嗟に首を竦めて躱し、距離を置いて鋭い視線を投げた。
「おっと。指一本ふれるんじゃないよ。私の肌に触れていいのは一人だけだからね」
腰に手を当てて勝ち誇ったように言う。
――やった、相手がビビってる!逃げられそう……?
逃げるために半歩片足を引いたジュリアの頬を、後ろから伸びた手が撫でた。優しい指が頬から顎へ首へ、露わになっている肩へとなぞっていく。ジュリアの鳥肌が加速した。
「他の男について行くなと言ったはずだがな。……部屋に戻れ。先ほどの続きを……」
続きと聞いて、ジュリアに声をかけた男がピュウと口笛を吹いた。
「若いからって無理するなよ?」
「……?」
首を傾げたジュリアを、状況が一瞬で飲み込めたレイモンドが引きずるようにして部屋に戻った。

   ◆◆◆

「だから一人で出歩くのは危険だと……」
「あー、はいはい。お説教は勘弁して。十分分かったから、ね?」
「ね?じゃない。あの男に部屋に連れ込まれていてもおかしくないんだぞ?君の身に何かあったら、俺はアレックスに顔向けできない」
「だーかーらー。私が自分の責任で失敗しても、アレックスは関係なくない?」
ベッドに腰掛けて靴を脱ぎ、脚をぶらぶらさせると、レイモンドは額に手を当てた。
「君は……いいのか?……その……初めての相手があの男でも」
「……んん?」
――真顔で『初めて』とか言うな!気持ち悪いだろ!
「娼婦に扮しているのだから、当然成り行きでそういうことも……」
「それは絶対ないよ」
「どうして言い切れる?君は騎士を目指して毎日訓練を欠かさないだろうが、それでも男の力には勝てないだろう?ましてや今は丸腰で」
にっと笑い、ジュリアはポンポンと自分の腿の辺りを叩いた。
「一応、武器はあるよ」
「……それでどの程度戦える?俺はあまり信用していないぞ」
「絶対役に立つから、任せておいてよ」

仕切り直して、二人はコレルダードの状況をまとめてみることにした。
「取り立てる年貢が重くなり、労働の負担を強いられている。侯爵家に納められた分以外の年貢は行き先は不明だ」
「なんかさ、町の人からやたらとお金を巻き上げているっぽいんだよね」
「というと?」
「さっき、階段にいた奴に、儲けを半分寄越せって言われた。あいつが侯爵様とやらに納めるんだってさ」
レイモンドは目を眇めた。
「胡散臭い話だな」
「思いっきり嘘だよね。……でもさ、あいつの言うことが本当なら、あいつは必ずお金を持ってどこかに行く。納める先に」
「全部使いこんでいなければ、だがな」
「服もボロだし、酒臭くもなかった。あいつは自分で使っていないと思う。あいつの後をつければ、この街の首領に行きつくはず」
ノートにさらさらと書き留めていたレイモンドが顔を上げた。
「後をつける、だと?」
「ダメかな?名案だと思うんだけどな」
人差し指の先を合わせながら、上目づかいで見つめると、彼はコホンと咳払いをして横を向いた。
「いいだろう。……君は少し、自覚したほうがいい」
「何を?」
「そうやって女らしくしていると、そこいらの女より多少……いや、かなり美しい」
「な……!」
美しいなどと面と向かって言われ慣れていないジュリアは、急速に顔が赤くなった。頭は沸騰寸前のやかんのようだ。
「油断していると危ないぞ。……それだけだ!」
真っ赤になったジュリアを見て照れたレイモンドは早々に話を切り上げた。
「あの男を見張るなら、下で食事をしよう。情報も集めておきたい。目立つ行動はするなよ?君は存在自体が目立つからな」
「そう、かな?」
「パーティーの会場でも人目を引いている。華があるとでもいうのか……。将来は王妃付きの近衛騎士がぴったりだな。……それから」

レイモンドは椅子にきちんと座り、ジュリアに膝を向けた。
「先ほどのことだが……謝りたい」
「うわ、槍でも降るんじゃない?」
「茶化すな。……俺が悪かった。君はアレックス以外の異性が目に入らないと、幼い頃から見て知っていたはずなのに。……女性と二人きりで宿屋に泊ったことなどなくてな。ベッドが一つしかないと知り気が動転してしまった」
視線を合わせずに静かに話すレイモンドの耳が赤くなっていた。
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