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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る
402 悪役令嬢は領地を知る エスティア編2
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セドリックが横たわるベッドと空いているベッドの間に屈み、エミリーは窓の外に目を凝らした。頭を出して覗こうとするアリッサの頭を押さえ、
「……いる」
と低く呟いた。
「いるって、何が?おばけじゃないよね?」
エミリーの服の肩口を掴み、アリッサはおろおろするばかりだ。おばけは大の苦手である。
「分からない?覗かれてる」
「ええっ?」
また頭を出そうとしたアリッサの頭を押さえ、エミリーは表情を強張らせた。
「感じるの。魔力を」
「ごめんね、全然分からなくて」
「ココナッツの匂いがする。……それなりに強い、でも……」
立ち上がって窓際に走り、手をかけずに魔法で窓を開けた。
バン!
観音開きの窓が壁に当たって音がし、夜風が一気に室内に吹き込んでくる。肌寒さにセドリックが寝返りを打って唸った。
「……どういうつもり?」
暗闇に向かって問いかけると、窓際に立っている木の太い枝から、黒い影がバルコニーへ降り立った。立膝をついてこちらを見た瞳が赤く煌めく。
「へえ……なかなかやるね。いっぱしに結界張ってんじゃん」
「誰に向かってそんな口利いてるの?……今すぐ消し炭にしてあげてもいいわよ」
バサリと黒いローブを揺らして立ち上がったのは、十歳前後と思われる少年だった。銀の髪が月光を受けて幻想的だ。アリッサは一瞬見とれてしまった。
「おっかない女。せっかく忠告しにきてやったのに」
「忠告?」
「そ。結界を解いて、俺もその中に入れてくんない?」
「生意気」
「あんた、すっごいいい匂いするね」
くんくんと鼻を近づけてくる。
「……やめて。言っておくけど、私に触ったら魔王に呪われるわよ」
「何それ、脅し?」
結界が一瞬解け、エミリーは少年の腕を掴んで室内に入れた。
「すげえ、一瞬でまた結界張った。ねえ、あんた、無詠唱じゃね?」
「だから?あなたも訓練すればできるんじゃない?」
二人の後ろに近づいたアリッサが、指先でエミリーの肩をつつく。
「ねえ、ねえ。入れていいの?」
「大丈夫。何か仕掛けてきても軽く勝てるから」
「うわ、傷つく。……俺に魔力を無駄遣いしないほうがいいと思うぜ。今晩か、明日の夜には、あんた達は総攻撃されるから。魔力は温存しときなよ」
「総攻撃って、なあに?詳しく聞かせてほしいな」
少年はアリッサの優しい雰囲気に態度を軟化させた。少しつり目の大きな赤い瞳がふっと細められた。
「あんた達が食堂に来る前から、お邸に客が来てるって噂になっててさ。大人達は大騒ぎしてたんだ。よそ者が来れば、花の秘密を守るために殺さなきゃならないから」
「……穏やかではないわね」
「仕方がないんだって。領主様の指示だから」
「違うわ!お父ぅぶっ……」
お父様、と言いかけたアリッサの口が魔法で塞がれた。
「おとう?あんた達、領主様の?」
「気のせいよ。領主とは関係ないわ。ただの旅人」
「ふぅーん。……で、どうすんの?ただの旅人さん」
「それはこっちの台詞。私達に教えて、あなたに何か得がある?」
「そうよね。余計なことをしちゃったと、大人に叱られるんじゃなくて?」
少年はローブの首元を緩め、無骨なチェーンを引き出した。二つの指輪が融かして8の字に固められているのを手に取り、エミリーの目の前に突き出した。
「これ。……俺のじいちゃんからもらったんだ。父さんと母さんは、大きな街に働きに行ってて……行ったまま帰って来ない。俺は、この指輪についている印の人の家に行ったんじゃないかって思ってる。じいちゃんは死んじまったし、俺一人じゃ町を出られない。連れて行ってほしいんだよ」
訴える瞳は真剣だった。ローブは質が悪いが魔力を封じ込める機能があり、両親は魔法が使える子供の存在を隠してきたのだと分かる。魔法が使える者が少ない地方の町では、子供であろうと容赦なく利用され、魔力切れで命を落とすことも少なくない。ハロルドが両親と共に馬車で崖から転落し、十分な治療が受けられなかったのも、この町に力の強い治癒魔導士がいなかったからだ。
「印……紋章のことね。ええと……あら?これはエンウィ伯爵家の紋章ね。キース君の持ち物についているのを見たわ。もう一つは……見たことがないかも」
殆どの貴族の紋章を覚えているアリッサは、見ただけでどこの家のものか判断できる。前世でも戦国武将の家紋を覚えて、お気に入りの家紋グッズを集めていただけはある。エミリーは少し姉を見直した。
「こっちは……コーノック家」
「そうなの?貴族じゃなくても紋章があるのね」
「昔から功績があって、紋章を使うことを許されたって聞いた。……どうでもいいけど、この二つの指輪がくっついてるってことは、マリナが言ってたあの二人と関係があるかも」
「タイムスリップした時の?」
エミリーは無言で頷いた。
「……ねえ、あなたのお父さんとお母さんは、魔法が使えた?」
「うん。ちょっとだけ。大きな街で働くには、魔力がある方が稼げるって言ってた。じいちゃんはどこか教えてくれなかったけど、コレルダードって街に行けば、働き口が見つかるんだって町の人達から聞いた」
「コレルダード……」
「一つ言っておくと、その町もここも、領主は同じよ。ただ、その指輪の紋章を持つ貴族はコレルダードにはいないわ。王都にいるのよ」
「だから、あなたのお父さんとお母さんは、別の事情があって帰って来られないの。分かる?」
「事情?」
「……あるいは、帰れないようにされているか……」
アメジストの瞳を眇めて、エミリーは遠くを見つめ、アリッサに向き直った。
「……この子、何かの役に立つと思うから連れて行っていい?うちの『ダンナ』の『探し物』には必要かも」
ベッドで熟睡しているセドリックを指さし、姉にしかわからない微かな笑みを浮かべた。
「……いる」
と低く呟いた。
「いるって、何が?おばけじゃないよね?」
エミリーの服の肩口を掴み、アリッサはおろおろするばかりだ。おばけは大の苦手である。
「分からない?覗かれてる」
「ええっ?」
また頭を出そうとしたアリッサの頭を押さえ、エミリーは表情を強張らせた。
「感じるの。魔力を」
「ごめんね、全然分からなくて」
「ココナッツの匂いがする。……それなりに強い、でも……」
立ち上がって窓際に走り、手をかけずに魔法で窓を開けた。
バン!
観音開きの窓が壁に当たって音がし、夜風が一気に室内に吹き込んでくる。肌寒さにセドリックが寝返りを打って唸った。
「……どういうつもり?」
暗闇に向かって問いかけると、窓際に立っている木の太い枝から、黒い影がバルコニーへ降り立った。立膝をついてこちらを見た瞳が赤く煌めく。
「へえ……なかなかやるね。いっぱしに結界張ってんじゃん」
「誰に向かってそんな口利いてるの?……今すぐ消し炭にしてあげてもいいわよ」
バサリと黒いローブを揺らして立ち上がったのは、十歳前後と思われる少年だった。銀の髪が月光を受けて幻想的だ。アリッサは一瞬見とれてしまった。
「おっかない女。せっかく忠告しにきてやったのに」
「忠告?」
「そ。結界を解いて、俺もその中に入れてくんない?」
「生意気」
「あんた、すっごいいい匂いするね」
くんくんと鼻を近づけてくる。
「……やめて。言っておくけど、私に触ったら魔王に呪われるわよ」
「何それ、脅し?」
結界が一瞬解け、エミリーは少年の腕を掴んで室内に入れた。
「すげえ、一瞬でまた結界張った。ねえ、あんた、無詠唱じゃね?」
「だから?あなたも訓練すればできるんじゃない?」
二人の後ろに近づいたアリッサが、指先でエミリーの肩をつつく。
「ねえ、ねえ。入れていいの?」
「大丈夫。何か仕掛けてきても軽く勝てるから」
「うわ、傷つく。……俺に魔力を無駄遣いしないほうがいいと思うぜ。今晩か、明日の夜には、あんた達は総攻撃されるから。魔力は温存しときなよ」
「総攻撃って、なあに?詳しく聞かせてほしいな」
少年はアリッサの優しい雰囲気に態度を軟化させた。少しつり目の大きな赤い瞳がふっと細められた。
「あんた達が食堂に来る前から、お邸に客が来てるって噂になっててさ。大人達は大騒ぎしてたんだ。よそ者が来れば、花の秘密を守るために殺さなきゃならないから」
「……穏やかではないわね」
「仕方がないんだって。領主様の指示だから」
「違うわ!お父ぅぶっ……」
お父様、と言いかけたアリッサの口が魔法で塞がれた。
「おとう?あんた達、領主様の?」
「気のせいよ。領主とは関係ないわ。ただの旅人」
「ふぅーん。……で、どうすんの?ただの旅人さん」
「それはこっちの台詞。私達に教えて、あなたに何か得がある?」
「そうよね。余計なことをしちゃったと、大人に叱られるんじゃなくて?」
少年はローブの首元を緩め、無骨なチェーンを引き出した。二つの指輪が融かして8の字に固められているのを手に取り、エミリーの目の前に突き出した。
「これ。……俺のじいちゃんからもらったんだ。父さんと母さんは、大きな街に働きに行ってて……行ったまま帰って来ない。俺は、この指輪についている印の人の家に行ったんじゃないかって思ってる。じいちゃんは死んじまったし、俺一人じゃ町を出られない。連れて行ってほしいんだよ」
訴える瞳は真剣だった。ローブは質が悪いが魔力を封じ込める機能があり、両親は魔法が使える子供の存在を隠してきたのだと分かる。魔法が使える者が少ない地方の町では、子供であろうと容赦なく利用され、魔力切れで命を落とすことも少なくない。ハロルドが両親と共に馬車で崖から転落し、十分な治療が受けられなかったのも、この町に力の強い治癒魔導士がいなかったからだ。
「印……紋章のことね。ええと……あら?これはエンウィ伯爵家の紋章ね。キース君の持ち物についているのを見たわ。もう一つは……見たことがないかも」
殆どの貴族の紋章を覚えているアリッサは、見ただけでどこの家のものか判断できる。前世でも戦国武将の家紋を覚えて、お気に入りの家紋グッズを集めていただけはある。エミリーは少し姉を見直した。
「こっちは……コーノック家」
「そうなの?貴族じゃなくても紋章があるのね」
「昔から功績があって、紋章を使うことを許されたって聞いた。……どうでもいいけど、この二つの指輪がくっついてるってことは、マリナが言ってたあの二人と関係があるかも」
「タイムスリップした時の?」
エミリーは無言で頷いた。
「……ねえ、あなたのお父さんとお母さんは、魔法が使えた?」
「うん。ちょっとだけ。大きな街で働くには、魔力がある方が稼げるって言ってた。じいちゃんはどこか教えてくれなかったけど、コレルダードって街に行けば、働き口が見つかるんだって町の人達から聞いた」
「コレルダード……」
「一つ言っておくと、その町もここも、領主は同じよ。ただ、その指輪の紋章を持つ貴族はコレルダードにはいないわ。王都にいるのよ」
「だから、あなたのお父さんとお母さんは、別の事情があって帰って来られないの。分かる?」
「事情?」
「……あるいは、帰れないようにされているか……」
アメジストの瞳を眇めて、エミリーは遠くを見つめ、アリッサに向き直った。
「……この子、何かの役に立つと思うから連れて行っていい?うちの『ダンナ』の『探し物』には必要かも」
ベッドで熟睡しているセドリックを指さし、姉にしかわからない微かな笑みを浮かべた。
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