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閑話 星の流れる夜は

星の流れる夜は 2

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「で?こんな夜更けに何の相談だ?」
寮の自室のドアの前で、レイモンドは不機嫌な顔をした。身長では負けていないアレックスは、彼の冷たい視線に怯えた。
「あ、と、ジュリアと話してて……」
「惚気るつもりなら、部屋に戻れ。俺は今晩中に仕上げたい仕事がある」
部屋の中へ消えて行こうとすると、アレックスは焦ってシャツの袖を引っ張った。袖を引かれて嬉しいのはアリッサ以外にいないのだが、レイモンドは仕方なくアレックスに視線をやった。
「すみません。レイモンドさんが忙しいのは分かってます。でも、どうしても確認したくて」
「何をだ」
「今朝、アリッサと話してたじゃないですか。流れ星に願い事をすると叶うって」
「ああ、あれか」
視線を彷徨わせるアレックスの様子に、レイモンドは室内に声をかけた。侍女達が客を迎え入れる準備を始めた。
「話は聞いてやる。……手短にな」

   ◇◇◇

室内に通され、アレックスは長椅子に脚を揃えてちょこんと座り、膝の上で握りこぶしを作った。入学式で緊張している一年生のようだ。
「流れ星のことだったな」
「はい。さっき、帰りにすっげえ流れ星が流れてて、俺、願い事をしたんです。そうしたら、ジュリアがやめておこうって」
「賢明だな。てっきり彼女は誘いに乗るものだと思っていたが、あれで現実的なところもあるのか」
「……は?ゲンジツ?」
腕組みをし、レイモンドはフッと笑う。
「三回願えば叶うという。……まあ、アリッサは信じているようだが。俺は彼女の夢見がちで覚束ないところも可愛らしいと思っている。アリッサが何を願おうと、最終的には全て叶えてやるつもりでいる。あながち嘘ではないだろう」
「えっと……つまり、アリッサの願い事は、星が叶えてくれるんじゃなくて、レイモンドさんが叶えるってことですか?」
「ああ。だからアリッサには、『君の願い事は全て叶うだろう』と言ってある」
「そういうことだったんですか。俺、流れ星が叶えてくれるんだと思ってました。……ああ、だからジュリアは願い事をしなかったのか……」

「参考までに訊いておくが、何を願った?」
「ジュリアとずっと一緒に……っ、何か、改めて訊かれると恥ずかしいっすね」
決して小柄ではない身体を捩り、アレックスはもじもじした。
「照れるな。見苦しい。……で?その願いをジュリアの前で言ったんだな?」
「何でもお見通しですね。ジュリアの奴、何かちょっとぼーっとしてて、暗い顔してたんです。俺、何か、言っちゃいけないこと言いましたかね?」
「照れて戸惑っていたんじゃないのか?」
「……もしかして、俺とずっと一緒は嫌なんじゃないかって」
「まさか」
「俺も信じたくないですよ。でも、俺達、小さい頃から友達で、気づいた時にはお互い意識してて……」
「何が言いたい?」
「ジュリアは、近くにいたのが俺だったから俺を選んだんじゃないかって。他の奴……例えばレナードが幼馴染だったら、あいつと婚約してたんじゃ……」
「それはないだろうな」
レイモンドは即答した。アレックスの瞳に一瞬光が戻る。
「ジュリアは侯爵令嬢だろう。騎士の家系だろうが、ネオブリーでは家格に差がありすぎる」
「そ、そんなんじゃなくって!」
金の瞳に焦りの色が浮かぶ。アレックスは赤い髪を掻き、何度も頭を振った。
「幼少時より傍にいられた自分は、他の男よりも何手も先、有利な立場にあった。ジュリアに自分を選ばせるべく立ち回り、他の男に目を向けさせなかった。そんな自分は卑怯だとでも思っているのか?彼女との関わりがレナードと同じ始点だったら、好きになってもらえたかどうか分からない?」
「……よく分かんないです。ただ、こう……どうしようもなくもやもやした気持ちになって。ジュリアは俺と一緒にいたいと思ってないのかって。何となく一緒にいるのかって」
「出会いが早い遅いは問題ではない。要は、相手に好意を抱かせ、それをいかに持続させるかにかかっている。確かに、男爵家の四男であるレナード・ネオブリーより、ヴィルソード侯爵家の跡継ぎで騎士団長になれる見込みがある君の方が何倍も有利だ。親同士が友人だったからこそ、君達二人は知り合えた。いや、ジュリアが剣を学びたいと言わなければ、王宮の茶会まで出会うことはなかったかもしれない。そう考えれば、君達は出会うべくして出会った、運命の相手ではないのか」
「運命……」
「相手の気持ちが見えずに不安なのか?」
「はい……」
「俺は不安などないぞ。アリッサと出会ってから、俺が運命の相手だと思わせるように仕向けてきたからな」
「思わせるって……わざとですか?」
一人掛けの椅子に堂々と座り、脚を組み替えたレイモンドは突然笑い出し、アレックスは驚いて身体を震わせた。
「それくらいのことができないでどうする?未来の騎士団長が。俺は、アリッサの心が他の男、使用人にも向かないように、ありとあらゆる可能性を排除してきた。俺が描く未来図には、恋のライバルなど必要ない」
「うわあ……」
アレックスは若干、いや、ドン引いた。レイモンドは彼の感嘆を称賛の言葉として受け止め、いかにして若い男の使用人を近づけないようにしてきたかを得意げに話して聞かせた。
「全力で囲い込め。そうすれば不安はなくなる」
「はあ……分かりました。ありがとうございます」
立ち上がって礼を述べると、レイモンドも立ち上がってアレックスを戸口まで送った。
「剣技科にいる以上、他の男と触れ合うなと言う方が難しいだろうが、……ああ、一つだけ方法がないわけではないな」
意地悪い微笑を浮かべ、レイモンドはアレックスの耳元でそっと囁いた。
「子供でもできれば、彼女は学院をやめて……」
「ば、馬鹿なこと言わないでください!俺達、まだ……!」
慌てて廊下の壁に張り付いたアレックスを、昆虫標本をピンで留めるかのように視線で射抜き、悪魔のような上級生は笑いながら自室に戻って行った。
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