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第102話

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「確かにそうですわね。必要最低限の物しかなくて驚きましたわ」

アリシアがグレイの部屋の中を思い出しながら呟く。

「あはは。だよね」

グレイは笑いながら応じる。

「金銭的な余裕が無いって言うのもそうだけど、時間的な余裕も無くてね。ありがたいことにこれからはアリシアさんのお陰で余裕は出来るけどね。本当にありがとう」

グレイは素直な気持ちをアリシアに伝える。

「うふふ、どういたしまして」

と、こうしている間に、貴族女子寮の前まで辿り着いた。

「あら、もうここまで来てしまいましたか」

アリシアは今到着したことに気づき、驚きながら呟く。

「うん。じゃあ、また明日ね」

グレイが別れの挨拶をする。

「はい。また明日。・・・もう連れ去られたりしないでくださいよ?」

アリシアが不安そうに返事をする。

「う・・・肝に銘じます」

前例のあるグレイはばつが悪そうにそう答える。

「よろしくお願いしますわ」

アリシアがグレイにそう言うと颯爽と貴族女子寮に向かって歩いて行く。

しかし、どこか不安なのか、何歩か歩くたびにグレイの方に振り返ってくる。

グレイはアリシアが振り返る度に手を振り、貴族女子寮に入っていくまでずっと見送っていた。



「よし・・・久しぶりに自分の部屋に帰るか」

アリシアが見えなくなってからもしばらく、その場に立っていたグレイがその場で反転し、男子寮に向かって歩き出す。

何もかもが久しぶりだ。

(こんなにゆっくりと歩くのも久しぶりだな)

たった1か月しか魔法学園を離れていなかったが、グレイはもう何年も離れていたような錯覚を覚える。

(無理もない。とんでもなく濃密な時間だったからな)

今までの人生の中でもワースト1位と言っていいほどの苦難に直面したという実感がある。

(おっと、いけない。周囲を警戒しないと)

グレイは思考の渦に埋没しないように我に返る。

一度あったことだ、二度目があってもおかしくない。

周囲を警戒しながら歩いて行く。

(・・・確か、ここだったな。俺が拉致された場所は)

ある意味印象深い場所に来たグレイは警戒をさらに強める。

心なしかあの時ぶたれた頭がずきずきする気がした。

「ふぅ」

(流石に、今日はいるわけないか)

グレイは警戒レベルを少しだけ下げ、深い息を吐く。

(それもそうか、指示を出したナガリアは捕まっているんだしな)

グレイは歩きながらその事を思い出す。

「おっ、見えてきた」

久しぶりに見る男子寮は凄く懐かしい感じがした。

そして、しばらくして寮の部屋の前にたどり着く。

ここで、ようやくグレイは気がついた。

「・・・まずい。鍵が無い・・・」

完全に盲点であった。

グレイの部屋の鍵は、ここ1か月の間に完全に紛失していた。

(参ったな・・・管理者さんが居ればいいけど・・・)

グレイは自分の部屋を前に、もと来た道を引き返したのだった。
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