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学院編 12 悪役令嬢は時空を超える 

352 憂慮

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【レナード視点】

ジュリアにキスをしようとして雪にまみれた。俺は何故か当然だと思った。起こるべくして起こった、そんな気がしたのだ。手を伸ばしても手に入らない彼女に、俺は触れる資格がないと言われたようで、アレックスに雪玉を投げつけながらも心の靄は晴れなかった。
――こんな気持ちは、もうたくさんだ。

雪を払いながら、三人で寮へ戻った。ジュリアと別れて男二人で歩く帰り道。
「レナードの兄さんって強いの?」
とアレックスが唐突に訊いてきた。何でもいきなりなのはこの男の悪い癖だ。
「一応騎士だぞ?そりゃあ、ヴィルソード騎士団長には及ばないけど、それなりだぞ」
「ふーん」
「聞いてみたくせに興味ないだろ?」
「俺を相手にすると手を抜く父上とどっちが強いかな」
「知るかよ。運が良ければ、家に練習に来た時に会えるぞ。……っと、ジュリアちゃんを会わせるのは危険か」
「そうなのか?女子にも容赦しないのか?」
「そうじゃなくて、可愛い女の子と見れば声をかけるからな。下は十歳くらいから上は八十歳まで」
「……」
唖然としたアレックスを引きずって、俺は男子寮に入った。

   ◆◆◆

廊下でアレックスと別れた。約束をしなくても、夕食の時間になればどちらからともなく誘いあうのが常だ。部屋に入ってコートを脱ぐと、学院寮の使用人が俺宛の手紙を持ってきた。差出人は父だ。帰ってこいと書かれているのは分かっている。
封を開ければ案の定、『あるお方』から連絡があったという。某侯爵令嬢と俺の婚約に向けて、俺の方でも準備をしなければならないというのだ。
俺と同じ歳の侯爵令嬢は、ハーリオン家にしかいない。父は純粋に、俺は幸運だと喜んでいるが、名を明かさない仲介者といい、相手の名前をはっきりと明言しないことといい、何か裏があるのは確実だ。
――ジュリアが知らないところで、何かが動いている……?
ハーリオン家を嵌めようとした事実が明るみになれば、俺だけでなく家族全員が処罰されるかもしれない。事は公にできない。アレックスには勿論話せない。ジュリアも、家族も守れるのは俺だけだ。絶対に守ってみせる。
決心を固めた時、部屋のドアがノックされた。

   ◆◆◆

「こんな話、お前に聞いてもらうのはどうかと思ったんだけどさ」
アレックスはたどたどしく話し出した。こいつの話がすらすら出てきたことなんてないが、剣の話以外は基本的にたどたどしい。考え込んでいるからか、今日はいつにも増して酷い。
「何の相談?」
「ああ。うん。……俺の婚約のことなんだ」
ジュリアとの仲を惚気に来たのか。さっさと追い返してやろうかと立ち上がり、回れ右をさせて背中を押しやる。アレックスは慌てて俺の腕を引いた。
「ジュリアのことじゃないんだ」
「お前の婚約者はジュリアちゃんだろう?」
「そう。俺はジュリアと婚約しているつもりだ」

つもり?
何のことだ?
「なのに、父上が陛下から話をもちかけられて……」
「陛下がすすめる縁談か……断りにくいな」
侯爵令息なら、他国の王族や高位貴族との縁談があってもおかしくはない。将来騎士団長になる見込みがあるアレックスは、独身の若者の中では、レイモンド・オードファンの次くらいに優良物件なのだろう。王立学院の卒業前にそういう話の一つや二つあっても不思議はない。
「父上は断れないって言ってたんだ。……相手が、王女様だから」
「……王女?アスタシフォンかどこかの?」
アスタシフォンの国王には妃の他にたくさんの妾がいると聞いた。妾腹の王女でも相手は大国の王族だ。先方から申し出があれば断れないだろう。
「違う。グランディア王国王女、ブリジット様だよ。セドリック殿下の妹の」
「殿下の妹って、まだ五歳くらいだよな?」
「四歳だよ。まあ、四歳も五歳も変わらないけど……とにかく、王女様を妻に迎えるためには、婚約を解消しろと迫られていてさ」

こいつ、正真正銘の馬鹿なのか?
自分の窮状を俺に話してどうする?ジュリアは婚約解消されるから、どうぞ好きに掻っ攫ってくださいと言っているようなものだろうが。
「で?どうするんだ、アレックス」
「騎士団が各地でハーリオン侯爵の不正の証拠を探しているんだ。何も出てこないってジュリアは言っているけど、万一、何かあったら……ジュリアの父上は貴族の位を奪われて、一家は邸を出なければならないだろ」
「家も何もなく、平民になるってことか……」
「財産も国に没収されるから、どうなるか本当に分からない」
それだけで済むのだろうか。他国なら斬首刑になってもおかしくはない話だ。ハーリオン侯爵は当然として、遺恨を残さないように妻子も処刑されるかもしれない。
「お前との結婚は、国王陛下にもヴィルソード家にも許されないだろうな」

「……だから、考えたんだ。ジュリアにも話はしてある」
アレックスは一瞬押し黙った。目を瞑って、ゆっくりと息を吐いた。
「今度の試験で、剣士になれたら」
「なれたら?」
「絶対に剣士になるつもりだけど、剣士になったら……」
膝の上で拳を握る。力を入れすぎて血が通わずに白くなっている。
「俺は、ジュリアと王都を出る!」
金の瞳は強い意志を持って輝いていた。俺は何も言えなくなり、アレックスの肩を撫でた。

   ◆◆◆

これで、からくりが解けた。
仲介者が父に打診をした頃から、国王陛下は王女の結婚相手にアレックスをと考えていたに違いない。父の話では、仲介者は高位貴族らしい。その貴族が国王陛下から直々に相談を受けて、アレックスと婚約者をどうにかして別れさせようとしたのだ。結局、仲介者がジュリアと俺の婚約をまとめるより早く、ヴィルソード侯爵は王女と息子の縁談を持ちかけられ、ジュリアと婚約したままのアレックスはあれこれ悩む羽目になったのだろう。

それにしても、ジュリアと王都を出るとは……つまり、駆け落ちするつもりか?
剣士になれば帯剣が許され、辺境に行っても用心棒の仕事くらいにはありつける。二人ともそれなりに腕は立つ方だ。だからといって、生活力のない侯爵家の子供二人だけで生活ができるとは思えない。破綻するのは目に見えている。
出て行くにしても、アレックスだけが行けばいい。ジュリアは連れて行かせない。
行かせないためには……試験だ。剣士の昇格試験に合格しないように、俺が二人を倒せばいい。そうと決まれば、練習あるのみだ。

アレックスを誘い、寮の食堂に行った。
「練習、楽しみだな。容赦しないから覚悟しろよ?」
「俺も楽しみだ。……実はさ、俺、友達の家に行くの、二つ目なんだ」
二つってなんだ。言い方があるだろう?
アレックスはクラスの皆に慕われているが、実力がありすぎて気軽に家に誘われないらしい。こう見えて意外と交友関係が狭いのだ。俺の家が二か所目だとすると、前に行ったのはハーリオン侯爵家なのだ。
「ジュリアん家は、いつも行ってるし、緊張しないんだけど……」
「大丈夫だよ。誰も取って食いやしないって」
目の前のバゲットに手を伸ばし、俺は大口を開けてかぶりついた。

隣の友人、アレックスは髪の色も目の色も、少しがっしりしてきた体つきも、全てが父親のヴィルソード騎士団長に似ている。この容姿を見て、ひねくれている我が父が何かしでかさなければいいが。
父は、自分が騎士を辞めた原因が、ヴィルソード騎士団長の無謀な行軍にあると思っている。俺が彼の息子と仲良くしていると知ったら、どんな顔をするだろうか。
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