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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

368 悪役令嬢は寝こみを襲う

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エミリーは早々にベッドに入り、静かに寝息を立てていた。ジュリアは大きく伸びをして、マリナとアリッサが戻ってくるのを待っていた。
アリッサが調べた領地からの報告書は、父ハーリオン侯爵の指示を領地に送っていた執事のジョンの手を借りて、マリナが再検証することになった。エミリーは領地経営に興味がなく、ジュリアはいても戦力にならないだろうと自室に引き上げてきたのだ。
「はーあ。ったく、いつまでやってんだろ。アリッサったら、突然難しい話をしだすんだもんなあ」
窓の外は真っ暗だ。天気が悪く曇っており、月はおろか星一つ見えない。
「寝ちゃおうかな……」

バン!
「ジュリアちゃん!エミリーちゃん!大変!」
アリッサが転びそうな勢いで部屋に入って来た。彼女は小走りで廊下を駆けてきたが、その後ろを普通に歩いていたリリーが間髪おかずに到着する。アリッサの歩幅が狭く、走る速さが遅いのだ。
「どうしたのさ」
「……煩い」
エミリーが薄目を開けてアリッサを睨んだ。
「だって、マリナちゃんが、マリナちゃんがあー!」
久しぶりに走って息が切れているのと、あまりの事態にうまく説明ができないのとで、アリッサは全く要領を得なかった。ジュリアが駆け寄って背中を撫で、視線だけでリリーを促す。
「……マリナ様が、鏡に吸い込まれました」
「はあ!?」
ジュリアとエミリーの声が重なった。
「アリッサ、夢でも見てたんじゃないの?ほら、こんな夜中で眠くて……」
「嘘じゃないもん!ね、リリーも見たよね?」
「はい。私もこの目でしかと見ました。領地の報告書の検分を終えられまして、マリナ様とアリッサ様は、明日のお出かけの際にお召しになるドレスと髪飾りを……」
「ちょっと待って。自分達だけおめかししようとしてたの?」
「いいじゃない。レイ様に会う時くらい、可愛い服でも。今日の変装はおばさんだったもん。マリナちゃんだって、どの服なら王太子様が喜ぶかなってウキウキしてたよ?」
「どいつもこいつも……爆ぜ」
「エミリー、魔法はやめてよ」
ろ、と言い切る前にジュリアが止めに入る。
「つまり、マリナは衣裳部屋にいたわけ?」
「うん。あそこには全身が映る姿見があるでしょう?青いドレスを身体に当てて見ている時だったの。マリナちゃんが突然、鏡の中に王太子様がいるって言って」
「……訳が分からない」
「マリナが見てたんなら、鏡に映るのはマリナでしょ?なんで殿下が映るのさ?リリー、あそこの姿見って、魔鏡か何か?」
リリーは首を振って渋い顔をする。この邸に長く務めている彼女も、姿見が魔鏡だなととは聞いたことがないのだ。
「魔力を発する道具は、お邸では宝物庫ただ一か所に集められております。外部の者が侵入して鏡に魔法をかけたのでは?」
「それはない」
エミリーが即座に否定する。
「邸には私が強固な結界を張ってる。破って入って来れるのはマシューくらいよ」
「うーん、じゃあ、何で?」
ジュリアが首を傾げる。隣に立つアリッサもエミリーも、同様に同じ方向に首を傾げたのを見て、リリーが口元を緩めた。
「鏡に映っていたのが王太子殿下なのでしたら、殿下がマリナ様の行方をご存知かもしれませんね」

「なぁるほど。リリー、あったまいい!」
ぽんと手を打ち、ジュリアはパジャマから外出用の楽な服装に着替え始めた。
「ジュリアちゃん、まさか……」
「王宮に行ってくるよ」
「無理だよ、ハーリオン家の馬車は入れてもらえないよ?」
「アレックスん家の馬車で乗り込む!」
「こんな夜更けに、ヴィルソード家もご迷惑だわ。それに、うちの周りには見張りがたくさん……」
おろおろするアリッサを横目に、ジュリアは少年のような身なりに整えた。
「完成!」
「聞いてるの、ジュリアちゃん!」
「聞いてるって。……ねえ、エミリー」
「……やだ」
「ちょっと、頼む前から断らないでよ」
「アレックスのところまで飛ばせって言うんでしょ?」
「分かってんじゃん。ね?頼むよ。後で美味しいパンおごるからさ。何だっけ、ドペオ・デニッシュ?口が真っ黒になるやつ」
パンの名前に、ベッドに戻ろうとしていたエミリーの動きが止まった。
「……帰りは送られてきて」
「りょーかい!……じゃ、ちゃっちゃと飛ばしてちょうだい!」
エミリーが目を眇め、ジュリアに向かって転移魔法を発動させた。

   ◆◆◆

アレックスは早寝が自慢の男だ。
どこでもいつでも、寝ようと思った時に即座に寝られる。
月の大半を遠征に費やすこともある騎士にとってはうってつけの特技だが、まだ学生の彼には授業中に寝てしまいがちになるありがたくない癖であった。今晩も特にすることがなく、ベッドで何も考えないうちに眠りに落ちていた。

夢の中で、アレックスは巨大な火炎竜を退治していた。アレックスの背丈の何倍もあり、下手をすれば王宮の塔くらいの大きさがある竜が、こちらを目がけて口から炎を吐きだす。抜群の反射神経で飛び上がって躱すと、大地を蹴って竜の弱点へと斬りかかる。
「もらったぁああああ!」
しかし、竜は太い尻尾でアレックスを打ち、彼の身体は赤土の大地へと叩きつけられた。
「くっ……」
地面に落ちた衝撃が大きすぎる。重力なんてものは彼には分からないが、重い。
身体がとんでもなく重く感じられる。起き上がれない。怪我をしたせいだろうか……。

「……ス」
「……クス!」
誰かが呼んでいる。
そうだ。自分をここまで駆り立てたのは……。
「アレックス!」
パチッ。
目を開けると、間近にジュリアの綺麗な顔があった。
「のぅわぁあ!」
「驚きすぎだってば」
「何だ?え?ここ、俺ん家……うん、俺の部屋、だよ、な……?」
アレックスは辺りを何度も確認した。二度見、三度見、四度見……何度見ても自分の部屋で、こんな夜中にジュリアがいるのはどう考えても不自然だ。
「ジュリア、どうして俺の部屋にいるんだ?」
夜中だとしても、ジュリアが訪ねて来たなら、執事や侍女が自分を起こしてくれそうなものなのに。
「エミリーに飛ばしてもらった。すっごいでしょ?あっと言う間にアレックスの、それも真上に転移したんだよ?」
妹の魔法の腕を自慢し、ジュリアはハイテンションで話し始めた。アレックスはジュリアの肩に手を乗せ、落ち着け、と視線を絡めた。
「急に来なきゃなんないことがあったんだろ?」
「そうなんだ。マリナが鏡に吸い込まれてさ」
「鏡に?そんなの、聞いたことないぜ?」
「私も初めてだよ。アリッサの話だと、吸い込まれる前に、殿下が鏡に映ってたらしいんだ。だから、マリナは殿下のところにいるんじゃないかって。でも、うちの馬車だと王宮に入れないからさ」
「俺ん家の馬車で行こうって?」
「うん。寝てるとこ悪いけど、付き合ってくれないかな?」
ダメ?と上目づかいで頼まれては、アレックスは首を横に振れない。もっとも、押し倒された格好のままでは、彼には逃げ場はなかった。
「……う、うん。分かった」
「ありがとう!」
首筋に抱きつかれ、ジュリアの身体から湯上りの石鹸の香りが仄かに香った。アレックスは速まる鼓動に気づかれないように身体を起こし、ジュリアをそっと自分から引き剥がした。
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