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第51話

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アリシアは魔法封じの縄を千切って見せる。

「なっ!?」

これには思わずナガリアも驚愕する。

アリシアはそのまま椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、ナガリアに向かって魔法を発動する。

ナガリアの体ほどある火の玉がまっすぐ飛んで行く。

どんなに熟達した者でもこのタイミングなら躱せない。

アリシアはそう確信した。

だが、ナガリアに魔法が直撃する瞬間、アリシアの放った魔法は何事も無かったように掻き消えた。

「えっ」

これにはアリシアは驚きの声を上げる。

そして、いつの間にかナガリアとアリシアの間には覆面を取った黒ずくめの男が無言で立っていた。

「・・・ふぅ。今のは少々肝が震えたわい。助かったぞ」

ナガリアが額に浮かんだ冷や汗を腕で拭いながら目の前に現れた執事に向かって礼を言う。

「旦那様・・・油断が過ぎますよ。私が間に合わなかったらどうなっていたことか」

執事は珍しく呆れたようにナガリアに言う。

「何だかんだ言ってお前が陰で見守っていたことが分かっていたからな。結果的には問題なかろう」

ナガリアが平然と言ってのける。

「・・・」

執事はナガリアの言葉に無言になる。

気配は完全に消していたはずなのにナガリアにはバレていたことに驚いていたからだ。

執事は直ぐに気を取り直しアリシアの方に意識を向ける。

「さて」

「くっ!」

アリシアは完全に優位だった状況がガラッと変わってしまったことを悟り、一度下がろうと足に力を込める。

「遅い」

ドン!

飛び下がる前に執事はアリシアの前に突然現れ、蹴りを入れる。

見事に吹き飛ぶアリシア。

「かはっ」

物凄い衝撃に一瞬呼吸が出来なくなるアリシア。

「ぐぅ」

更に蹴られた時に咄嗟に体を守るために庇った腕から激痛が走る。

(これは腕が折れてますわね。なんなのですのあの男は、全く動きが見えなかったですわ)

アリシアは先ほどまでの激情が痛みによって軟化し、冷静な頭で考える。

(勝ち目がありません。ナガリアが目の前にいるのに退却するのは口惜しいですが一旦退くしかありませんわ)

アリシアが退却を判断した瞬間、

「っ!!」

執事が何かをし、アリシアの左足に激痛が走る。

アリシアが直ぐに左足を確認すると、指一つ分の大きさで穴があき、そこから止めどなく血が流れていた。

(一体何が・・・全く見えませんでしたわ)

アリシアは警戒を怠ったつもりは全くなかったのに執事の攻撃を受けてしまったことが信じられなかった。

(格が・・・違い過ぎますわ)

「ほぅ、魔法封じの縄を切ったのですね。この位置からすると爪を強化して切断したようですね」

執事は、アリシアを縛っていた縄を観察しそう判断する。

「魔法封じの縄をこのように無効化させるとはやりますね」

「どういうことだ?魔法封じの縄で縛られていては何もできぬはずだろう?」

「あまり知られてはおりませんが、魔法封じの縄で無効化できるのは自分の外に出る魔法だけなのです。つまり、自身に対しての魔法の行使は理論上は可能です。そこでこの娘は自分の爪を強化して縄を切ったのでしょう」

「自身を強化だと?聞いたことないぞ」

「そうですね。この国では知られてはおりませんが、ここより遥か東方に住む者達はこの強化を好んで用いている者がいると聞いたことがあります。私も過去に一度相対し、中々手ごわかった記憶があります」

「ほう。そうなのだな」

ナガリアが執事の言葉に感心したように呟く。

執事は、痛みに顔をしかめながらもこちらを睨みつけているアリシアを見て考える。

(少なくともマギー様の一件の時はこれは出来なかったはずだ。それをこの短期間で克服したということか。魔法での自身の強化というこの国では誰も考えていない発想をし、さらにそれを行使出来るようにしたとは・・・この娘は危険だ。生かしておくと必ず旦那様の脅威になる)

執事は目の前の娘の才能に恐怖を覚えた。




「旦那様、この娘をこの場で殺しましょう」

執事はアリシアに殺気を送り、ナガリアに向かってそう提案する。

(何という殺気ですの・・・)

アリシアは執事の殺気を向けられ体の痛みも忘れ、硬直するのを感じる。

「・・・お前がそこまで言うとは珍しいな。この娘を生かしておくと今後の障害になるということか?」

ナガリアが執事に向かって確認を取る。

「はい。短期間で自身への魔法強化を編み出すほどの才能です。味方であれば頼もしいですが、敵であれば脅威でしかありません。後、数年もしたら私を超えるかも知れません。今の内に不安の芽は潰しておいた方がよろしいかと」

執事が油断なくアリシアを目で捉えながらナガリアに続ける。

「それは、この娘を使ってこの戦いを勝利に導くことよりも優先すべきということか?」

ナガリアが再度確認してくる。

「はい。旦那様であれば、正攻法でも処理することは可能でしょう。ただ、その場合はこの娘を殺すことはできなくなります」

「ふむ・・・」

つまり、執事はこう言いたいのだろう。

ゾルムに対しての勝利は、アリシアを使わずともナガリアには可能だ。

しかし、その場合アリシアを殺すわけにはいかない。

結果として、不安の芽であるアリシアを殺す機会を失ってしまうと。

(こやつが・・・あの『闇朧《やみおぼろ》』が言うのだ。正しいのだろう。よし・・・)

「分かった。好きにするがいい」

ナガリアはこの場でアリシアを殺すことを決めた。

(この戦いにおいてこの娘は生かしておこうと思ったがこやつが言うなら仕方あるまい。なぁに、生きた状態でなくともこの娘を攫ったという事実があればどうとでもなる)

今回の戦いでも自分の優位は変わらない。ナガリアもそう判断した。

「ありがとうございます」

執事がナガリアに礼を言う。

普段であればこういう提案はしないようにしていた執事だが、目の前の娘の脅威を考えると提案しないという選択肢は無かった。

執事がアリシアに向かって一歩近づく。

アリシアは痛みを堪えて無理やり、無事な方の右足に重心を寄せて立ち上がる。

左腕は折れているため、右腕を執事に向ける。

「すまないが、命を絶たせて貰いますよ」

執事がアリシアに向かってそう宣言をする。

「・・・やれるものならやって見なさい」

明らかに虚勢ではあるが、アリシアが執事に向かって静かに返事をする。

「そうさせて貰いますよ。ああ。抗えるだけ抗ってくださって結構ですので」

現時点では執事の方が強いのが分かっているため、余裕を持った態度でまた一歩近づく。

「あら、そんなことを仰って良いのですか?後悔することになりますわよ」

アリシアはチャンスを伺いながら答える。

(あと、もう一歩。それが私《わたくし》の最期のチャンスですわ)

アリシアはどう足掻いても今の自分では目の前の男には勝てないことは痛いほど理解していた。

(ですが、ただでは死にませんわよ。あの男・・・ナガリアだけは許しません)

アリシアはグレイに救って貰った命をこんな早くに失ってしまうのはグレイに申し訳ない気持ちで一杯であったが、どうせ失うとしても逆恨みでグレイを対象にしたナガリアだけは道連れにしてやる気持であった。

「・・・」

執事が黙って再度一歩を踏み出し、何かをアリシアに向かって放出する。

ダンッ!!

アリシアがそのタイミングを見計らい、無事な方の右足を強化して大きく跳躍する。

「なっ!」

これには執事も驚きの声を上げる。

「あなただけは、許しません!!」

アリシアが自身の全ての魔力を込め、特大の炎をナガリアに向けて放った。

ドガァァァァン!!!

大音量を立てながら天幕内に大きな炎がさく裂した。

ドン

「ぐっ」

爆発の影響で吹き飛ばされたアリシアが再度、天幕の端にぶつかり、苦悶の声が漏れる。

痛む体を必死に動かし、自分の放った魔法の結果を見た。

周りの調度品などは跡形も無くなっており、煙が上がっていた。

それにも関わらず天幕は壊れず、外から誰かが来る様子もない。

恐らく、防音と高耐久の魔法陣が天幕に施されているのだろう。

(・・・グレイさん、仇は討ちましたわ)

アリシアは命中した手応えを感じていた。
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