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第68話

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「よし、支度するか」

グレイはベッドから出て、洗面台に行き顔を洗う。

『ほら』

イズが小さな嘴《くちばし》でタオルを取り、顔を洗い終わったグレイに渡す。

「お、ありがとう」

グレイはイズに礼を言って顔を丁寧に拭き取る。

「ふぅ」

さっぱりしたグレイが深い呼吸をする。

『・・・なぁ、グレイ。我だけ昼食を食べていたことを怒っていたりするか?』

イズが聞きづらそうに確認してくる。

グレイは一瞬きょとんとした後、

「あはは、そんなことで怒ったりするわけないだろ」

と笑って否定する。

「むしろ、アリシアさんと仲良くなってみたいで良かったよ」

グレイは使ったタオルを入れる籠に丁寧に入れた後、客室の外に向かって歩き出す。

『そ、そうか。ありがとう。うむ、アリシアとは仲良くやれそうだ』

イズは見るからに顔を明るくし、グレイの左肩に止まる。

「ありがとう。俺はアリシアさんにだけは隠し事をしないって決めているからイズがアリシアさんと仲良くしてくれると本当に嬉しいよ。あ、今はイズにも隠し事をしないことに決めているけどね」

グレイが嬉しそうに言う。

『・・・と、当然であろう。わ、我もグレイやアリシアには隠し事はせぬぞ』

イズが照れながらグレイに答える。

「へへ、ありがとう。悪いけど、またしばらくの間我慢してくれな?」

グレイが客室の扉に手を掛けながらイズにお願いする。

『ああ。黙って鳥を演じよう』

イズが分かっているとばかりに返事をする。

グレイは頷いた後、

「さあ、行くか」

客室の扉を開けた。




コンコンコン

「失礼します」

グレイが食堂の扉をノックした後、中に入る。

「グレイ君!!良かった。目が覚めたのだね!アリシアには聞いていたが、無事で良かった」

グレイをバルム家の当主であるゾルムがわざわざグレイのところまで近づいて来て喜びの声を上げる。

「ゾルム様!ありがとうございます!」

グレイはまさか、ゾルムが食堂にいるとは思っていなかったのと、自分の所まで出迎えてくれるとは思ってもみなかったため驚きながら礼を言う。

「礼を言うのはこちらの方だ。娘を・・・アリシアを救ってくれて本当にありがとう」

ゾルムがグレイの手を両手で取り、頭を下げる。

これにはグレイはぎょっとする。

「ゾルム様、頭をお上げください。私のような平民に頭を下げてはいけません!」

グレイは平民だが、貴族が頭を下がるという意味を何となくだが理解していた。

貴族は上下関係を特に大事にしている。

大人たちの世界の縮図といってもいい魔法学園の中で、貴族たちを見ていたグレイはその事を良く分かっていた。

頭を下げるのは自分よりも身分が高い者に対してのみか余程悪いと思った時だけだ。

もっとも後者は殆ど見たことは無いが。

それなのに今は貴族たちのトップである3つの貴族の内の当主がグレイという平民でしかも学生に頭を下げているのだ。

グレイが慌てるのも無理からぬことだろう。

だが、

「そんなことは関係ない。恩に対する礼を言うのに身分など関係ない。・・・本当にありがとう」

ゾルムは下げていた頭を更に深く下げる。

「グレイさん、本当にありがとうございますわ」

「ズー様、アリシアお嬢様をそして、バルム家をお救いくださり本当にありがとうございました」

ゾルム以外の声がし、グレイはここにきてようやくゾルムの傍にアリシアや執事のムスターが居たことに気が付いた。

二人も深く頭を下げる。

「・・・とんでもないことでございます。皆様の気持ちは充分に伝わりました。お顔をお上げください」

グレイはこの光景は心臓に悪く、勘弁してくれと思いながら3人に告げる。

するとゾルムはグレイの手を放し、

「まだ言い足りないくらいだが、これ以上ズー君を困らせるのも良くないものな。では、食事にしよう」

テーブルに向かうように促す。

「はい。御馳走にならせていただきます」

グレイはほっとしながら礼を言い、もはや慣れ始めたグレイの座る位置に向かう。

(危なかった。あれ以上頭を下げられていたら、冷や汗で借りている服がべとべとになるところだった)




「では、頂こう」

しばらくして、テーブルに料理が運ばれ、見渡す限りの豪華な料理でテーブルが一杯になると、ゾルムが食事を始めた。

グレイはアリシアと食事をした時とは違い緊張しながら食事を始めようとするが、イズがこつんと嘴を軽くグレイの頬に小突いたことでイズのことを思い出す。

(あ、緊張しすぎてイズのことを忘れてた。・・・ごめんイズ)

グレイは心の中でイズに謝り、ゾルムに向かって言う。

「ゾルム様、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」

「ん?なんだい?私にできることならなんでも言ってくれ」

ゾルムは嫌な顔を一つもせず、グレイに答える。

「ありがとうございます。実はこいつにもこのご馳走を食べさせてやりたいのですがよろしいでしょうか?」

グレイは左肩にいるイズを左手の甲に乗せながらゾルムにお願いした。




「なんだそんなことか、もちろん構わないよ」

ゾルムはそう言うと、コックを呼び小皿を持ってこさせる。

「ありがとうございます」

グレイはゾルムに礼を言うとコックが持ってきた小皿を礼を言いながら受け取り、イズのために料理を取り分けてやる。

その様子を微笑ましく見ながら、

「はて?先ほどグレイ君に会った時にはいなかったと思うがどこにいたのかな?」

とゾルムが当然の疑問を呟く。

「先ほどは隠れていたんですよ」

グレイは動揺せずにそう答える。

隠れ方は特殊だが間違ったことは言っていないから問題ない。

「そうか。では、私たちも頂こう」

こうして三人が食事を再開した。




「ところでお父様、ナガリア達はどうなったのですか?」

食事も進み終盤に際かかったころ、アリシアがゾルムに尋ねる。

「・・・ああ。今は地下の牢に閉じ込めている。明日には騎士が駆けつけてくれるだろう」

ゾルムがアリシアの問いかけに狐につままれたような顔をしながら答える。

その表情を訝しんだアリシアがそのことについて尋ねると、

「いやね。今回の件に関して面白いくらい罪を認めているのはもちろんその他の今までしてきた罪についても正直にしゃべっていてね。書き留めている書記官が根を上げるくらいだったよ」

ゾルムはつい先ほどまでナガリアの尋問に付き合っていたらしい。

素直に話していたとすると一体どれだけの罪があったのか。

ゾルムとグレイやアリシアが分かれてからは半日近く経っているため、余程だったのだろう。

「そうですか。ナガリアは約束は守れる人間だったのですね」

アリシアがゾルムの言葉を聞いてほっとする。

独断でナガリアの部下を見逃した甲斐があったということだろう。

「ああ。人が変わったようだった。まるで憑き物が落ちたみたいに」

ゾルムがナガリアの尋問の時を思い出しながら呟く。

「それは良いことですわね。ナガリア達はどうなりますか?」

アリシアが続けて尋ねる。

「その件は騎士に任せるさ。アリシアは憎んでいるかい?」

ゾルムは隣に座っているアリシアに尋ねる。

アリシアは首を振った後、

「正直、憎んでおりました。グレイさんに対しての仕打ちは到底許せるものではありませんでしたから。ですが、今となってはもう私《わたくし》達に関わらないのでしたらどうなろうと構いませんわ」

間髪入れずに答える。

ゾルムはふむと呟いてから、

「アリシアは凄いね。グレイ君のこともそうだけど自分も殺されかけたというのにそういう風に考えられるなんて・・・」

感心したように呟く。

(本当に強く育ってくれた。私はアリシアを拉致された時のことが過ぎって正直アリシアと同じようには考えられない。当事者の一人であるアリシアがこう言っているのだからこの件に関しては私からは何も言えないがね)

ゾルムは何とか耐えたが、正直なところ尋問中に何度ナガリアを殴りつけてやりたいと思ったか数えるのも馬鹿らしいくらいであったため自分の娘が誇らしく思った。

「ありがとうございますわ。グレイさんはどう思われますか?」

アリシアがゾルムに礼を言った後、一番の被害を被ったグレイに話を振る。

グレイは黙って二人の会話に耳を傾けていたため急なアリシアの振りに動揺する。

「お・・・私ですか?」

間違えてゾルムの前だというのに俺と言いかけたのを何とか堪える。

「・・・そうだ。当事者の一人であるグレイ君の意見も是非聞いてみたいね」

ゾルムはアリシア同様、グレイの意見を聞いてみたくなった。

グレイは、少し考える素振りをする。

(そもそもナガリアって奴が先導してアリシアさんにちょっかいを掛けていたくらいしか良く分かってないんだよな・・・)

ゾルムやアリシアの話からすると、自分を迷宮に送った人間の元を辿れば今話題に上がっているナガリアという貴族なのだろう。

(あ、そうか、アリシアさんを襲った生徒の父親でもあるんだっけな・・・)

うろ覚えだが、1~2か月に前にアリシアを手籠めにしようとした男の父親でもあるはずだ。

「・・・そうですね。私はもう何とも思ってませんよ。力一杯殴ってやりましたからね」

グレイは握った拳を見せながらにっと笑って見せる。

「「・・・」」

この答えにはアリシアもゾルムも予想外だったのか驚いたように沈黙し顔を見合わせる。

そして、

「ふふふ」

「ははは」

二人は大爆笑した。

見ると傍に控えていた執事のムスターまで必死に声を出すまいと口を押さえ肩を震わせていた。

グレイは、少し不貞腐れたような顔をしながら呟く。

「・・・何も笑わなくても、ムスターさんまで・・・」

すると、ゾルムが

「いや・・・ふふ・・・すま・・・ふふふ・・・ない。そうか、『力一杯殴ってやりました』か、これは良い」

一応謝るが面白過ぎてしっかりと話すことができない。

「もう、お父様!そ、そんなに・・・笑っては・・・いけませんわ」

アリシアも所々口から出る笑いを堪えながらまるで説得力の無いことを言ったのであった。
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