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第87話

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グレイは扉をゆっくりと開けきるとすぐに外には飛び出さず、扉から顔を出さないように隠れる。

(イズ・・・この扉を押さえていてくれ)

グレイが手を話すとまたもや扉が閉まることが想定されたのでアイコンタクトでイズにお願いをする。

イズは黙って頷くとグレイの指示通りに扉が閉まらないように押さえる。

(ここから見える範囲には・・・いないな。ちっ、やはり時間を掛け過ぎたか)

気絶していた場所にマドッグの姿が見えないため、既に意識を取り戻したとようだ。

(だが、見えないからと言って待ち伏せが無いとは限らないよな)

どうせなら逃げ出していてくれと思いながらも、このままだと膠着したままだ。

(・・・待ち伏せしているとすれば扉の近くの死角か建物の梁の上だろうな)

グレイは覚悟を決めると少し保険をかけながら部屋を飛び出すことにする。

(・・・名付けて、【エリクサーバリア】)

グレイはすぐさま全身をエリクサーまみれにし、前回り受け身の容量で部屋を飛び出す。

体をエリクサーで覆っていれば一瞬で事切れない限り攻撃を食らっても大丈夫なはず。

グレイは床を体に纏ったエリクサーで濡らせながらも扉付近を見る。

(いない・・・なら上だ)

すぐに上を向くグレイ。

「・・・いないな」

だが、予想に反してマドッグの姿は無かった。

「逃がしてしまったのは仕方がないが、マドッグはどうして逃げ出したんだ?」

グレイは不思議に思いながらも先程飛び出した部屋に戻りながら呟く。

「あいつが油断なく対処してきたらひとたまりも無かったんだが・・・」

『どうやら居なくなっていたようだな』

グレイが部屋に戻ると扉を支えていたイズがグレイの様子からそう理解する。

「ああ。そうみたいだ。ごめん。もうちょっと扉を押さえてて」

グレイはイズに同意しながらお願いをすると、静置していた子どもの方に向かって歩き、抱き上げる。

「よし。行こうか。おっと」

グレイはこの建物を出る前に先程入手した縄を腕輪に入れる。

『ああ。そうしよう』

こうしてグレイ、イズ、子どもの3人はマドッグと戦っていた部屋に戻る。

すると、イズが何かに気づいたのか一つだけあったテーブルに向かって飛んでいく。

『グレイ・・・どうやら、厄介なやつに目をつけられたようだぞ』

「?何のことだ?」

イズの言葉の意味が分からずグレイが尋ねる。

『こっちに来てみろ』

見せた方が早いとばかりにイズがグレイを傍に越させる。

「一体どうし・・・」

グレイはテーブルに近寄るとイズが何を言いたいのかがようやく分かった。

「・・・参ったな」

グレイは困ったように呟く。

テーブルには血の文字でこう書かれていた。

グレイ・ズー
これからの俺はお前を殺すために全力を注ぐ
せいぜい首を綺麗にして待っていろ




『・・・これからどうする?』

イズがテーブルの文字を凝視しているグレイに遠慮がちに尋ねる。

「・・・ん。ああ。ごめん。考え事をしていた」

グレイは我にかえると血文字が記されたテーブルごと腕輪の中に格納する。

後で調査に来た騎士たちに血文字で書かれた内容を見られ、グレイが変に注目されるのを避けるためだ。

「ひとまず、ここから出よう」

グレイはイズを左肩に呼び寄せ、建物を出る。

念の為警戒はしていたがやはりマドッグの姿は見えない。

「ふぅ」

グレイは一端呼吸を整える。

「まずは、アリシアさんと合流かな。きっと怪我をした女性の側に居てくれているだろうし心配もさせてしまっているだろうから」

グレイはここではたと気がつく、

「参ったな・・・合流場所を決めてなかった。この町は初めてで土地勘も無いしな・・・」

(慌てていたとはいえ、自分でも何とも間抜けだな・・・まあ、何処かにいるだろう騎士を見つければ何とかなるだろう)

グレイは楽観的に考えて歩き出す。

と、

『・・・そっちじゃない』

イズが耳元でグレイに声を掛ける。

「分かるの?」

グレイが周りに人がいないことを確認しながらイズに尋ねる。

『アリシアのとこに行けばいいのだろう?あの娘程の魔力ならこの町程度ならどこに居てもすぐに分かる。我について来い』

イズがそう言うと、パタパタとグレイの目線のあたりの高さを飛んでいく。

「ありがとう。助かるよ」

グレイは礼を言いながらイズに付いていく。

(この町程度なら・・・か)

グレイは先程のイズの言葉を反芻する。

(少し見ただけでもかなりの大きさの町なんだがな・・・)

グレイは若干呆れる。

この大きな町でも位置を知らせる程の魔力を持っているアリシア。

そのアリシアの場所を正確に知ることの出来るイズ。

どちらも規格外過ぎる。

(まあ、イズのお陰でアリシアさんと合流出来そうだし、深く考えないようにしよう)

グレイはこれ以上考えても自分が落ち込むだけだと思い思考を別の方向に持っていく。

(それにしても、今回もヤバかったな・・・)

マドッグどの戦闘を思い出しながらクレイが回想する。

グレイは相手の虚をつくことでしか勝利をおさめられない自分の能力の無さを恨めしく思う。

(今まではまだ一対一だったから良かったものの今後は複数相手ということも充分あり得る。そうしたら最悪の結果もあり得る)

そして、何よりも

(マドッグだ。あいつが逃げ出したことは俺にとって懸念材料でしかない)

グレイはゾッとする。

(あいつ程の人間が全力で俺を殺しにくる。初戦ならまだしも二度目ともなれば俺がやったことが何かが分からなくても対策は充分してくるはずだ)

手練との再戦。

これは相手の虚をつくグレイの戦法において最も避けたいことであった。
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