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第55話

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「?」

執事はグレイの行動の意味が分からず疑問符を浮かべるが直ぐに理解した。

「おおおおお」

何とグレイはナイフを左手から抜き放ったのだ。

ブシュュュュュ

当然溢れ出る血。

カラン

直ぐにナイフを投げ捨て傷口を抑えるグレイ。

「・・・馬鹿なことをしますね。そんなことで私に勝てるわけないでしょう」

執事はグレイのあまりの愚かな行動に呆れ果てる。

(・・・ですが、この男は何をするか予想ができない。近づくのは危険ですね。やはり出し惜しみせず魔法で殺しましょう)

執事は次の行動を決める。

魔力を最低減で済ませるため、執事はグレイを確実に殺せる隙を見計らう。

自然と膠着状態になる。

意外にもその状況を破ったのはグレイの方だった。

「どうした?もう来ないのか?」

グレイが執事が攻撃を仕掛けて来ないのを見て声をかけると、

「なら・・・俺から行くぞ」

血だらけの左手を抑えたまま真正面から執事に向かって走っていく。

「・・・これは驚きましたね。隙だらけです」

執事はグレイの頭を目掛けて魔法を発動させようとする。

だが、発動しなかった。

「なっ!!」

動揺する執事。

「隙だらけなのはあんたの方だよ」

グレイが執事の隙をついて懐に入り込むと右拳を下から上に振り上げる。

「くっ」

何とかギリギリ避ける執事。

だが、

「なんだとっ!!」

グレイは今度は怪我をしている左手をまっすぐに繰り出した。

「がぁっ!!」

グレイの攻撃は右の攻撃さえ避ければチャンスはまだあると目論んでいた執事のみぞうちを確実に捉えた。

とまらず崩れ落ちる執事。

見事に気絶していた。

「・・・まずは一人」

グレイが倒れた執事がしっかりと気絶したことを確認すると、ナガリアの方に顔を向けた。




(・・・倒してしまいましたわ。あの執事を)

アリシアはグレイが勝利したことに喜ぶと同時に驚いていた。

自分でも手も足も出なかった相手にグレイが勝利してしまったからだ。

(確かに私《わたくし》の攻撃を受けて疲弊していたのでしょうが、それを加味したとしてもグレイさんが勝つというのは普通ではありえませんわ。それなのに勝ってしまわれるなんて・・・)

アリシアはグレイに運命を託そうと思っていたがこうもすんなりと倒してしまうとは思っても見なかったのだ。

(・・・参りましたわ。格好良すぎですわ)

アリシアは自然と顔が火照るのを感じた。



「さあ、次はお前の番だ」

グレイがナガリアに向かって声をかける。

「・・・お前だと?平民の分際で舐めおって」

ナガリアは執事が倒された事実を信じられない気持ちで受け止めながらもグレイの言葉が癇に障り言い返す。

「ああ。あんたが誰だろうがどうでもいい。手を出しちゃいけない人に手を出したんだ。お前で充分だ」

グレイが再度拳を握りしめ、ナガリアに近づいていく。

ナガリアは目の前の取るに足りないはずの相手の異様な迫力に押され、下がっていく。

「ぬっ」

ついにナガリアの背は天幕の端まで追いやられる。

「ちぃ!」

ナガリアは何かの魔法を放とうとする。

が、

「遅い」

それよりも早く、グレイの渾身を籠めた右拳がナガリアの顔面を見事に捉えた。

崩れ落ちるナガリア。

「・・・せいぜい反省しろ」

グレイは気絶したナガリアに向かって忌々しげに吐き捨てたのだった。





「ふぅ」

全てを終えたグレイは深い息を吐いた。

「グレイさん!!!」

トン

背中から軽い衝撃、そして感じる柔らかい感触。

体の前に回される白く華奢な腕。

「・・・アリシアさん」

グレイは首だけを後ろに向き、アリシアに声をかける。

ギュッ

「よくぞ、ご無事で・・・」

アリシアの震えた声と共に腕に力込められる。

グレイの位置からは見えないがきっとアリシアは涙を流しているのだろう。

グレイはこみ上げるものを感じながら少しうつむき目を瞑る。

「・・・ありがとう。よく顔を見せてくれないかな?」

「・・・」

グレイの声に少しためらいがちに腕が緩む。

恐らく、涙顔を見られるのを躊躇しているのだろう。

グレイはゆっくりとアリシアの方を向いた。

アリシアは気恥ずかしいのか、少しうつむいていた。

「アリシアさん」

グレイが声をかけるとアリシアはようやく目を合わせてくれた。

「グレイさん・・・」

(長かった。時間にしてはそこまで経ってないのだろうけどもう1年くらい会ってなない気がする)

「・・・ただいま。アリシアさん」

グレイが笑顔でそう言う。

アリシアははっとしてから見惚れるくらい良い顔で

「・・・お帰りなさい」

と頷きながら温かく迎えてくれた。

グレイとアリシアの間で何とも言えない穏やかな空気になる。

アリシアはグレイの血まみれの左手のことを思い出し、

「そうでしたわ!グレイさん。左手の治療をしませんと。少しは魔力が戻りましたので治せますわ!!」

慌ててグレイの左腕を優しく掴む。

「大丈夫だよ」

グレイが苦笑いを浮かべながらそう言うが、

「大丈夫なわけありませんわ!!早く、治療しませんと」

アリシアは聞く耳を持たないが、すぐに

「あれ・・・傷が治ってますわ」

戸惑いの声を上げた。

「うん。だから大丈夫。心配してくれてありがとう」

グレイが礼を言う。

「一体どういうことなのですか?」

「この件に関しては落ち着いたら話すよ。まずはアリシアさんの屋敷に戻ろう」

グレイは周りを見回しながらそう提案する。

「・・・そうですわね。私《わたくし》としたことが優先事項を間違えてしまいましたわ」

アリシアが動揺しながらそう答える。

「落ち着いたら、拉致されてから何があったかも教えてくださいね」

「もちろん話すよ」

グレイがアリシアの言葉に頷いてから、天幕の中央に向かって歩いていく。

そして、アリシアが縛られていた魔法封じの縄を取る。

(ん?これって魔法封じの縄だよな?切られた跡がある。アリシアさんを見た感じ刃物を持っていなそうだし、周りには黒ずくめが使っていたナイフ以外見当たらない。・・・なるほど。アリシアさんが魔法封じ対策を会得したってことか)

グレイはそう考え、アリシアの方を向くと、

「凄いね。アリシアさん。この短期間で魔法封じ対策までしていたなんて」

「!?・・・ありがとうございます。グレイさんの方こそ凄いですわ。その縄を見ただけでその結論に行きつくとは」

アリシアはまさかグレイがそのことを言ってくるとは思ってもいなかったため戸惑いながら礼を言う。

「後でお教えしますわね。これはグレイさんに最も合った魔法の使い方と思いますし」

アリシアの言葉にグレイは驚き、

「それは楽しみだ」

と興味深そうに呟いた。
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