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学院編 13 悪役令嬢は領地を巡る

389 悪役令嬢は老執事を気遣う

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翌朝。
朝食を終えたばかりの四姉妹は、慌てて手紙を持ってきたジョンに驚いた。いつも落ち着いた振る舞いの老執事は、これ以上ないほど速く走って来たのだろう。呼吸がままならなくなっている。
「お、じょ、……さ、て、がみ……」
「ジョン、落ち着いて。ほら、こっちに座って深呼吸しなよ」
ジュリアが手を貸し、長椅子に座らせる。マリナは侍女が自分に持ってきたミネラルウォーターを彼に渡した。
「……手紙?」
半分寝ているエミリーが椅子から身体を起こし、震えるジョンの手から封筒を取り上げた。宛名の文字を見て、下りていた瞼がぱっと開き、何度か瞬きをする。
「これ、お母様の字だ」
「何ですって!?」
マリナはすぐにペーパーナイフで封を切った。遅れを取ったアリッサがジュリアとエミリーの間に割り込む。
「封が不完全だったわ。慌てて出したみたいね」
「何て書いてあるの?」

   ◇◇◇


マリナ、ジュリア、アリッサ、エミリーへ

今、私はアスタシフォンの王宮で歓待され、何不自由ない生活をしています。
長いことお邸を空けてお父様も気がかりみたいだけれど、元気にしているわ。
一度こちらでのお仕事が終わったら帰国します。
どうか心配しないでね。
留守にしてごめんなさいね。
老人だから、あまりジョンに心配をかけてはダメよ。
母より

   ◇◇◇

「ええと……」
「何かしら……」
「お母様、手紙短すぎ!」
「そうだよねえ。いつも、王妃様やアレックス君のお母様と、もっと長いお手紙を書いているのにね」
「忙しかった……にしてはおかしいわ」
「……」
エミリーがマリナから封筒を奪い、指先で撫でた。目を眇めて眉間に皺を寄せた。
「……便箋貸して」
「はい」
エミリーが便箋を撫でると、文章が入れ替わった。
「母より、老人だから……?」
「なんで、反対になっちゃったの?」
首を傾げて、アリッサがあっと声を上げた。
「なになに?」
行の初めの文字が僅かに光を放っている。
「……お母様が伝えたかったのは、これ……」
「『はろるどいない』?」
日本語とは全く違う言語体系なのにも関わらず、母が使った手段は古典的だった。
「お兄様は、お父様と一緒にアスタシフォンへ行ったのよ?」
「どうして別々になっちゃったのかなあ?」
「分からないわ。とにかく、お母様はこれを伝えたかったのね。封があっさり閉じられていたのも、もしかしたら検閲されていたのかも」
「検閲……自由がないってこと?歓待って、軟禁の間違いじゃないの?」
「リオネル様や王太子様ではなく、第二王子や第三王子の一派に捕まっている可能性が高いわね。リオネル様なら、何とかしてお父様を解放してくださると思っていたのに……」
マリナが大きく溜息をついた。
「マリナ、手紙を書いてみたら?」
「そうだよ、マリナちゃん。第二王子の関係先を捜索してほしいって」
「難しいわ。……こちらからの手紙も握りつぶされるか、都合よく利用されるに決まっているわ」
「……無実を証明するしかないか」
「お父様は悪いことをしていないとはっきりさせましょう。その上で、国王陛下のご判断を待ちましょう」
「待てないよ!こうしている間にも、お父様とお母様は……ううん、それより、兄様はどうなっちゃったのか……」
「逃げ出そうとして、別の場所で厳重に囚われているなら、お父様お母様より酷い扱いを受けているでしょうね。可哀想に」
アリッサがアメジストの瞳を潤ませた。四人は途端に口が重くなった。

「……私達にできることは、レイモンドの作戦に乗って、ハーリオン領の混乱を探ることよ」
「あ、それでさ。昨日、『明日ここに来い』って」
「明日?」
「昨日の明日なら、今日じゃない!」
「約束は何時?」
「九時」
「どうして早く言わないのよ!遅れるわ!」
遅刻に煩いマリナが頭を抱えて叫んだ。

レイモンドから届けられた変装衣装一式を出し、四人は唸った。
「……侍女になりすませって?」
「どれどれ……『行き先の店には、次の者が行くと伝えてある』?」
几帳面な文字で綴られたメモが入っていた。エミリーはジュリアの横からメモを覗き、面倒くさそうに向こうを向いた。
「……誰がやるの?」
「エミリーちゃんに決まってるよね。レイ様のメモには、侍女の特徴の隣に名前の頭文字が書いてあるし、役割は……」

   ◆◆◆

ハーリオン侯爵家から四人の侍女が二組に分かれて街へと急いだ。
「どう?マリアン。さっきの奴、まだいる?」
茶色い髪をツインテールに結った背の高い侍女が、隣を歩く紺色のひっつめ髪の侍女に囁く。髪の色はエミリーの魔法で色を変えている。二人を視界に入れた人物の感覚に作用し、銀髪ではない色に見せているのだ。
ツインテールに結っている侍女はジュリアである。足下がスースーするので何度もスカートを引っ張っている。侍女服は四人とも同じサイズで、ジュリアが着ると少しスカートが短く、他の三人にメイド喫茶のようだと言われた。
「ずっとついてきているわ。このまま商店街まで追いかけてくるわよ」
対するマリナは、まるで家庭教師のようだと言われた。貴族令嬢をビシビシ鍛える敏腕中年家庭教師である。鞭でも持たせたらぴったりだとジュリアは思った。
「うへえ、しつっこいなあ。まくのも面倒くさいし、どうする?」
「ジュリ……ジュディに任せるわ。私は指定されたお店へ急ぐ方が賢明だと思うけど」
四人の偽名もメモにあった。アリッサは上機嫌だったが、レイモンドに遊ばれているような気がする。

商店街のそれほど大きくない路地に、二人が目指す店はあった。
「『マダム・ロッティの洋品店』!あったよ」
店の前の二段の階段を駆けあがり、ジュリアは一呼吸置いた。
「こんにちは……」
カランカラン。
ドアについたベルが鳴り、静かな店内に響いた。
「誰もいないのかしら?」
「まっさかあ」
「……いらっしゃいませぇ」
「ぅうわあ!」
背後から声をかけられ、ジュリアは飛び退いた。騎士志望で研ぎ澄まされた神経を持っていると自負しているのに、全く店員の気配を感じなかった。
存在感が薄すぎる店員は、べったりとした黒髪に青白い顔をしており、まるで幽霊のようだ。これで客商売が成り立つのかと、マリナは疑問に思った。
「ええと、マダムは?」
「ハーリオン侯爵家の侍女の方ですね。店主は二階におります。皆様がいらっしゃったらお通しするよう、言いつかっております」

階段で二階に上がると、二人は部屋の広さに驚いた。
店の間口からは想像できない空間が広がっている。奥に部屋があるところを見ると、まだまだ続きがあるようだ。
「うわあ……広っ」
「このお店、長屋の一番端よね。二階はこんな風に全部繋がっていたんだわ」
マリナは窓に近寄り、先ほど歩いてきた通りを見下ろす。隣、また隣と、店構えを見れば、四軒先の店までが一続きの建物のようだ。
「ねえ、見て、ジュリア。向こうからアリッサとエミリーが来たわよ」

   ◆◆◆

「……いい加減歩きなれてくれないかしら、アリス」
狭い歩幅でちょこちょこと歩くアリッサを、黒いおばさんパーマに瓶底眼鏡をかけたエミリーが叱咤する。アリッサはふわふわの金髪にリボンをつけている。侍女なのに髪をしっかり結っていないのは、レイモンドの指示がそうだからだ。
「ごめんねぇ。リボンが気になって」
アリッサが気にしているのは頭のリボンではなく、胸元に結んだスカーフ状のリボンだった。幅が広い柔らかなリボンは、彼女の胸元を覆い隠すほど大きい。
「……それ、嫌味?」
四人同じサイズの侍女服は、アリッサには少し胸が窮屈だった。ボタンをはめても開いてきてしまうので、リボンで隠しているのだ。エミリーには侍女服が丁度いい。首のキスマークを隠すように、ボタンは全部ぴっちりとはめている。
「ちがうよぉ」
「じゃあ、レイモンドの変態趣味ってことね。……いつもドレスを贈って寄越すんだから、アリッサには小さいって分かるでしょうに」
「うう……私、また太っちゃったかも。……ねえ、お店はまだなの?」
「もうすぐ……ほら、あそこ。『ローラン金物店』」
建物にかけられた看板を指さし、エミリーはにやりと笑った。

「いらっしゃい!」
中に入るや否や、テンションが常に高そうな若い男に大きな声であいさつされた。何か注文すれば『よろこんで!』と返しそうな勢いだ。
「……は、はあ」
アリッサはエミリーの背後に隠れて怯え、エミリーは青年の暑苦しさに顔を顰めた。小太りかつそこそこ筋肉質の健康優良児体型が、余計に暑苦しさを感じさせる。若干病的ですらりとしたマシューの体型がどストライクのエミリーには、全くもって受け入れられない。アリッサはやや男性恐怖症なので、ぐいぐい来られると引いてしまう。
「あんた達、ナントカ家の侍女だろ?」
「ナントカのところが重要だと思うんだけど?」
しかも脳筋か、とエミリーは内心毒づいた。
「あっと、何だっけな。ハー、ハー……」
「……ハーリオン家よ」
低く呟き、エミリーは思い切り舌打ちした。
「あ、あのっ……私達、お店の御主人に用があって」
「聞いてるよ。上がんな!」
親指を立てて階段を指し示し、歯を輝かせ暑苦しい笑顔を浮かべて、店番の青年は二人を二階に誘導した。
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