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第60話

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グレイの言葉を聞いたアリシアが一瞬ぽかんとしてから、

「ふふふ、では食堂に参りましょうか。まだ朝は早いですがコックが仕込みをしているはずですわ」

柔らかく微笑み、行き先を決定する。

「ありがとう」

グレイが礼を言う。

「お気になさらなくて大丈夫ですわ。さあ、着いてきてください」

アリシアがグレイよりも少し前に出て歩き出す。

十数歩進んだ頃だろう、

「アリシアお嬢様!!」

一人のメイドがこちらに駆け寄ってくる。

それはグレイも見たことのあるメイドであった。

「サリアさん!」

アリシアが相手のメイドの名前を呼ぶ。

メイドはアリシアの所まで来ると、

「ご無事で本当に良かったです!!」

涙を流す。

「サリアさん・・・ありがとうございます」

アリシアはサリアに礼を言う。

「襲撃された上、アリシアお嬢様が連れていかれたとお聞きした時には心配でたまりませんでした」

「ご心配をお掛けしました。この通り、無事ですのでご安心ください」

アリシアが両手を広げ、サリアに答える。

サリアはようやく、アリシアの様子を見たのか。

「気づかず申し訳ございません。お怪我をなさっているのですね!直ぐに手当てを致しましょう!」

慌てだす。

アリシアの来ている制服は戦いによってぼろぼろ、更に足は既に乾いてしまったものの大量の血が流れた痕がすぐ分かる。

サリアが慌てるのも無理はないだろう。

「いえ、見た目がボロボロなだけで、怪我は治っているので大丈夫ですよ。それより、食事をしたいのですがよろしいでしょうか?」

アリシアはサリアに安心させるように言うと、希望を述べる。

「怪我は治っていらっしゃるのですね。それなら良かったです。食事はコックがいるはずなので大丈夫です。ですが、まさかその恰好で行かれる訳ではありませんよね?」

と、サリアはアリシアをじっと見つめる。

アリシアはようやく自分の恰好を思い出したのか、気まずそうな顔をし、

「・・・駄目ですわよね」

と答える。

「はい。ウェンディ奥様方がご不在とは言え、さすがに血まみれの恰好で食堂で食べて頂くわけには参りません」

とサリアが同意する。

「はい・・・。ところで、お母様はいらっしゃらないのですか?」

アリシアが返事をしてから、サリアの気になる言葉に対して質問をする。

すると、サリアは不思議そうな顔をしてから、

「ウェンディ奥様やリリィお嬢様、ソルお坊ちゃま共に数日前から別荘に移られてます。・・・まさか、アリシアお嬢様はご存じありませんでしたか?」

アリシアにとって寝耳に水の事を言う。

「はい。お父様からもお聞きしていなかったかと・・・」

(あの時は精神的に一杯一杯でしたしお父様がその話を敢えてされなかったのですわね)

アリシアは心当たりを思い浮かべる。

「そうでしたか。補足致しますと使用人共も最低人数を残しその他の者は同じく別荘に避難しております」

「それで、あまり人を見かけなかったのですね」

アリシアが納得の声を上げる。

「はい。その通りでございます」

サリアはアリシアにそう言った後、ここでようやくグレイの方を向いた。




「ズー様。アリシアお嬢様からお話は伺っておりました。よくぞ御無事でご帰還なされました」

続けて、サリアがグレイに向かって頭を下げる。

「察しますに、この度もアリシアお嬢様をお救いになされたのですよね?本当にありがとうございました」

「・・・頭をお上げになってください。・・・運がよかっただけですよ」

グレイがサリアにそのように返す。

「サリアさん、グレイさんのは決して運ではありませんのは私《わたくし》が断言しますが、困ってしまうので顔を上げてください」

アリシアもグレイに続く。

サリアはようやく頭を上げる。

「かしこまりました。使用人皆が戻ってきたらまたご挨拶させてください」

「・・・お気持ちだけで結構ですよ」

グレイは困ったように答えた。

「残念ながらそれは聞き入れませんのでよろしくお願いいたします。では、アリシア様もズー様もまずお風呂に入ってください。その間に朝食のっ準備をしておきますので」

サリアはグレイの意思を完全に無視すると、これ以上の議論は終わりだとばかりに話を変える。

アリシアはグレイの方を向くと、

「グレイさん申し訳ございません。お風呂が先になってしまいました」

お腹が空いているであろうグレイに申し訳なさそうに言う。

「いえ、このような恰好でしたら仕方ありません。サリアさんのおっしゃる通りです」

グレイがサリアの前なので余所行きの言葉で答える。

アリシアは少し残念そうな顔をしながら、サリアに対し、

「サリアさん、グレイさんにお客様用のお風呂のご案内をして差し上げてください。私《わたくし》は大丈夫ですので」

「畏まりました。では、ズー様こちらにお越しください」

サリアがグレイに声を掛ける。

どうやら来た道の分かれ道に来客者用のお風呂があるようだ。

「ありがとうございます」

グレイがサリアに礼を言い付いていこうとする。

「グレイさん、また後でお会いしましょう」

「はい!では、失礼いたします」

こうしてグレイとアリシアは一旦分かれた。




ドボン

サリアに風呂場に案内されたグレイは拉致されてから定期的に体を拭くことしかできていなかったべとべとの体を念入りに洗いに洗った後、湯船に浸かる。

「あ~生き返る~」

久しぶりの気持ち良さに思わず声が出てしまう。

『・・・おい。グレイ、そろそろ良いか?』

と何も見えないはずの空中から声が掛けられた。

グレイは驚く素振りもせず声のする方を向くと、

「ここには誰もいないから良いよ。イズ」

『ふぅ。いつか誰かが気づくのではないかとびくびくしておったわ』

グレイの言葉を聞いて、元迷宮の主であるイズが姿を現した。

「ごめんな。さっきはありがとう。色々助かったよ」

姿を現したイズに対してグレイが礼を言った。

『バリアのことか?あんなのは大したことではない。礼には及ばんよ』

まさに影の立役者であるイズはグレイの言葉にどうということもないように答えてから、

『それより、我もその風呂とやらに入って良いか?』

と初めて見る風呂に興味津々でグレイに尋ねた。
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