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第58話

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「報告致します。我らは闇と森に隠れながらナガリアの本陣である天幕近くにたどり着く事に成功し、様子を伺っておりました。周囲の警戒は厳重で攻める隙がなく、せめて動向を探ろうと待機しておりました。そうして、しばらくすると信じられない事が起こりました。天幕を中心に見えない壁のようなものが展開されナガリアの手勢が天幕にある一定以上近づけない状況になったのです。現時点で報告をしても、だからどうした、という状況なこともあり、更に待機しておりました。更に驚いたことにしばらくするとアリシアお嬢様を含め4人が天幕から出ていらっしゃったのです」

「なんだと!それでどうなった!?」

報告を聞いたゾルムが思わず席を立つ。

「はい。遠くからで話している言葉までは聞こえませんでしたがナガリアが何かを話し、周囲の全員が武器を地面に置きました」

「っ!?それでアリシア達はどう行動したのだ?」

「ナガリアともう一人黒ずくめの男を連れ、こちらに向かっております!」

「分かった。ご苦労だった!君らの片方は私についてきてくれ、そしてもう一人は今動ける者を出来るだけ集め、この敷地の入口まで集めてくれ!」

「「はっ!」」

ゾルムの指示に従い、慌ただしく動き出す。

ムスターは当然ゾルムの後に続く。

3人で敷地の入口まで走りだした。

もちろん3人ともいつ戦闘になっても良いように武器を携行している。

ゾルムは後ろからついてくるムスターに尋ねた。

「ムスター、どう思う?」

ムスターはゾルムの後ろを一定の距離を保って走りながら、

「・・・報告を聞く限りですと、アリシアお嬢様がナガリア達を下し、降伏させたようにみえます」

「・・・やはり、そうか。罠の線はあのナガリアのことだから無いとは言い切れないが、そのような手の込んだ罠を仕掛ける必要性が見られない。ほぼ、ムスターの言う通りだろう」

ムスターに答えながらもゾルムは少し困惑していた。

いくらアリシアが優秀だとは言え、捕らえられた状態から逆転することが果たして可能なのだろうかと。

(ん、待てよ・・・)

そこまで考えたゾルムはふと、先程の報告内容を思い出す。

ゾルムは同じく後方から付いてきている先程報告を持ってきてくれた部下に尋ねる。

「さっきこちらに向かっているのは4人と言っていなかったか?」

「はい。そう申しました」

部下がはっきりと肯定する。

「その内の3人はアリシアにナガリア、黒ずくめの男だったな。とすると、もう一人はどのような者だ?」

ゾルムの言葉にムスターも部下の答えに注目する。

「はい。見たことも無い黒髪の男でした。遠目からなので不確かですが、アリシアお嬢様と同年代くらいだったかと思います」

「「!?」」

その報告を聞いたゾルムに加え、ムスターまで声を出さずに驚く。

「・・・なぁ、ムスター?私はあり得ないと思いつつ一人の男を思い浮かべたのだが」

2人の様子に困惑する部下には構わずゾルムがムスターに問いかける。

緊張の連続で強張っていた表情が柔らかいものに変わっていた。

「はい、旦那様。私も同じ方を思い浮かべました」

ムスターは明らかに笑みを浮かべて答えた。





4人目の話を聞いたゾルムは自然と余裕を持ち始め、走っていた速度を落とし、歩くくらいのスピードにする。

ムスターも何も言わずゾルムに合わせてスピードを落とす。

「お二人共どうなされたのですか?出来るだけ早く待機し、備えるのでは無かったのでしょうか?」

部下が困惑するのも無理からぬことであった。

ゾルムはその言葉に対し、完全に落ち着いた様子で、

「もう大丈夫だ。全て終わった。我々はアリシアが来る前に敷地の入口に辿り着いておけば良い。歩いても我々の方が早くつくだろう?」

と事情を知らない部下にはわけのわからないことを言う。

「・・・はい。おっしゃるように確かに我々が先に到着するだけでしたら歩いて向かっても問題はありませんが・・・」

「なら、良い。歩いて行こう」

ゾルムはそう宣言した後、

「君には驚かされてばかりだな・・・グレイ君」

と誰にも聞こえないくらいの声量で呟いたのだった。




「見えて参りましたわ」

グレイと共にナガリア達を連行しているアリシアが屋敷の輪郭を認めて呟く。

せいぜい数時間位しか経っていないはずなのにもかかわらず、大分長い間離れていた気がする。

それはまさにこの数時間で起こったことがアリシアにとってとても濃密な時間だったからだろう。

ここまで来ると既にナガリアの部下たちの姿は周りにはなく、グレイとアリシアを含めた4人だけになっていた。

「・・・結構人が集まっているみたいだね」

グレイがバルム家の敷地の入口に人が集まっていることを見て呟く。

「・・・そうなのですか?私《わたくし》には暗くて見えませんが・・・」

アリシアがグレイに尋ねる。

「うん。夜目はきくんだよね」

と、グレイは何ということも無く答える。

「そのような特技もお持ちなのですわね。凄いですわ」

(ふふふ、また一つグレイさんのことが知れましたわ)

アリシアが嬉しそうにグレイを褒めた。





「ここまでくれば私《わたくし》にも見えますわ」

アリシアがそう言ったのは敷地の入口にかなり近づいた頃であった。

「アリシア!!!」

そんな時、敷地の方から誰かが一人走り寄って来た。

「お父様!!!」

アリシアは声でゾルムであることを悟り、駆け出す。

グレイはアリシアが離れた今、ナガリアと執事にとっては最大のチャンスが来たことを瞬時に判断し、2人の挙動に注視するが天幕をでた時同様黙って大人しくしていたためグレイはこっそりと安堵する。

「無事で良かった。本当に」

ゾルムは既に事情を理解しているのか警戒をすること無くアリシアを力強く抱きしめる。

「はい、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」

アリシアの目から自然と涙が流れる。

グレイが間に合わなければ確実に死んでいたのだ。無理もない。

感動的な光景に加害者であるナガリアは苦虫を噛み潰したような顔をし、グレイは温かい眼差しを惜しみなく向けていた。
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