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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

385 王太子は最強の弟子をけしかける

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「セドリック、お前が帰還してから気になっていたことがあるんだが」
「うん?何かな」
王子様スマイルで笑ったセドリックの金髪が揺れ、額の端にうっすらと赤く傷がついているのが見えた。
「あれ、殿下、怪我してるじゃないですか」
「こんなの、怪我の内に入らないよ。……名誉の負傷、かな」
「何があったんだ?」
レイモンドは身を乗り出して低い声で問いかけた。
「万事うまくいきかけていたのに、邪魔者がやってきたんだ」

   ◆◆◆

【セドリックの回想】

ゾーイとウォーレスは、僕達が国王陛下やステファン王太子と話している間に、随分と仲良くなったようだ。魔法の研究を記したノートを借りて、ウィエスタに戻る途中、宿屋では彼らから、二人で一緒の部屋がいいと言い出した。ゾーイは照れて憎まれ口を叩いていたけれど、どことなく嬉しそうだったよ。
僕はマリナと同じ部屋になった。マリナが王宮に泊まった時に、何度か夜這い……コホン、部屋を訪ねたことはある。でも、二人で同じ部屋に寝るのは初めてだ。緊張して、僕は多少訳の分からないことを言ってしまった気がする。確か、ステファンが王妃や妾との間に十五人の子供をもうけていた話をして、それから……。
「ステファンとコリーンはとても仲がいいから、きっと史実通り、十五人の王子と王女が生まれると思うよ。僕達はもっと仲がいいから……」
そこまで言いかけて、マリナの顔が歪んだ。半分下りた瞼の奥のアメジストの瞳は暗く、片側が上がった唇はヒクヒク動いていた。
「……うん。な、仲がいいよね」
と、話を切り上げた。マリナは天使の微笑で僕を見た。とても美しいのに背筋がゾッとした。

ウォーレスが魔力を送り込んだら、ゾーイの命の残り日数が増えたと分かり、僕はマリナの命を長らえさせるべくキスをしたんだ。……そうだよ。単にキスしたかっただけだ。僕の魔力ではマリナの命に影響を与えられないとしても。
気分が盛り上がってきたところで、隣の部屋から大声が聞こえたんだ。
「ぅおおおお!よっしゃあ!俺の術式がはまった!」
何事かと思って、僕はマリナの手を引いて、ゾーイとウォーレスの元へ急いだ。見ると、ウォーレスが自分のノートと借りてきたゾーイのノートを見比べて、悦に入っているところだった。話を聞くと、彼は以前から師匠にかけられた魔法を解こうと、自分なりに研究していて、『正解』を前に興奮していたんだ。
「師匠なら絶対、ここはこう来ると思ったんですよね」
「予想通りで悪かったな」
「いいえ。素直で結構……ってえ!何するんですか!頭に火魔法なんて、ハゲたらどうしてくれるんです!?」
「……安心しろ。責任はとる」
「え……師匠……責任、って……」
口を手で覆い、ウォーレスが俯く。耳が真っ赤だ。
「不服か?それとも、お前は……ただ、魔力を送るためだけに、あんなキ、キスを、したとでも?」
あんなキスってどんなキスだったんだろうね。僕は気になって仕方がなかったよ。もじもじしている二人を見ていると、僕は楽しくなってきてしまってね。つい、マリナに耳打ちをしたんだ。
「僕達のキスと、どっちが……」
そこまで言いかけて、マリナの視線が淀んでいると気づいた。最後まで言わなくてよかった。

ドオオオン!
突然何かがぶつかったような音がして、宿屋の建物が揺れた。レンガ造りなのに、こんなに揺れるなんて、経験したことがなかったから驚いたよ。ウォーレスがすぐに窓から下を見て、
「師匠、隠れて!」
と叫んだ。ベッドの毛布を引き剥がし、ゾーイに頭から被せた。
隠れる?
ゾーイは最強の魔導士なのに?
「……ウォーレス。隠れる必要はない。あの程度の雑魚、私がすぐに追い払ってやる」
「師匠はまだ魔法が解けていないんですよ?無理をしたら、また命を削ることになります。危険です」
「魔力が尽きる前に補充してくれるのだろう?」
赤い瞳に強い意志を宿し、ゾーイがウォーレスを見つめる。信頼しているって一目で分かる。彼女はローブを翻して、一目散に階段を駆け下りて行ったんだ。ウォーレスがすぐに追いつき、僕達も階下に着いた時、宿屋の前の通りで言い争うゾーイの声がした。

「帰らない、と言ったはずだ」
「伯父上の命令だからな。絶対に今日こそは連れて帰るぞ。勝手に王立学院の教師をやめただろう。伯父上はたいそうお怒りだ。宮廷魔導士を続けられず、教師も続けられず……かくなる上はさっさと結婚しろと仰せだ」
馬上から腕組みをして見下ろす男は、とても横柄な態度だった。可愛らしい顔立ちのゾーイと親戚とは思えない……まあ、そういう顔だよ。髪も目も茶色だしね。
「断る。次期当主は兄の誰かだろう?私は……」
「貴重な五属性持ちを他家に出すと思うか?お前はエンウィ家の親戚筋の誰かと結婚する……例えば俺とかな」
「断ると言っただろう?」
ゾーイの手に魔法球が浮かぶ。
「昼は子供の姿だとしても、俺は一向に構わん」
「黙れ、この変態が!帰らないなら、この場で消し炭にしてやる」
「ハッ、言ってくれるな。いいのか?魔法を使うと命が縮まるって聞いたぞ?ここで引きずって帰っても、俺と結婚してすぐにお前は死ぬ。本家の実権は俺のものだ」
「権力が欲しいなら勝手にしろ。私より兄達に取り入った方がいいぞ」
どうやら内輪もめのようだ。エンウィ家という名前が出てきて、僕ははっとした。ゾーイはエンウィ家の出身だったのか。道理で魔力が強いはずだ。
「私は自分より魔力の低い奴と結婚するつもりはない。諦めろ」
「諦めるのはそっちだろう?五属性より上の魔導士がどこにいる?」
彼女は少しずつ押されていた。魔法対決ではないにしろ、じりじりと後ろに下がってきていた。
「ウォーレス、助けてあげてよ」
僕はドアの隙間から様子を見て、ウォーレスの背中を押した。
「……言われなくても」
ドアを開けて飛び出したウォーレスは、ゾーイの親戚の彼を前に、ぐっと胸を張った。
「六属性持ちなら、ここにいるぞ」
「何だと?嘘を言うな!」
「嘘だと思うのなら、試してみるか?」
と、ウォーレスが言い終わらないうちに、親戚の男は風魔法らしきものを放った。僕達は宿屋の外に出ていたから、まともに魔法を受けてしまう。僕は咄嗟にマリナを庇った。
「セドリック様!」
マリナも僕を庇おうとしたんだ。そんな僕らに向かって、崩れた屋根の端が降って来た。

   ◆◆◆

「ああ、それで傷がついたのか」
「殿下、流石ですね。マリナを守って……」
ジュリアが盛り上がる。話は聞いても、カップケーキを食べる手は止まらない。
「違うんだよ、これは……」
セドリックは口を閉ざした。よけようとして慌てて後ろに転び、宿屋の入口の階段にぶつけたとは言えなかった。マリナに手を取られ、無様な自分を呪った。
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