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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

371 悪役令嬢は硬いと言われる

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御者席のエレノアが声を上げ、咄嗟にアリステアが手綱を引いた。夜の闇に馬の嘶きが響く。馬車が大きく揺れ、アレックスは体勢を崩した。
「おわっ!」
二人同時に緊張感のない叫びを上げると、前方から声がした。
「無事ですか、お二人とも」
「急に馬車が飛び出してきて……」
アリステアとエレノアの声は二人には届かなかった。

「アレックス……」
「……」
――ちょっと、どうして起きないのよ!
ジュリアを押し倒すような格好で倒れ込んだまま、アレックスはぴくりとも動かない。顎に触れそうな距離に赤い髪が見える。つまり、アレックスはジュリアのささやかな胸の上に顔を乗せているのだ。
「いい、加減に、してっ!」
渾身の力を腹筋に入れ、ジュリアはアレックスを押しやった。反対側の壁に凭れかかったアレックスの顔は真っ赤だった。何やら池の鯉のようにぱくぱくと口を動かしているが、声になっていない。
「謝るなら今のうちだからね?」
「なん……謝る……でも、……硬い」
「は?」
「な、何でもねーよ」
「今、硬いって言わなかった?」
「ば、馬車だよ、馬車の壁。ほら、こっち側の……」
弁解しかけたアレックスの言葉を遮るように、ドアが叩かれた。
「開けろ!」
「え?」
「この声……レイモンドさん?」

馬車の内鍵を開けると、レイモンドが不機嫌な顔で乗り込んできた。飛び出してきた馬車とは、おそらく彼が乗ったオードファン家の馬車なのだろう。レイモンドはいつにも増して眉間の皺が深い。彼をこれだけ悩ませ、夜に急いで馬車を走らせる用事とは一体何なのだろうか。ジュリアはアレックスと顔を見合わせた。
「君達も王宮へ向かうところか?」
「す、すごい……読心術?」
アレックスが挙動不審なのを見て、二人の間に何かがあったとレイモンドは察したが、あえてそれには触れず、用事だけを訊いてきた。
「アレックスに馬車を出してくれって私が頼んだの」
「ハーリオン家の馬車では通してもらえないからな。だが、どうやってヴィルソード家まで行ったんだ?結構距離があるだろう?」
「エミリーの魔法で。帰りは送られて帰るようにって」
レイモンドは頷いた。
「王宮に何の用だ?」
「マリナがいなくなった」
「何だって?マリナもか」
「も?」
「レイモンドさん、まさか……」
王太子が行方不明だなどと口にしていいものか判断に迷ったアレックスは口ごもり、レイモンドは目を眇めた。
「その通りだ。俺が乗ってきた馬車には、とっておきの……秘密兵器を乗せてある。ジュリア、マリナはどうしていなくなったんだ?家出か?」
「違う。鏡に吸い込まれたって。私は見てないけど、アリッサとリリーが見てる。衣裳部屋の姿見で、魔鏡じゃない普通の鏡だよ」
「ふうむ……こちらにとっては手がかりをもらったようだな。王宮に行くのなら、俺が乗ってきた馬車に乗らないか。うちの馬車なら呼び止められもせずに通れる。帰りは送るぞ」
「だってさ、ジュリア。どうする?」
「乗せてもらう一択でしょ。……と、お願いします」

   ◆◆◆

レイモンドが言った通り、王宮の番兵はオードファン家の馬車を見るなり道を空けた。
「うちにある馬車のうち、父が使うものを拝借してきた。セドリックに呼ばれたと言ったら、やれやれと言いながら俺に同情して貸してくれた」
「てことは……オードファン宰相の専用車?」
「そうだ」
彼の隣に座るおどおどした貴公子がスタンリーだと気づくのに、ジュリアは少し時間がかかった。煌びやかな衣装の上に魔導士のローブを着こんでいるせいかもしれない。馬車に乗りこんですぐに挨拶をしたのに、スタンリーはあわあわと唇を震わせただけだった。
「うちの馬車より座席がふかふかだな」
「アレックスん家のはがっちりしてるもんね。おじ様が乗っても壊れないように」
「そうか、だからかー」
「ヴィルソード家の馬車は外観も質実剛健だからな」
「執事?」
「都合?剣?」
レイモンドは苦みを噛み潰した顔をして、眼鏡を上げた。
「……もういい。この話はやめだ。ところでジュリア。確認だが……マリナが鏡に吸い込まれた時、何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと?」
「鏡に吸い込まれたんだから変わってるよな?」
「アレックス。君は黙っていろ」
「……うーん。あ、そうだ。セドリック殿下が見えたっぽいよ」
「ぽい?」
怪訝そうな顔で訊き返す。
「アリッサが言うには普通の鏡だったんだけど、マリナには殿下が見えたみたい」
「二人だけに発動したのか……ますます分からんな」

「……あのぅ」
黙っていたスタンリーがおずおずと手を挙げた。
「僕の想像かもしれませんが……」
「何だ」
「セドリック殿下の側に、何か魔法の発動要因があるのではないでしょうか」
「発動要因……か。確かに、王宮にはたくさんの魔導具が収蔵された倉庫がある。魔力を帯びた武具や日常使う道具がな」
「そこに鏡もあるの?」
「おそらくは。俺は立ち入ったことはないが……我々には強い味方がいるだろう?」
口元を緩ませ、横目でスタンリーを見る。半分泣きべそをかいている彼の肩がビクリと震えた。
「な、何ですか……」
「王宮の財宝、魔導具も全て国王陛下のものだ。そして、いずれ全てセドリックのものになる」
「そうか!」
「スタンリー先輩が殿下になりすまして、魔導具を探しに行けばいいっすね!」
「少しは話が分かるようになったな、アレックス」
怯えるスタンリーの隣で、レイモンドはクックッと笑った。
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