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第72話

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アリシアに続いて中に入ると驚いたのはその広さと高さであった。

「はぁ。凄く広いね・・・」

グレイは余りの広さに驚きすぎてかえって普通に喋るようになってしまいポカンとする。

地面は石畳がきっちりと敷かれ、更に訓練しやすいように凹凸が無くなるよう磨いてある。

壁や天井も石材なのか見ただけでしっかりとした作りであることが見て取れた。

天井の高さはグレイが何十人肩車したとしても届かないくらいであった。

「ふふふ。そうでしょう。この訓練所は私《わたくし》の2番目に好きな場所ですの」

アリシアが嬉しそうに呟く。

(・・・訓練所が好き何てすごいな)

グレイはアリシアが学生の中でも抜きん出ている理由の一端を知った気がした。

グレイが感心していると、左肩のイズが話し始めた。

『ほう。空間拡張の魔法陣だけでなく、防音、耐久の魔法陣まで掛けられているようだな』

「・・・一目で見抜いてしまうだなんて凄いですわね。流石ですわイズさん」

イズの言葉に驚くアリシア。

「空間拡張?」

グレイが聞きなれない言葉を呟く。

「はい。文字通り空間を拡張することです。グレイさんが外から見た建物の大きさと中からの印象が随分異なりませんか?」

アリシアに言われたグレイが改めて訓練所を見回す。

「言われてみればそんな気もするね。正直なところアリシアさんのところの建物は俺の認識外の大きさばかりだからピンとは来ないのだけど・・・」

グレイが恥ずかしそうに言う。

「ふふふ。グレイさんが仰るようにこちらは高さを1.5倍、広さを3倍に拡張しているので分かりづらいかも知れませんね。先ほどのルートから見える位置だと建物の全景は見えませんし」

アリシアがグレイをフォローする。

全景が見えないということは高さ位からしか判断材料が無いので難しいということだろう。

「ありがとう。こういうものもあるのだと今後は気を付けるね」

今後何があるか分からない。頭に入れておいて悪いことは無いだろう。

「とんでもありませんわ。さて、早速魔法をお教えいたします」

アリシアが訓練所の中央に向かい到着すると、グレイの方を向きながら言う。

「よろしくお願いいたします!」

教えを乞うのだ。グレイは当然のようにアリシアに頭を下げる。

(・・・俺でも使える魔法。一体どのようなものなのか。楽しみだ)

「はい。喜んで。・・・では、先にお見せした方が早いでしょうからそうさせて頂きますわね」

アリシアがそう言うと、目の前に大きな岩を魔法で出した。

「えっ?」

余りに流れるように魔法を行使したためグレイには一体何が起きたのか分からない。

だが、何れにせよこれは魔力的にもグレイには出来ないだろう。

「・・・凄いね。どう行使したのか分からなかった。だけど・・・」

俺にはその魔法は出来ない

と言おうとしたがそれより先にアリシアが先手を打つ。

「あ、これはグレイさんにお教えしようとしている魔法とは違いますわよ。言ってみれば大道具のようなものですわ」

「そ、そうなんだ。・・・良かった」

グレイはアリシアの言葉にあからさまにほっとした。

「では、グレイさん。早速ですがこちらの岩を素手で壊すことは可能ですか?」

アリシアがグレイに尋ねる。

グレイは、ぎょっとした顔で、

「・・・無理だと思う。少しその岩を触ってみても良いかな?」

魔法で作った岩だ。見た目通りの硬さとは限らない。

そう思ったグレイはアリシアに触って確認して良いか確認する。

アリシアはにっこりとしながら、

「もちろんですわ。どうぞ。ご確認ください」

その言葉を聞いたグレイは岩に近づき、軽く叩いたり、触ってみる。

「どうですか?」

アリシアがグレイに尋ねる。

グレイは考える素振りをしながら、

「・・・無理だと思う」

と結論付ける。

「普通に考えたらそうですわよね・・・って、グレイさん!?」

アリシアが話を続けようとした途中で慌てだす。

グレイが右拳を後ろに引き、腰だめに構えたからだ。

すぐにイズがグレイの左肩から飛び立ち、空に留まる。

「ちょっとお待ちください!」

アリシアが大きな声を出した瞬間には既に遅く、グレイは右拳を思い切り岩に叩き込んだ。



ズン!!!

訓練所の室内にやけに鈍い音が響き渡った。

グレイがアリシアの言葉を聞く前に右拳を岩に叩き込んだのだ。

「・・・アリシアさん、やっぱり無理だったみたい」

グレイがアリシアの方を向きながらそう言う。

グレイの右拳からは血がダラダラ垂れていた。

アリシアは予想外の行動に唖然とするが、はっと気づいてグレイに駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

アリシアがグレイの右手の様子を手に取って確認する。

「いてて」

「今、回復しますわね。まったく、試すにしてももう少し手加減してください」

アリシアは心配の余り少し強めに注意し、回復しようとするが、

「ありがとう。でも大丈夫だよ」

「え?それはどういう意味ですか?」

アリシアがグレイの言葉に問いかけた瞬間にはグレイの右手が急に濡れ、傷が瞬く間に消えた。

アリシアはその光景に驚いた後、天幕でのことを思い出す。

「・・・色々あり過ぎてその事をお聞きするのを忘れていましたわ。私《わたくし》の怪我を治してくださったのと同じ方法ですわよね?」

「うん。そうだよ。迷宮で手に入れた【回復の泉】の水を腕輪の力で出したんだ」

『正確には【エリクサー】だがな』

様子を見ていたイズがグレイの左肩に戻ってきてそう言う。

「え、【エリクサー】ですか!?」

イズの言葉にアリシアが大きな声を上げた。

余程驚いたようだ。

「そんなに凄い物なの?」

だが、グレイは何故アリシアが驚いているのか分からない。

「凄いなどというものではありませんわ。今は失われた技術の結晶で、まさに万能薬です。その製法を記した書物は現存せず、学者の方々が必死に研究し作ろうとしているくらいですから」

アリシアが詰め寄るくらい興奮してグレイに解説する。

「そ、そうなんだ・・・迷宮では枯渇する様子もなく溢れ出ていたけど」

「・・・迷宮恐るべしですわね」

アリシアが天を仰ぐ。

「まさか、【エリクサー】が現存するなんて・・・」

グレイが恐る恐る尋ねる。

「・・・やっぱりこのことも火種になる・・・よね?」

「はい・・・3つだと思ってましたがまさか4つ目があるとは思ってませんでしたわ」

流石のアリシアも頭が追い付かない。

一方グレイはあっけらかんと、

「まぁ、どれも口外しないのだから3つだろうが4つだろうがどっちでもいいんじゃない?」

アリシアはきょとんとした後、

「・・・ふふ。グレイさんの言う通りですわね」

少し落ち着き笑顔になる。

「でしょ?」

グレイもアリシアにつられて笑った後、

「ちなみにこの【エリクサー】って世に出たらどのくらいの価値になるのかな?」

売る気は毛頭ない。毛頭ないのだがグレイの腕輪の中には大量にあるのだ。

気になってしまうのは仕方がないだろう。

「・・・私《わたくし》の勝手なイメージですが、小瓶程あれば貴族が1年暮らせるくらいの価値はあると思いますわ」

アリシアが真剣に考えながらグレイの質問に答える。

「へっ?貴族が1年?平民じゃなくて??」

グレイが余りの事実に聞き返す。

「はい。そうです貴族が1年です。ちなみに私《わたくし》も興味本位なのですがあとどのくらい【エリクサー】があるのですか?」

「うーん。このひと月空腹を満たすために結構飲んだけど、まだこの訓練所が一杯になるくらいはあるかな」

グレイが考えながら答える。

「・・・ごめんなさい。聞き間違いでしょうか。この訓練所を満杯って聞こえてしまったのですが・・・」

アリシアが再度グレイに確認する。

「うん。聞き間違えじゃないよ。この訓練所くらいは余裕で満たせるくらいの【エリクサー】を持ってる。出してみようか?」

「・・・やはりその腕輪は反則的ですわね・・・ですが出すのは大丈夫ですわ」

アリシアが断ったのに加えてイズも声を出す。

「グレイ。やめておけ。【エリクサー】は特殊な状況下でないと直ぐにただの水になってしまう。一度出したら無駄になるぞ」

「え、そうなんだ。教えてくれてありがとう」

「そうなのですわね。私《わたくし》も知りませんでしたわ」

『ああ。【エリクサー】自体を作るのは簡単だ。だがそれよりももっと困難なのはそれを保存しておく容器を作ることなんだ。もちろん、グレイの持っている腕輪のように別の空間に保存しておくのであれば問題ないがな』

と、まるで作り方を知っているようにイズが説明する。

「ひょっとしてイズさんは【エリクサー】の作り方をご存知なのですか?」

アリシアがまさかと思いながらも確認せずにはいられず尋ねる。

『ああ。知っているぞ。教えようか?』

イズは何ということもなく答えた。

「い、いえ、結構ですわ」

アリシアは全力で断った。

(正直製法が気にならないといえば嘘になりますが、これ以上の火種のリスクは下げておいた方が良いですし)
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