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第70話

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「イズ、すまなかったね。長時間喋れないのは辛かっただろ?」

グレイが客室に戻るや否やずっと沈黙を貫いてくれていたイズに謝る。

イズはパタパタと飛び、テーブルの上に静かに着地すると、

『いいや。問題ない。それより、あの男がアリシアの父親というものなのだな。中々、懐の深そうな男ではないか』

ゾルムのことを高く評価する。

「そうだね。もしかしたら、ゾルム様ならイズのことを話しても良いかもしれないけど。どこから漏れるとも分からないから用心を重ねることに越したことはないと今のところ思っている」

グレイが考えながらそう呟く。

『・・・我は全く自覚無いのだが、アリシアの話を聞いていると元とは言え迷宮の主だったということが発覚するのは不味いようだからな。グレイの考えに従おう』

「ありがとう。不便かけるね」

『気にすることはない。寧ろ気の遠くなるほどの長い間を一人で過ごしてきたのだ。話せる相手がいるってだけで幸せだよ』

グレイの言葉にイズが嬉しそうに答える。

「・・・そうだったね・・・」

グレイはイズの言葉に、自分がイズの立場だったらと考える。

永遠ともいえる時間を一人でひたすらに過ごす。

(・・・想像しただけで気が狂いそうだ。イズはよく耐えられたな・・・できるだけ、イズが寂しい思いをしないようにしよう・・・)

グレイはそう決意する。

『ん?どうした?』

イズがグレイの様子を見てそう尋ねる。

「いや、何でもない」

『そうか。それで、木曜日というのは前に話していたあれか?7日を一単位として一週間。その内の4日目・・・だったか?』

イズが、このひと月の間にグレイから曜日について確認をしてくる。

「凄いな。一度しか話してないのに。その通りだよ。それがどうしたんだ?」

グレイはイズを褒めながら、何を言いたいのかを確認する。

『ん?ああ。先ほどの話だと、少なくともあと3日はここにいるのだろう?明日から何かするのか?』

イズがもっともな疑問を投げかける。

「・・・うーん。たぶん明日は騎士が来るらしいから事情聴取で殆どが終わると思うけど、明後日と明々後日は特にやることないかもな・・・」

グレイが考えを巡らすが特段思いつくことも無かった。

「まぁ、明日になれば週末の過ごし方も何かと決まるだろう」

グレイは楽観的に続ける。

『それもそうか。今日の所は休むといい。先ほどまで結構寝てたけど寝れそうか?』

イズがグレイの体を気遣う。

「うーん。多分寝れると思う。気にしてくれてありがとう」

グレイは自分の疲れがまだ完全には取れていないことを自覚していた。

『それなら良かった。もう眠るか?』

「うん。そうさせてもらうかな。お休みイズ」

グレイはそう言うとベッドに入る。

『ああ。おやすみグレイ』

(・・・寝てばかりで悪いなイズ。明日には本調子に戻るから・・・)

グレイはイズの言葉を聞きながら直ぐに意識が遠のいていくのを感じた。

イズはグレイが直ぐに眠ったのを見て、

『・・・ゆっくり休むといい』

ほっとしながら呟くと、窓際に向かって静かに飛んでいく。

夜空には綺麗な満月が輝いていた。



窓から気持ちのいい日光が部屋を照らす。

「ん。朝か」

グレイは目を覚ました。

『おはよう、グレイ。よく眠れたか?』

イズはグレイの傍におり、声を掛けてくれる。

「おはよう、イズ。お陰様でよく眠れたよ。ありがとう」

グレイはイズに挨拶しながら、

(・・・いいなこういうの。ずっと一人だったから誰かに起きたら挨拶してもらえるのって新鮮だ)

内心で喜ぶ。

グレイは良い気分のまま、顔を洗いに洗面所に向かうと、昨日と同様に顔を洗い、イズが渡してくれるタオルで顔を拭く。

ここでようやくグレイはふと時計を見る。

「・・・まだ、6時前か。早起きしすぎたな・・・よし」

グレイはそう呟くと準備体操を始める。

傍に居たイズは急なグレイの行動をじっと眺めながら、

『急にどうした?』

疑問を口にする。

「ああ。まだ早く起きすぎたし昨日から随分寝すぎたから体がカチコチでな。少し走ろうと思って」

グレイは準備運動を続けながらイズに答える。

イズは呆れながら、

『まったく。このひと月散々動いたじゃないか?しばらく休んでも罰は当たらないと思うがな・・・』

「ただ部屋にいても仕方ないしな。・・・それに、今後もアリシアさんの『付き人』を続けるということは似たようなことがあるかもしれない。体を鈍らせないように鍛えておくに越したことはない」

グレイは真剣な表情で呟く。

(ただ、体を動かしているだけでは足りないだろう。追々その辺りも考えないとな・・・)

『・・・なるほどな。そういうことなら我も手伝おう』

イズがグレイの言葉を聞いてそう申し出る。

「ああ。ありがとう。心強いよ」

グレイはイズの言葉に嬉しそうに礼を言う。




「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」

それからしばらくして、グレイはバルム家の屋敷の周りを走っていた。

ちなみにイズはグレイの邪魔にならぬように後ろをぴったりと飛んで距離を一定に保っていた。

(・・・しかし、広いとは思っていたが予想以上だな)

グレイは走りながら改めてバルム家の敷地の広さを実感する。

屋敷を回るように走っているだけなのだが、中々一周できない。



「はぁ、はぁ、はぁ」

グレイが一周し終わった頃には小一時間はかかっていた。

「はい。どうぞ」

グレイが立ち止まって俯いていると顔の前にタオルが声と共に出される。

グレイは反射的に受け取り、顔を拭く。

「ありがとう・・・って」

顔を拭きながら一体誰だと気が付いたグレイが慌ててタオルを渡してくれた人物を見る。

「アリシアさん!?」

そこには、ニコニコしたアリシアが居た。

「はい。おはようございます。グレイさん」

アリシアは今から運動をするような動きやすい恰好をしていた。

「あ、えっと・・・おはようございます」

グレイは戸惑いながらも挨拶を返す。

『おはよう、アリシア』

イズが今や定位置となったグレイの左肩に周りに他に人がいないことを確認しながら着地し、アリシアに挨拶する。

「イズさんもおはようございます」

アリシアはイズにも挨拶をした後、

「昨日の今日で凄いですねグレイさん」

と感心したように呟いた。
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