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第111話

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「・・・」

学園長はアリシアの言葉を聞いて少しの間沈黙する。

自分の予想を上回る言葉だったためすぐに言葉が出てこなかった。

「・・・バルム様のお話を聞いて正直なところ驚きました。私の知る限りバルム家は他の貴族の中でも『恩』に対してとても真摯に向き合うという話は聞いておりました。ですが、バルム様・・・いえ、アリシア様はそのようなことを超えてズー君の為になりたいと言うことですね」

学園長はアリシアの想いを理解した。

(常に冷静沈着でいることを良しとする貴族の中でも最高峰の一角であるバルム家の御令嬢がここまで感情をあらわにするとは・・・)

学園長は思わず立ち上がるという行動をしたアリシアを見たことでも驚いていた。

(思い返して見ればズー君が急に居なくなったあの時もでしたね・・・)

学園長はつい一月前のことも併せて思い出し納得する。

「はい。仰る通りです。・・・あ、失礼しました」

アリシアは学園長の言葉に同意し、ここで初めての話の途中で立ち上がっていたことに気づきソファに座り直す。

「事情はよく分かりました。アリシア様とズー君の・・・」

学園長が話の途中で止まる。

ちょうどグレイの方にも目を向けたからだ。

「・・・学園長先生?」

話の途中で止まった学園長を訝しみ、学園長の視線が止まった方向・・・すなわちグレイの方へ、アリシアも視線を向ける。

「っ!?」

アリシアは驚きのあまり言葉に詰まる。

グレイは静かに泣いていたのだ。

「?どうかされましたか?」

グレイはどうして学園長とアリシアが自分を見て固まっているのかが良くわからず尋ねる。

「グレイさん・・・涙が・・・」

アリシアが理由を話すと、グレイさんは手を自分の目元に持っていき、

「・・・あれ?何で泣いているんだろ?すみません」

アリシアに言われて初めて自分が泣いていることに気づく。

グレイのその姿を見たアリシアは思わずグレイを抱きしめていた。

ぎゅ

「あ・・・アリシア様?」

涙を流しながら戸惑うグレイ。

「グレイさん、今まで本当にお疲れ様でした」

耳元でアリシアの言葉を聞いたグレイはようやく自分が何故泣いているかに気づく。

(そうか・・・俺は今までの人生でここまで人に想われたことは無かったんだな・・・)

グレイは早くに両親を無くし、更に人に忌避される能力が発現された事で故郷ではずっと蔑ろにされてきた。

何とか魔法学園に入ったものの、諸々の費用を工面するため必死に働き、人と人との繋がりなど最近親友となったエルリックだけであった。

そんな人生を歩んできたからこそ、アリシアが学園長に語ってくれた自分に対する想いはとてつもなく嬉しかったのだろう。

頭で理解するよりも早く、体が反応していたのだ。

(温かい・・・)

グレイはアリシアの気持ちがこもった抱擁を受け、自分の中にあるしこりのようなものがとれていくような気がした。

それ以外の感情は不思議と湧いて来なかった。
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