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第85話

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マドッグの振り下ろしたナイフがグレイの頭に当たる瞬間、急にグレイの頭が下がる。

「っ!?」

マドッグのナイフが虚しく空を切る。

そして、

「がぁっ!」

グレイの両足の踵がマドッグの顔にクリーンヒットし堪らず吹き飛ぶ。

そして、思わず取り落とすナイフ。

マドッグは直ぐに立ち上がろうとするがグレイの攻撃が足に影響し上手く立ち上がれない。

「・・・」

グレイは無言のまま、マドッグに向かって走り寄る。

(不味い!回避せねば)

マドッグは動揺が冷めないうちに近づいてくるグレイの攻撃をかわすために魔法を使おうとする。

(馬鹿な!?)

しかし何故か魔法は発動しない。

「・・・悪いな、手加減なんてしていられる余裕はないんだ」

動揺するマドッグの顔面にグレイの渾身の右拳が深く突き刺さった。

ドサァ

かくしてマドッグは白目をむいて仰向けに倒れた。

グレイはその様子を油断なく見てから、

「・・・ふぅ」

マドッグが起き上がる気配が無いことを確認し、思わず座り込む。

「あ~、死ぬかと思った」

グレイは先ほどの戦いを思い出し、心中を吐露する。

今回はいつも以上にピンチだった。

(【エリクサー】とやらを毒の回復のために使ったことが無かったけど、ちゃんと効いてくれて本当に助かった)

全身に回った毒は尋常ではないくらいの痛みをグレイに及ぼした。

だが、直ぐに毒を治す選択肢は無かった。

グレイにはマドッグと正面切って戦って勝てる要素が全く無かったからだ。

そのため、グレイは一歩間違えれば死んでしまうのを覚悟でぎりぎりまで毒を回復しなかったのだ。

(あいつが俺に止めを刺す前に立ち止まったときは焦ったぜ・・・)

毒で朦朧とする意識の中、マドッグの隙をひたすら待っていたグレイは一秒一秒がとてつもなく長く感じた。

(・・・あと少し時間をかけて来られたら【エリクサー】さえ使えず死んでたな・・・)

グレイはその事に思い至りぞっとする。

自然と顔が青ざめるのを感じた時、

トン

顔に何かがぶつかる衝撃を感じた。

「・・・イズ」

小さな衝撃の主は建物の外からグレイのことを見守っていたイズであった。

イズはグレイの言葉に反応せず、ひたすら頭をグレイにこすりつける。

そして、

『・・・馬鹿者が。心配かけよって』

グレイにしか聞こえない声量でそう言った。

グレイは一瞬呆けた後、ニッと笑い、

「悪かったな」

イズの小さな頭を優しく撫でたのだった。




『そやつはどうするんだ?』

しばらく、休んだグレイが立ち上がるとじっと待っていてくれたイズが尋ねてくる。

万が一マドッグが起きても声が聞こえないようにグレイにしか聞こえないくらいの大きさだ。

「ひとまず、縛って放置かな・・・奥の部屋にいるはずの子どもを早く助けに行きたいし」

グレイが縄を探しに部屋の中を物色していく。

あいにく、腕輪の中には縄は収納されていない。

(今後のために、今度色々腕輪に入れておこう)

グレイはそう考えながらも今はどうにもならないため、縄を探す。

ちなみに毒付きナイフはまた使われても厄介なためマドッグのナイフの鞘と共に腕輪の中に入れておいた。




『無いようだな』

耳元のイズが呟く。

「・・・そうだな。この家何にもないな」

グレイがイズの言葉に頷く。

そして、倒れているマドッグを見る。

まだ目を覚ます様子は無いように見えた。

「仕方がない。縛るのは諦めて拉致された子どものところに行くか」

グレイは諦めると奥の部屋に向かって歩く。

そしてもう一つの部屋の扉の前まで辿り着き奥側に開けると、すんなりと扉は開いた。

念の為警戒しながら中に入るグレイ。

バタン

そういう作りになっていたのか扉が勝手に閉まる。

「!?」

思わず肩をビクッとさせるグレイ。

「あー、びっくりした」

慌てて振り返ったグレイが扉が閉まっただけで何事もないことを確認し、声を上げる。

「暗いな・・・【明かりよ】」

部屋が窓も無く暗かったため、魔法で明かりを出すグレイ。

グレイの周りだけが明るくなる。

(こういう時、魔力が少ないと困るよな)

明かりの魔法のような持続させる種類のものは、大雑把に言うと、

〔明るさ〕✕〔時間〕=〔魔力〕

となるため、グレイが部屋を明るくするために明るさを上げるとすぐに消えてしまうのだ。

(無いものは仕方がない)

グレイはいつものように割り切ると、部屋の中を慎重に歩く。

ギシ・・・ギシ・・・

先程のマドッグとの戦いでは気にしている余裕が無かったが、木製の古い建物のためグレイが歩くたびに床が悲鳴を上げるように音を立てる。

(いないな)

部屋を歩いて把握したのは、そこまで広い部屋じゃない上、簡単な調理が出来そうな厨房があるだけのシンプルな部屋だということだ。

それなのに子どもの姿は見えなかった。

グレイは簡易厨房前に敷かれたじゅうたんの上に立ち止まり考える。

「・・・参ったな。どこにも見当たらないぞ」

思わず呟くグレイ。

『・・・間違いなくあの男は子どもを担いでこの家に入った。我がグレイを呼びに行っている間に子どもを移動させたりしたら別だが・・・』

イズがグレイの耳元で呟く。

「マドッグの奴はわざわざ俺を待っていたかのような様子だった。そして、あの口ぶりだと子どもを拉致したのにそこまでの意味は無さそうだった。ということは、まだこの建物の何処かにいる可能性が高いはずだ」

『だが、どこに居るというのだ?見当たらないぞ』

「そうなんだよな・・・」

グレイが困った声を上げる。

(・・・と待てよ)

グレイは昔誰かに聞いたことを思い出す。

「・・・例えば、鍵が空いている扉が押しても開かないときはどうする?決まっている引いてみるんだ。それでも駄目なときは横にスライドさせてみる。それでも駄目なら上に上げてみる・・・」

『お、おい、どうしたグレイ?』

突然ブツブツ言い出したグレイに驚きながらイズが動揺する。

だが、グレイはイズの声には反応せず、思考を深めていく。

「なら、今の状況はどうだ?部屋にいるはずの子どもがいない。だが、俺は全部を探したと本当に言えるのか・・・?」

そこでグレイは自分の足元のじゅうたんに気がつく。

「ここか!」

すぐさまじゅうたんをめくるとそこには食料を保存するためであろう小さな扉があった。

『おお!流石だなグレイ!?急にブツブツ言いだした時は頭がおかしくなったかと思ったぞ』

イズがグレイの行動の理由が分かり器用に小声ではしゃいだ。
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