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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える
360 悪役令嬢は秘密の通路に驚く
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「マリナ、こっちで道、合ってるよね?」
「ええ。ここを真っ直ぐ……って、アリッサ!どこ行くのよ!」
小声で叱り、ふらふらと脇道に入りこもうとするアリッサの服を掴んだ。
「ごめん……こっちかと思って」
「どこをどう見たらこっちが正しい道に見えるのよ!」
ジュリアは脇道をちらりと見やった。三階建ての煉瓦造りのアパートが並んでいる細い路地で、昼間でも日が射さずに薄暗い。窓と窓の間に渡されたロープに洗濯物が吊るされていて、湿っぽい石畳の上で子供達が石を蹴っている。まさに生活感満載である。
「アリッサ、本気でヤバいよ?」
「そうね。余程しっかりした人と一緒でないと、領地の調査なんて行かせられないわ」
「しっかりした人……」
アリッサの頬がうっすらと染まった。
「はいはい、そこでレイモンドを想像しない!」
「確かに、私達の仲間の中では、レイモンドが一番しっかりしているわね」
というより、他のメンバーが残念すぎるとは、マリナは敢えて付け足さなかった。アリッサと組ませるとして、相方がアレックスでは方向性が真逆すぎて話が合わない。王宮を出ることができないだろうが、仮にセドリックが一行に加わったとしても、彼も地図を読んで歩くのは不慣れだ。尤も、セドリックの場合は、不得意なことも運でカバーできる特技を持っている。どうしても困ったら、最後の切り札として身分を明かせば皆がひれ伏す。
「レイ様は協力者を呼ぶって書いていたわね」
「そうよ。まあ、彼が選ぶ人なら、実力は折り紙つきでしょうね」
「ねえ、あれじゃない?手紙にあった店だよ」
ジュリアが通りの少し先を指す。
「普通の本屋のようね」
「中に入って店主に声をかけるようにって」
店の中は、古本が所狭しと並んでいる。棚に並べきれない本が平積みされている。
「うわあ、埃っぽい」
読書を全くしないジュリアが顔をしかめる。アリッサは棚の本の背表紙に目を走らせ、嬉しそうにアメジストの瞳を輝かせている。
「二人とも、用があるのは向こうよ」
「はいはーい」
「すごーい、あれ、絶版の……」
「行くよアリッサ」
推定年齢八十代の男性店主に声をかけると、彼は何度か頷き、手元にあったベルを鳴らした。奥から店主の孫と思われる青年が顔を出した。白いシャツを第二ボタンまで開け、本の束を持ち上げている。色素が薄い優しそうな顔立ちなのだが、二の腕が太くがっしりしている。
「何、じいちゃん」
「坊ちゃんのお客さんだ。例の」
「ああ、分かった。……君達3人だけ?」
「ええ。こちらに伺うようにとレイモ」
「んー、名前は言わないでおこうか。じゃあ、こっちだよお嬢さん」
手招きされ、好奇心旺盛なジュリアがすぐ後に続く。アリッサの背中を押し、マリナは彼らの後に続いた。
店の奥は案外広かった。通りに面した間口からは想像できない奥行きがある。
「街道に広く面していると税金が高くなるからね」
「ああ、そうですわね」
奥へ奥へと三つ目の部屋に入った時、青年はたんすの前で立ち止まった。
「ちょっと狭いけど、我慢してね」
部屋はこの部屋で終わりのようで、突き当たりには窓があるが裏口はない。青年はたんすの上から三段目を引き、一番下の段を引いた。そして、上にある小さな引き出しを何度か出し入れすると、全ての引き出しが一度中に入った。
「自動?」
「魔法だよ。ほら、開いた」
ガタガタ……。
たんすがまるでドアのように開き、向こう側へ九十度入り込んでいく。壁だと思っていたところに空間ができ、下へ続く石の階段が見えた。暗い壁に次々と光魔法球が灯った。
「うわあ、すごい」
「この階段を下りて、あとは道に沿って行けばいいよ。向こう側には連絡しておくから」
「向こう側とは何ですの?」
「道が長いと怖いよぉ」
「心配いらないよ。魔法球で明るいからね」
三人が階段を数段下りると、たんすが動いて入口が閉じた。
「行くしかないわね」
マリナが拳を握って意気込む。
「さっきの人、坊ちゃんがどうとかって言ってたっけ。レイモンドのこと?」
「そうだと思う。レイ様、あの執事さんにも坊ちゃんって言われていたもの」
「オードファン家には『坊ちゃん』は一人だけですものね。使用人は皆そう呼んでいるはずよ」
細い通路に三人の靴音だけが響く。歩きなれないアリッサは、着こんだ肉布団の効果も相まって、足取りが覚束なくなってきていた。
「ちょっと休みたいわ」
「ダメよ。魔法球だっていつまでもつか分からないのよ?向こう側に着く前に消えたら最悪よ」
「真っ暗になるね。エミリーもいないし、マリナの魔法じゃちょっと不安だ。急ごう、走るよ」
「待って!」
アリッサの手を掴み、引きずるようにしてジュリアは走り出した。後ろをマリナが追い、すぐに通路の突き当たりに着いた。
「隠し通路はここまでね」
「どうやって出るの?」
「うーん、ノックでもしてみる?」
ダンダンダン!
ジュリアが叩いた。
「木でできてるみたい。そんなに痛くないよ」
重い何かが動く音がし、開いた隙間から細く光が差し込んでくる。
「やった!出口が……ってぅええええええ?」
辿りついた空間は、シャンデリアが吊るされた明るく華美な部屋だった。置かれた応接椅子も本棚も暖炉も、少しだけ成金趣味が見て取れる。
「どこなのかしら……」
隙間から顔を覗かせたマリナの右側から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ようこそ、王都中央劇場へ!」
きらきら輝く紫色の王子様衣装を着たスタンリーが、三人に向かって微笑んでいた。
「ええ。ここを真っ直ぐ……って、アリッサ!どこ行くのよ!」
小声で叱り、ふらふらと脇道に入りこもうとするアリッサの服を掴んだ。
「ごめん……こっちかと思って」
「どこをどう見たらこっちが正しい道に見えるのよ!」
ジュリアは脇道をちらりと見やった。三階建ての煉瓦造りのアパートが並んでいる細い路地で、昼間でも日が射さずに薄暗い。窓と窓の間に渡されたロープに洗濯物が吊るされていて、湿っぽい石畳の上で子供達が石を蹴っている。まさに生活感満載である。
「アリッサ、本気でヤバいよ?」
「そうね。余程しっかりした人と一緒でないと、領地の調査なんて行かせられないわ」
「しっかりした人……」
アリッサの頬がうっすらと染まった。
「はいはい、そこでレイモンドを想像しない!」
「確かに、私達の仲間の中では、レイモンドが一番しっかりしているわね」
というより、他のメンバーが残念すぎるとは、マリナは敢えて付け足さなかった。アリッサと組ませるとして、相方がアレックスでは方向性が真逆すぎて話が合わない。王宮を出ることができないだろうが、仮にセドリックが一行に加わったとしても、彼も地図を読んで歩くのは不慣れだ。尤も、セドリックの場合は、不得意なことも運でカバーできる特技を持っている。どうしても困ったら、最後の切り札として身分を明かせば皆がひれ伏す。
「レイ様は協力者を呼ぶって書いていたわね」
「そうよ。まあ、彼が選ぶ人なら、実力は折り紙つきでしょうね」
「ねえ、あれじゃない?手紙にあった店だよ」
ジュリアが通りの少し先を指す。
「普通の本屋のようね」
「中に入って店主に声をかけるようにって」
店の中は、古本が所狭しと並んでいる。棚に並べきれない本が平積みされている。
「うわあ、埃っぽい」
読書を全くしないジュリアが顔をしかめる。アリッサは棚の本の背表紙に目を走らせ、嬉しそうにアメジストの瞳を輝かせている。
「二人とも、用があるのは向こうよ」
「はいはーい」
「すごーい、あれ、絶版の……」
「行くよアリッサ」
推定年齢八十代の男性店主に声をかけると、彼は何度か頷き、手元にあったベルを鳴らした。奥から店主の孫と思われる青年が顔を出した。白いシャツを第二ボタンまで開け、本の束を持ち上げている。色素が薄い優しそうな顔立ちなのだが、二の腕が太くがっしりしている。
「何、じいちゃん」
「坊ちゃんのお客さんだ。例の」
「ああ、分かった。……君達3人だけ?」
「ええ。こちらに伺うようにとレイモ」
「んー、名前は言わないでおこうか。じゃあ、こっちだよお嬢さん」
手招きされ、好奇心旺盛なジュリアがすぐ後に続く。アリッサの背中を押し、マリナは彼らの後に続いた。
店の奥は案外広かった。通りに面した間口からは想像できない奥行きがある。
「街道に広く面していると税金が高くなるからね」
「ああ、そうですわね」
奥へ奥へと三つ目の部屋に入った時、青年はたんすの前で立ち止まった。
「ちょっと狭いけど、我慢してね」
部屋はこの部屋で終わりのようで、突き当たりには窓があるが裏口はない。青年はたんすの上から三段目を引き、一番下の段を引いた。そして、上にある小さな引き出しを何度か出し入れすると、全ての引き出しが一度中に入った。
「自動?」
「魔法だよ。ほら、開いた」
ガタガタ……。
たんすがまるでドアのように開き、向こう側へ九十度入り込んでいく。壁だと思っていたところに空間ができ、下へ続く石の階段が見えた。暗い壁に次々と光魔法球が灯った。
「うわあ、すごい」
「この階段を下りて、あとは道に沿って行けばいいよ。向こう側には連絡しておくから」
「向こう側とは何ですの?」
「道が長いと怖いよぉ」
「心配いらないよ。魔法球で明るいからね」
三人が階段を数段下りると、たんすが動いて入口が閉じた。
「行くしかないわね」
マリナが拳を握って意気込む。
「さっきの人、坊ちゃんがどうとかって言ってたっけ。レイモンドのこと?」
「そうだと思う。レイ様、あの執事さんにも坊ちゃんって言われていたもの」
「オードファン家には『坊ちゃん』は一人だけですものね。使用人は皆そう呼んでいるはずよ」
細い通路に三人の靴音だけが響く。歩きなれないアリッサは、着こんだ肉布団の効果も相まって、足取りが覚束なくなってきていた。
「ちょっと休みたいわ」
「ダメよ。魔法球だっていつまでもつか分からないのよ?向こう側に着く前に消えたら最悪よ」
「真っ暗になるね。エミリーもいないし、マリナの魔法じゃちょっと不安だ。急ごう、走るよ」
「待って!」
アリッサの手を掴み、引きずるようにしてジュリアは走り出した。後ろをマリナが追い、すぐに通路の突き当たりに着いた。
「隠し通路はここまでね」
「どうやって出るの?」
「うーん、ノックでもしてみる?」
ダンダンダン!
ジュリアが叩いた。
「木でできてるみたい。そんなに痛くないよ」
重い何かが動く音がし、開いた隙間から細く光が差し込んでくる。
「やった!出口が……ってぅええええええ?」
辿りついた空間は、シャンデリアが吊るされた明るく華美な部屋だった。置かれた応接椅子も本棚も暖炉も、少しだけ成金趣味が見て取れる。
「どこなのかしら……」
隙間から顔を覗かせたマリナの右側から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ようこそ、王都中央劇場へ!」
きらきら輝く紫色の王子様衣装を着たスタンリーが、三人に向かって微笑んでいた。
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