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第98話

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「アリシアお嬢様!ズー様!」

グレイとアリシアが馬車に近づくと意外な人物が駆け寄ってきた。

「「ムスターさん!?」」

驚きながらも思わず呼んだ声が図らずともハモるグレイとアリシア。

そう、馬車の影から出てきたのはバルム家のハーフエルフの老執事であるムスターであった。

ムスターは走るわけではないが、流れるような動きで速やかにグレイとアリシアに近づくと、

「ご無事で何よりです!」

と嬉しそうに無事を喜んだ。

「ありがとうございますわ」

「ありがとうございます」

アリシアもグレイもムスターの裏表のない真っ直ぐな言葉に良い気分で礼を言う。

「とんでもありません。本日はとてもお疲れでしょう。さあ、馬車にお乗りください。お連れ様も既にお着きです」

ムスターは最後の言葉を小声にして言ってから馬車の扉を開ける。

「まあ、それは良かったですわ」

「そうですね」

アリシアとグレイは無事にモリアスの町を出ることができたリンダとキャミーの事を喜びながら、馬車に入る。

なるほど、確かにリンダとキャミーは馬車に座っていた。

「お先に乗ってしまって申し訳ございません」

リンダはアリシアの姿を見るなり馬車の中で席を立ち、頭を下げる。

「お気になさらないでください。さあ、お座りになって」

「ありがとうございます」

アリシアはリンダに座るように促し、自身も座る。

「失礼します」

アリシアの後に入ってきたグレイはリンダに軽く会釈すると、アリシアの左隣に座る。

「私も失礼致します」

最後にムスターが馬車に乗り込み席に座ると、馬車の扉を閉める。

やがてゆっくりと馬車が動き始めた。

馬車内は進行方向に顔を向けて右後方にアリシア、左後方にグレイ。

アリシアの前にはリンダとキャミー。

グレイの前にはムスターが座る形となっている。

「あら、キャミーちゃんはまだ寝ているのですね」

アリシアがリンダが抱えている子どものキャミーがすやすやと可愛らしい寝顔を見せていることに気がつく。

「はい。どうやら、連れ去られた時に眠るように何かをされたみたいです。無理やり起こすよりも自然に起きるのを待ったほうが良いとのことでしたのでこのまま連れていきます」

リンダがキャミーの事情を説明する。

「あら、そうだったのですね。では、キャミーちゃんとお話するのは後のお楽しみにしておきますわ」

アリシアがにこにこと笑顔でそう言う。

妹弟がいるからか小さい子どものことが好きなのかもしれない。

「ありがとうございます。あの・・・この後、私はどうすればよろしいでしょうか?」

リンダがまだ不安そうにアリシアに尋ねる。

アリシアはムスターを見て、

「ムスターさん、教えて差し上げてくださいますか?」

「はい」

ムスターは左隣にいるリンダに顔を向け、

「リンダさんは私たちのようにバルム家でお仕えすることになります。今はまだ事情があって奥様やアリシア様の妹様や弟様や執事やメイドは離れたところにおりますので具体的なお話は皆さんがお戻りになられる来週くらいからすることになります。リンダさんは研究をされていたみたいなので、そのようなことはできないかもしれませんが・・・」

「私やキャミーを置いてくださるならそのようなことは全然構いません!一生懸命頑張りますので何卒よろしくお願い致します!」

リンダの様子を見て、思わずアリシアとグレイは顔を合わせ笑顔になる。

大変な目にあったけど、この人はもう大丈夫だと確信したのであった。
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