上 下
768 / 794
閑話 星の流れる夜は

星の流れる夜は 4

しおりを挟む
翌朝。
「アレックス、おはよう」
レナードが目の下に隈を作って挨拶をした。大きな欠伸をして明らかに寝不足のようだ。
「どうしたんだ?眠れなかったのか?」
「……まあね。眠らせてもらえなかったの」
「誰に?」
「ヒ・ミ・ツ。……俺もあんな体験は初めてだよ」
「体験……」
「ま、アレックスには無理だったかもな」
彼は一体何の体験をしたのか、アレックスは隣に立つ友人が昨日とは違って見えた。

食堂に入ると、上座に座る王太子とレイモンドをちらちら窺う生徒達がいる。皆剣技科の茶色いブレザーを着ており、魔法科や普通科の生徒達は普段と変わらない様子だ。
「なあ、剣技科の……」
「黙って。さ、早く食べて女子寮に迎えに行くんだろ?」
着席を促され、アレックスは渋々食事をした。
レナードは何か隠し事をしている。様子がおかしくなったのはいつからだったか。ジュリアの友人の話をした辺りからだったのではないか。ジュリアの『友人』の話ではないのではと言われ、疑問に思った記憶がある。どうして『友人』ではないなどと思ったのだろう。レナードには確信があるのではないだろうか。アレックスはぐるぐると考えた。
「……知ってるんだろ?」
「何をさ」
「ジュリアの『友人』が『友人』じゃなくって、俺達が知ってる誰かの話だって」
「いきなりそれかよ。悪いけど、俺、もうその話はしたくない」
どうして隠そうとするのか。やましいことがあるからなのか。
「知ってて言えないんだろ?二股をかけた騎士がお前の知り合いで……」
アレックスははっと目を見開いた。
「その騎士って……お前なのか?お前がジュリアを……」
「ジュリアちゃんの友達のことだろ?俺は関係な」
「アレックス!」
掴みかかる寸前で、上座から声がかかった。

「お呼びですか、殿下」
「嫌だなあ、畏まらなくていいよ。今日も女子寮に行くよね?」
「はい。レイモンドさんも行くんですよね」
「勿論。そこで相談だが、今日は別々になるように離れて歩かないか」
ジュリアと何となく気まずくなっているアレックスではあったが、二人の言うことには逆らえない。了承すると王太子と側近は同じように邪悪な微笑を浮かべた。
「助かるよ。……二股をかけるような騎士は生かしてはおけないからね」
「侯爵令嬢に手を出して捨てるなど、死にたくなるほど後悔させてやる」
二人が低い声で囁き合っているのを聞き取れず、アレックスは愛想笑いをした。すぐ傍で宿直のマシューが手を震わせ、スープの皿とスプーンからカチャカチャと音を立てていたことに気づかずに。

   ◇◇◇

「アリッサはとうとう口を割らなかった」
「マリナもだよ。ジュリアの友達の話って嘘なんだよね?って聞いたら、明らかに顔色が変わった」
「隠しているな」
「うん。間違いないよ。姉妹で庇っているんだ。……騎士に振られたのは誰なんだろう。僕が思うに、騎士と知り合う機会が多いのはジュリアだね」
「圧倒的に多いな。ヴィルソード邸に出入りしている若い騎士も、ジュリアを知っているだろう」
「でも、ジュリアはずっとアレックスと一緒にいたから、騎士と深く知り合う時間はない」
「エミリーは除外だろう。入学するまで、邸から殆ど出たことがないと聞いた」
「うん。僕もそうだと思う。マリナは僕が王宮に呼んでいたから、王宮にある騎士の詰所に行くこともできた。廊下で偶然会って……騎士の奴が僕のマリナに一目惚れして……」

   ◇◇◇

マリナは僕に会いたくて、庭園への道を急いでいるんだ。道って言っても、王宮の廊下だよ。慌てるあまりに、つい、刺繍がついたハンカチを落としてしまう。そのまま僕のところへ来て、楽しいひとときを過ごすんだけど、ふと、自分のハンカチがないことに気づく。
「あら、どこかで落としたのかしら?」
車寄せまで、キョロキョロと廊下を見ながら歩いていると、不意に声をかけられるんだ。
「失礼。お嬢さん、探し物はこれでは?」
マリナが振り向くと、いかにも遊び慣れた嫌な感じの騎士が、下卑た笑いを浮かべて立っていた。

   ◇◇◇

「ちょっと待て。そんな気持ち悪い奴と恋なんかするか。少しは考えろ」
「あ、そうだね。……つい、嫌な奴設定にしていたよ」
セドリックは指先が白くなるほど椅子の肘掛を握っている。レイモンドはこめかみを押さえ、一つ咳払いをしてから眼鏡を中指で上げた。
「王宮内での出会いか……あり得なくはないな」
「だよね?ね?……ああ、なんてことだ……」
頭を抱え、前のめりになって床に崩れ落ちる。
「同じ可能性が、アリッサにもないわけではない」
「そうなの?」
「俺が侯爵様に認められて、邸に迎えに行くようになるまでは、従僕と馬車で図書館へ来ていたんだ。行き帰りに何かあってもおかしくはないだろう」

   ◇◇◇

アリッサはいつも通り、俺との約束があって図書館へ急いでいた。ああ、勿論、本の続きを早く読みたいからというのもあるが、俺に会いたいの一心でな。
「レイ様とのお約束に遅れちゃうわ。ロイド、まだ着かないの?」
「すみませんお嬢様。……実は、馬車の調子が……」
「えっ……それじゃあ、お約束には……」
「間に合いそうにありません。馬車は御者に任せて、私が図書館までお連れします」
「そうねぇ、お願いするわ」
一人では確実に迷子になってしまう。アリッサはロイドと二人、馬車を下りて王都の大通りを歩き出した。歩きなれていない彼女には、図書館までの道のりは険しかった。しばらくすると、目の前を歩いていたはずのロイドの姿がない。すっかり遅れてしまったのだ。
「どうしよう……ロイドとはぐれちゃった」
アメジストの瞳が涙に濡れる。ハンカチで目元を押さえ、こみ上げる嗚咽が漏れそうになった瞬間、そこに一人の男が現れた。
「お困りですか、お嬢さん」
鍛え上げられた身体を持つその男は、驚いて見上げたアリッサが何か言葉を発する前に、彼女を抱き上げて人気のない裏通りへ連れて行った。
「あの……何なんですか、私、図書館へ……」
「あんな人通りの多いところで、身なりのいい娘が泣いていたんじゃ、人攫いに攫われても文句は言えないぞ」
「あなたは……服装から騎士に見えるわ」
男はフッと笑ってアリッサの頬を撫でた。
「騎士でも、人を攫いたくなる時はあるんだよ。……あんたみたいな可愛いお嬢さんは特にね」
男はアリッサを肩に担ぎ上げ、湿った暗い裏通りの家へと……。

   ◇◇◇

「レイ!」
「何だ」
「それじゃあ人助けじゃなくて人攫いじゃないか。アリッサが人攫いと恋なんてするわけないよ」
「俺以外の男に靡くなど、何か弱みを握られて脅されたとしか思えん」
「だからって、人攫いはないよ。……やっぱり、マリナの方が自然じゃないかな。ハンカチを拾った恩を売ろうとした騎士を、ぴしゃりと撥ね退けて……その騎士はマリナの強さに惚れてしまったんだ」
「お前じゃあるまいし」
「身体を鍛えていても、心は……騎士だって強い女性に憧れることがあるって聞くよ」
「……ジュリアの『友人』の人物像は、アリッサよりもマリナに近いが……あのマリナが何度か顔を合わせただけの騎士と懇意になるとは考えにくい。現に、初めて王宮で会ってから気軽に話せる間柄になるまでに、お前は何年かかった?国中の令嬢達がこぞって憧れる身分の王太子相手に、あの有様だぞ。一介の騎士相手に態度を軟化させるのに何年……」
「マリナの好みの男かもしれないじゃないか!とにかく、夢に描いていたような、完璧な……ああ、どうしよう。最悪だ」
レイモンドは内心面倒くさくなったと思いつつ、口の端に笑みを浮かべて再従弟を見た。
「レナードから聞きだしたところでは、最近婚約解消した騎士はいないらしい。アレックスよりも情報は確かだろう。後は、マリナから好みの男性のタイプを聞き出し、合致する男を騎士団から探せばいい。……辛い結果になるかもしれないが、マリナから聞き出せるな?」
「うん。……分かった。どんな結果になっても、僕はやるよ。マリナを苦しめた男は許さない!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...