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閑話 星の流れる夜は
星の流れる夜は 5
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「レイ様、とんだ誤解です!マリナちゃんには元彼なんていません」
「モトカレ?」
聞きなれない言葉に、レイモンドの眼鏡が光った。
帰り道の薔薇園で、アリッサは再びレイモンドから事情聴取をされていた。
「あ、ええと……昔の恋人なんていないんです。ジュリアちゃんの友達の話っていうのも、あの……そう、私の小説のせいで」
「小説?」
「はい。小説だと、『ずっと一緒にいよう』とか『この戦いから戻ってきたら結婚しよう』とかって、主人公の恋人が言いますよね」
「ああ、よくあるな。……大概、一緒にはいられなくなり、戦いから帰って来ないが」
「そうなんです!」
アリッサは弁解しながら胸が痛んだ。前世の話をしないで説明するということは、半分レイモンドを騙していることにはならないか。ジュリアを庇い、マリナに対する誤解を解くためとはいえ、してはいけないことをしているような罪悪感に苛まれた。
「私が、小説だとよくあるよって話をしたから、ジュリアちゃんは覚えていて、アレックス君に言ったんだと思います。恋人になってから日が浅いし、不安だからだと思うんです」
無言でエメラルドの瞳を細めたレイモンドは、二拍おいて、ふうと溜息をついた。
「そうか。……筆頭侯爵家の令嬢に許されざる恋人がいたわけではないのだな」
ぶんぶんと頭を振り、アリッサは懸命に訴える。
「いません!絶対に、いません!」
「ははっ……必死だな」
「だって、レイ様に信じてもらえないのは苦しいです。マリナちゃんだけじゃなくて、私のことも疑っていましたよね?」
ジト目で見ると、レイモンドは眉を上げて視線を逸らした。
「……ひどい」
「拗ねるな。……全く。困った奴だ」
アリッサの顔の高さまで頭を下げ、レイモンドは触れるだけのキスをした。耳朶に触れる位置で低く囁く。
「あんまり可愛いことを言ってくれるな。……歯止めが利かなくなったらどうする?」
あわあわと唇を震わせ、真っ赤になったアリッサを撫で、レイモンドは浮き立つ気持ちを止められなかった。
◇◇◇
――ええと、どういうことなの?
エミリーは冷静に現状を分析しようと試みた。
――ここはどこ……って、マシューの部屋のベッドよね。魔法科教官室に呼ばれたと思ったら、すぐに転移してきて。私はエミリー。で、向かいにいるのがマシュー。
ちらりと彼を見る。真っ赤な左目が魔力を帯びて輝いている。恐ろしいほど美しく、見入らずにはいられない。エミリーの両手は頭の上で拘束されている。宙に浮かぶ魔法の輪が両手首を一つにして彼女の自由を奪っていた。
「……訊きたいことがある」
「やっと喋ったわね」
「教室では訊けない。教官室もだ」
「だからって……独身寮に連れ込まなくても」
「連れ込む?その男がしたことに比べたら可愛いものだ」
「……その男って誰?」
エミリーには全く思い当たる節がない。マシューが何故、これほど魔力を滾らせて怒っているのか理解できない。
「お前を虚仮にして他の女を選んだ男がいるのだろう」
「……は?」
「隠しても無駄だ。今朝、男子寮で王太子と側近が話していた。侯爵令嬢が騎士に騙されたと。ヴィルソードから情報を得て、どうやら犯人の目星はついているようだった。侯爵令嬢とはお前のことだろう、エミリー」
――どうしてそうなるのよ!
「……違うわ」
「嘘をつくな。王太子妃候補のマリナにそんな噂が立てばすぐに広まる。ジュリアなら、息子の親友を傷つけた騎士を騎士団長が許すはずがない。公爵令息の婚約者のアリッサは男が近づけないようにしていたと聞いたことがある。お前は……」
「違う」
「婚約者もいない。恋人もいない。騎士が近づく隙があるのはお前だけだ」
――ジュリアの作り話がこんなことになるなんて!
内心絶叫しながら、エミリーはぎゅっと唇を引き結びマシューを睨んだ。
「……だったら何?」
「な……!」
「私が恋愛するのが面白くないの?あなたの許可が必要なの?」
「……ああ。不満だ」
マシューは戸惑い、絞り出すように言って口をつぐんだ。少なからずダメージを受けたらしい。
――私を魔法で縛ったこと、後悔させてやろうか。
悪戯心が芽生えて、エミリーは誰にも気づかれないくらいに微かに笑った。
「それなら、許可して」
「……エミリー。やはり……」
マシューは絶望しているようだ。赤い瞳が昏く輝く。
「……好きな、人……がいるの。多分、ずっと……好きだったんだと思う」
「……そう、か」
「……名前、聞かないの?」
「聞いたら最後、俺は何をするか分からない」
「私が好きなのは……ぅんう……!」
華奢な身体を抱きしめて強引に唇を奪い、エミリーの言葉を遮った。口づけの後、少し涙目になったエミリーは、無言でマシューを見つめた。
「……泣くほど嫌か。俺にキスされるのは」
「息ができなくて……」
「その男がいいんだな」
マシューの周りに濃密な闇魔法の気配が立ち込める。
――しまった!からかいすぎた!
「ち、違うの!」
「何が違う?好きな男がいるんだろう?」
「いるけど、違うの!……好きなのは、マシューだから」
「……」
赤い瞳を瞬かせ、マシューはぐっと息を呑んだ。周囲の黒い気配が霧散した。
「……それでも、私が恋愛するのは面白くない?」
畳み掛けるとマシューがやっと動いた。エミリーの頬を撫で、熱い視線を絡めながら
「ああ、最悪だ」
と呟いた。
「ねえ、拘束を解いてよ」
「嫌だ。……言っただろう。お前が好きな男の名前を言ったら、俺は何をするか分からないと」
鬱陶しい前髪の向こうで赤い瞳が強い魔力を帯びて煌めいた。
「モトカレ?」
聞きなれない言葉に、レイモンドの眼鏡が光った。
帰り道の薔薇園で、アリッサは再びレイモンドから事情聴取をされていた。
「あ、ええと……昔の恋人なんていないんです。ジュリアちゃんの友達の話っていうのも、あの……そう、私の小説のせいで」
「小説?」
「はい。小説だと、『ずっと一緒にいよう』とか『この戦いから戻ってきたら結婚しよう』とかって、主人公の恋人が言いますよね」
「ああ、よくあるな。……大概、一緒にはいられなくなり、戦いから帰って来ないが」
「そうなんです!」
アリッサは弁解しながら胸が痛んだ。前世の話をしないで説明するということは、半分レイモンドを騙していることにはならないか。ジュリアを庇い、マリナに対する誤解を解くためとはいえ、してはいけないことをしているような罪悪感に苛まれた。
「私が、小説だとよくあるよって話をしたから、ジュリアちゃんは覚えていて、アレックス君に言ったんだと思います。恋人になってから日が浅いし、不安だからだと思うんです」
無言でエメラルドの瞳を細めたレイモンドは、二拍おいて、ふうと溜息をついた。
「そうか。……筆頭侯爵家の令嬢に許されざる恋人がいたわけではないのだな」
ぶんぶんと頭を振り、アリッサは懸命に訴える。
「いません!絶対に、いません!」
「ははっ……必死だな」
「だって、レイ様に信じてもらえないのは苦しいです。マリナちゃんだけじゃなくて、私のことも疑っていましたよね?」
ジト目で見ると、レイモンドは眉を上げて視線を逸らした。
「……ひどい」
「拗ねるな。……全く。困った奴だ」
アリッサの顔の高さまで頭を下げ、レイモンドは触れるだけのキスをした。耳朶に触れる位置で低く囁く。
「あんまり可愛いことを言ってくれるな。……歯止めが利かなくなったらどうする?」
あわあわと唇を震わせ、真っ赤になったアリッサを撫で、レイモンドは浮き立つ気持ちを止められなかった。
◇◇◇
――ええと、どういうことなの?
エミリーは冷静に現状を分析しようと試みた。
――ここはどこ……って、マシューの部屋のベッドよね。魔法科教官室に呼ばれたと思ったら、すぐに転移してきて。私はエミリー。で、向かいにいるのがマシュー。
ちらりと彼を見る。真っ赤な左目が魔力を帯びて輝いている。恐ろしいほど美しく、見入らずにはいられない。エミリーの両手は頭の上で拘束されている。宙に浮かぶ魔法の輪が両手首を一つにして彼女の自由を奪っていた。
「……訊きたいことがある」
「やっと喋ったわね」
「教室では訊けない。教官室もだ」
「だからって……独身寮に連れ込まなくても」
「連れ込む?その男がしたことに比べたら可愛いものだ」
「……その男って誰?」
エミリーには全く思い当たる節がない。マシューが何故、これほど魔力を滾らせて怒っているのか理解できない。
「お前を虚仮にして他の女を選んだ男がいるのだろう」
「……は?」
「隠しても無駄だ。今朝、男子寮で王太子と側近が話していた。侯爵令嬢が騎士に騙されたと。ヴィルソードから情報を得て、どうやら犯人の目星はついているようだった。侯爵令嬢とはお前のことだろう、エミリー」
――どうしてそうなるのよ!
「……違うわ」
「嘘をつくな。王太子妃候補のマリナにそんな噂が立てばすぐに広まる。ジュリアなら、息子の親友を傷つけた騎士を騎士団長が許すはずがない。公爵令息の婚約者のアリッサは男が近づけないようにしていたと聞いたことがある。お前は……」
「違う」
「婚約者もいない。恋人もいない。騎士が近づく隙があるのはお前だけだ」
――ジュリアの作り話がこんなことになるなんて!
内心絶叫しながら、エミリーはぎゅっと唇を引き結びマシューを睨んだ。
「……だったら何?」
「な……!」
「私が恋愛するのが面白くないの?あなたの許可が必要なの?」
「……ああ。不満だ」
マシューは戸惑い、絞り出すように言って口をつぐんだ。少なからずダメージを受けたらしい。
――私を魔法で縛ったこと、後悔させてやろうか。
悪戯心が芽生えて、エミリーは誰にも気づかれないくらいに微かに笑った。
「それなら、許可して」
「……エミリー。やはり……」
マシューは絶望しているようだ。赤い瞳が昏く輝く。
「……好きな、人……がいるの。多分、ずっと……好きだったんだと思う」
「……そう、か」
「……名前、聞かないの?」
「聞いたら最後、俺は何をするか分からない」
「私が好きなのは……ぅんう……!」
華奢な身体を抱きしめて強引に唇を奪い、エミリーの言葉を遮った。口づけの後、少し涙目になったエミリーは、無言でマシューを見つめた。
「……泣くほど嫌か。俺にキスされるのは」
「息ができなくて……」
「その男がいいんだな」
マシューの周りに濃密な闇魔法の気配が立ち込める。
――しまった!からかいすぎた!
「ち、違うの!」
「何が違う?好きな男がいるんだろう?」
「いるけど、違うの!……好きなのは、マシューだから」
「……」
赤い瞳を瞬かせ、マシューはぐっと息を呑んだ。周囲の黒い気配が霧散した。
「……それでも、私が恋愛するのは面白くない?」
畳み掛けるとマシューがやっと動いた。エミリーの頬を撫で、熱い視線を絡めながら
「ああ、最悪だ」
と呟いた。
「ねえ、拘束を解いてよ」
「嫌だ。……言っただろう。お前が好きな男の名前を言ったら、俺は何をするか分からないと」
鬱陶しい前髪の向こうで赤い瞳が強い魔力を帯びて煌めいた。
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