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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

382 悪役令嬢は時空を超える 6

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【マリナの回想】

ウィルフレッド国王は、私に『命の時計』の魔法がかかっていると聞いて、かなり気が動転していたわ。「まさか、あれは……」とか何とか、レイモンドにそっくりの彼とぼそぼそ話していて、私達の方を見てもくださらなかった。
「魔法を解くために、魔導士ゾーイのノートを貸していただきたいのです」
セドリック様の凛とした声が響いた。国王と側近は話すのをやめて、私達を訝しんでいる。
「取引をいたしましょう」
返事がないのをいいことに、セドリック様は話を続けたわ。少し調子に乗っている気がしたけれど、ここは彼を信じることにしたの。
「材料は、何だ?着のみ着のままでこちらに来たのなら、何も持っていないのだろう?」
「はい。何もありません。……ですが」
俯いて頭を振り、セドリック様は深く息をして瞳を閉じ、顔を上げた。
「我々には、あなた方にはない『記憶』があります」
「記憶……」
「これから、私の時代までに起こる、主な事件や災害の記憶です。歴史というべきもの。それを書き残していけば、後世までグランディアは安泰。事前に手を打つことができます」
「歴史を変えると申すか」
「いいえ。起こってしまうものは変えようがありません。運命の力には勝てないでしょう」
「民の命は救えぬ、ということか」
「分かりません」
「救われた民の子孫が、我々の子孫……例えば貴殿を殺めるとしても、『記憶』を我らに授けると申すか」
「……」
「取引にならぬな」
国王陛下は身体を起こし、玉座から立とうとした。
「お待ちください!」
「待たぬ!……っ!?」
セドリック様は咄嗟に国王陛下に走り寄った。ウィルフレッド陛下は玉座から立ち上がった瞬間、バランスを崩して足元の階段を転げ落ちそうになっていたの。セドリック様は下から支えて国王陛下が転ぶのを防いだわ。
「……たった今、私は歴史を変えてしまいました」
「何?」
「私の時代の謁見の間は、この椅子と階段が作り直されて、ここにあるものとは違っているのです。何故だかお分かりになりますか?」
「知らん」
「父は何度も話してくれました。昔、玉座と階段がとても近かった頃、とある王が立ち上がった瞬間に転げ落ちて、打ち所が悪くてそのまま目覚めず、亡くなってしまったと。父王の死は玉座に原因があると考えた王太子は、玉座を取り壊して新しいものを作らせた。亡くなった王の名は……」
「……ウィルフレッドか?」
何も言わず、セドリック様は陛下を座らせた。
「継嗣のステファン殿下は、まだ十代……王立学院に在学中に即位なされて、とても苦労なさいます。娘を妃や妾にした貴族達に操られ、即位して十年以上は国内が乱れたとも」
「出鱈目を申すな」
「私に歴史を教えたのは、王立学院長です。当代きっての歴史学者です。ステファン王はある時を境に政に目覚め、賢王として讃えられるようになります」
ウィルフレッド国王陛下は、今度こそ押し黙ってしまわれたわ。息子は後世にまで女にだらしがないと言われて、何か思い当たるところがあったのかしらね。
「……取引を、しよう」
呻くように、セドリック様だけに聞こえる声で言ったそうよ。

国王陛下は別室のベッドに横たわり、私達はフレデリック――レイモンドの御先祖と、ステファン王太子と共に、陛下と秘密のお話をすることになったの。そこに何故王太子が呼ばれたかと言うと、女癖の悪さを責めるためではないのよ。セドリック様が、「ステファン王の妃や妾は皆同じような顔だった」って言ったら、フレデリックが何か思いついたのですって。
「父上、この方たちは?」
私達を見て、一目で高貴な身分だと分かったのは流石よね。常に王子オーラ全開のセドリック様はともかく、私なんて一貴族令嬢だもの。それだけ王太子は社交の場に出ているんだわ。
「我々の子孫……ステファン四世の子、王太子セドリックとその妃……いや、婚約者だったか。マリナ・ハーリオン嬢だ」
「ハーリオン?」
ステファン王太子は私をじろじろ見ていたわ。私達姉弟は、ハーリオン家には珍しい銀髪だし、怪しいと思ったのかしらね。きっと、この時代のハーリオン家当主と似ても似つかなかったのよ。
「セドリック……王太子は、ハーリオン家の令嬢を妃にするのか」
「何か、問題があるのかな?」
同じ歳だと分かってからは、セドリック様は終始強気な態度だった。王太子同士、身分は同じですものね。
「ふ、ふん。せいぜい呪われればいいさ」
「呪い?穏やかではないね」
「ハーリオン家は王家に娘を嫁がせない。王権を奪取するために」
「逆じゃないのか?王家と血縁があったほうが……」
「だ、だって……あいつが言ったんだ!『お前なんかより私の方が余程王に相応しい』って」
ステファン王太子は半べそをかいていたわ。セドリック様に詰め寄られて、渋々小声で
「コリーンが……」
とこぼした。
「コリーン、ねえ……」
セドリック様はふうと溜息を漏らし、「なんだ、そうだったのかぁ」ととぼけた声で言って、国王陛下とフレデリックに向かってにっこりと笑ったわ。
「今後十年の憂いを取り去れるかもしれません」
「何と言った?」
「ステファンが傀儡になり政治が乱れるのは、生前のウィルフレッド陛下がお決めになった婚約者に不満があったから、です」
「待て、僕は……」
「黙っていてよ、ステファン。君、早い話がコリーンに振られたんでしょう?王となるには未熟だから」
「だ、黙っていれば勝手なことを!」
「しっかりしろって言われて、亡き父王が決めた婚約者を妃に迎えたけれど、義父に実権を握られてしまって……他の貴族に次々と娘を宛がわれて、コリーンにどんどん嫌われていくんだ」
ステファン王太子の顔が真っ青になったわ。ただでさえ涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったのに、美形王子が形無しよ。
「最後にハーリオン侯爵が、腐りきった政治を元に戻すために、娘を形式上妃に据える。最初に迎えた妃や妾もいて、それぞれ子がいるから、『王妃』が二人いたのはこのときだけ。コリーン王妃には子供はいないから、本当に書類だけの妃だったのかもね。でも、君はコリーンをがっかりさせたくなくて素晴らしい王になっていくんだよ。ロマンス好きの僕の先生が好きな話なんだ」
学院長先生って、ああ見えて恋愛小説なんて読むのね。テーマはやっぱり歴史ものかしら、なんて思っていたら、ステファンが父王に縋りついたの。
「父上……お身体の調子が優れないのは承知しています。僕……私は、父上のような立派な王になりたいのです。歴代の王太子の中で唯一、王立学院の新入生代表にもなれず、素質を疑問視されていると知っています。誰かの意見に簡単に流されてしまう弱い人間です。でも、必ず……」
ぽろぽろと涙を零していたわ。新入生代表になれなかった話は、私達の頃には伝わっていないから、うまいこと揉み消されたのかしら。王族は皆新入生代表になるものだって、いつだったかセドリック様から聞いたような気がしたもの。
「お願いです、父上。僕が一人前の王になれるまで、傍にいてください。ダメなところを叱ってください。治癒魔導士が言っていた、父上には残された時間がないなんて嘘ですよね?」
「ステファン……」
「一昨年母上が亡くなられて、父上までいなくなってしまわれたら、僕は……」
陛下のシャツを握り、ステファン殿下は跪いて嗚咽を漏らした。陛下は隣にいたフレデリックに視線を送り、息子の髪を撫でた。
「私の命の長さは変えられぬ。持って生まれた運命なのだ。……だが、お前には変えられる未来がある。一人では立てぬと申すのなら、お前を導き、共に戦う者を隣に……」
「共に、戦う……?」
「戦いではない。信頼できる同志という意味だ。……先ほど言っていたな。お前より王に相応しい者がいると」
「コリーン?……父上、それは……」
「フレデリック、ハーリオン侯爵家に急使を出せ。コリーン嬢を王太子妃にするとな」
「妃候補ですか?」
「妃だ。王の名において婚姻を命じる」
「御意」
「待って、フレディ!」
ぐしゃぐしゃのステファン殿下はフレデリックに追いつけず、父王が転げ落ちそうになった例の段差で派手に転んだわ。それを見て、陛下は
「やはり、玉座を作り直すか」
と仰ったのよ。歴史はさほど変わらなかったわね。

   ◆◆◆

「今のお話、本当なの?」
アリッサはしきりに首を捻っている。
「あら、何かおかしかったかしら?セドリック様は歴史の暗記にかけては自信があるってドヤ顔していたのよ」
「ステファン王って、確か……」
本棚から歴史を一冊にまとめた本を取ってきて、アリッサはマリナとエミリーの前に広げた。エミリーは興味がなく、ページを見つめているのはマリナだけだ。
「ここ、見て。先見の明があり、様々な災害に備えて国土の整備を……女癖が悪いなんて一言も書いていないわ。十六歳で結婚した王妃とは晩年まで仲睦まじく、妾を持たなかった王として有名なのよ」
「……歴史が、変わってる?」
「セドリック様は、ステファン王には十五人の王子と王女がいたって言っていたわ。彼らが生まれないことになったのね」
「……違う。コリーン王妃との間に、十五人……」
三人の間に沈黙が流れた。
「生まれるべき人は生まれるってことね。死ぬときは死ぬ?この本を見ると、ウィルフレッド陛下はすぐに退位して王太子に譲位し、五年生きたことになっているわね。歴史の流れは大きく変わらなかったけれど、ステファン王太子にはどれほど心強かったでしょう」
「私、ハーリオン家から王妃は出ていないって覚えていた気がするのに、少し記憶が曖昧になってきたの。これも歴史が変わったってこと?」
「そうかもね」
「……で?魔法のノートは手に入ったの?」
エミリーは大あくびをした。
「ええ。セドリック様はステファン王太子を味方につけて、ゾーイのノートを手に入れたわ。あの二人、どこか似たところがあるのね。すっかり意気投合していたもの」
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