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第49話

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「うっ」

アリシアがすぐに覚醒する。

どうやら、部屋が吹き飛ばされた時に壁にぶつかり気絶していたみたいだ。

幸いにも多少の痛みはあったが動くのに支障が無いことを確認するとアリシアが立ち上がる。

「一体何が・・・」

アリシアが状況を確認するために吹き飛ばされた部屋に向かってゆっくりと近づこうとしたその時、

ガンガンガンガン!!

とてつもなく大きな音が屋敷中に響き渡る。

「「「敵襲!敵襲だぁ!!!総員すぐに戦闘準備をしろ!!!」」」

思わず耳を塞いだアリシアはそれが味方側の合図であることを悟る。

「・・・どうやら攻めて来られたようですわね」

(まさか、こんなにも早いとは)

ゾルムの言い方だとナガリアに今回の隠居話が来たのは1日か2日前の話だろう。

それなのにこんなにも早く来るとは・・・。

アリシアは慌てず、まずどう動くべきかを考える。

(まずは、お父様や家族の皆と合流しましょう)

有事の際は食堂に集まるということにしていたこともあり、アリシアは迷わずそちらに向かおうと動き出す。

そんな時だった。

「残念ながらあなたには私と一緒に来て頂きます」

背後から見知らぬ声をかけられたのは。

「っ!?」

アリシアは咄嗟に後ろに向かって水の魔法を放つ。

アリシアは距離を取り振り返った。

「・・・どこ!」

だが、眼の前には誰も居なかった。

アリシアは身を守るため体を覆うようにバリアを張る。

「・・・お若いながら良い判断ですね」

アリシアが声のした方を見上げる。

「・・・中々変わった方ですわね」

動揺を悟られないように落ち着いた風を装い呟く。

侵入者は何事も無いように天井に足をついてアリシアを見下ろしていた。

暗さもあるが目もと以外を隠すような全身黒ずくめの格好のせいでどんな相手かは良く分からない。

アリシアはそれとなく後退していく。

「・・・時間稼ぎは無駄ですよ」

「!?」

次の瞬間にはいつの間にかアリシアの背後に現れる侵入者。

バリアの上から鋭い蹴りがアリシアを襲う。

ドゴン!

一瞬で壁にぶつかるアリシア。

バリアを張っているお陰で外傷は無いが凄まじい衝撃で体が悲鳴を上げる。

「ぐぅ」

(意識を繋ぎ止めないと)

気を抜くと気絶してしまいそうになるのを無理やり耐えるアリシア。

だが、余りの衝撃でバリアが解けてしまった。

「あれを食らって気絶しないとは大したものですね」

「くっ!」

突然後ろから聞こえた声にすぐに振り向こうとするアリシア。

トン

しかし、相手の攻撃が一歩早くアリシアは気を失い、床に崩れ始める。

「任務完了」

それを途中で受け止めた侵入者は一言呟くとアリシアを持ってきた袋に詰め、肩に担ぐ。

「待て!!」

遠くからの強い口調に振り向く侵入者。

この屋敷の主人であるゾルムが鬼の形相で走って来ていた。

「・・・」

侵入者はゾルムを一瞥すると、すぐさま走り出す。

それは余りにも速く、人ひとりを抱えているとは思えないくらいであった。

ゾルムは必死で追いかけ、侵入者に続いて穴の空いた部屋から外に出ようとする。

「お待ち下さい!今外に出るのは危険です!!」

執事のムスターがゾルムを後ろから両腕で止める。

「離せ!ムスター!!」

ゾルムはムスターを振りほどこうと暴れる。

「行ってはいけません!!罠を張っているに違いありません!!」

ムスターは振りほどかれまいと全力でゾルムを拘束する。

「おのれ!ナガリアめぇぇぇぇ!!!」

ゾルム悔しさのあまり腹の底から怨嗟の声を上げたのであった。




「ふむ・・・追ってこないか」

侵入者が後ろを伺いつつ、呟く。

アリシアを担いでいるにも関わらず全く疲れを感じさせないしっかりとした足取りである。

(旦那様の予想では、娘を奪われたバルム家当主が激情して追ってくる可能性もあると仰っていたが・・・)

侵入者にはバルム家当主の恨みのこもった声が届いていた。

当然そのまま追いかけてくると思っていたのだが、、、

(・・・どうやら優秀な手駒がいるようですね)

もし、バルム家当主が追いかけて来ていれば張り巡らせた罠でこの戦いを終わらせることができたのだが、そう上手くは行かないということだろう。

(まぁ、当初の目的である娘の拉致は成功したから良しとしましょう。周りも騒がしくなってきましたし、早くこの場から離れるのが得策ですね)

侵入者は現状の成果に満足すると、慌てて警戒態勢を上げて集まり始めた烏合の衆に見つから無いよう走る速度を更に上げ、誰にも捕捉される事なくバルム家の敷地内から脱出するのであった。






「・・・もう追いかけたりしない。離せ、ムスター」

ゾルムが落ち着きを取り戻し、ムスターに言う。

「失礼致しました」

ムスターはゾルムを拘束を解くと頭を下げる。

「いや、私が正気ではなかった。よくぞ、止めてくれた」

(実に巧妙だったが、恐らく、私が駆けつけるタイミングをわざと見計らっていたのだろう。我を失って追いかけていたら、私が負けていたに違いない)

ゾルムは少しだけ冷静さを取り戻すと、先ほどのことを振り返る。

「・・・参ったな。まさかいきなりこのような手段で来るとは」

完全に予想外であった。

襲撃のタイミングも想定よりも格段に早い上、こちらの虚を突いてアリシアをまんまと攫って行くとは。

「どうやら、ナガリアは過去の感覚を取り戻しつつあるらしい」

ゾルムは直接見たことは無かったが、よくナガリアの雄姿を聞いたのを思い出す。

最近では見る影も無くなったのでその事をすっかりと忘れてしまっていた。

「・・・『氷魔』ですか」

ムスターがナガリアの当時の二つ名を呟く。

『氷魔』・・・全盛期のナガリアの二つ名である。ナガリア自体は武の才に恵まれなかったが、それを補ってもお釣りがくる頭脳を持っていた。更に、こと戦闘においては、感情など無いのではと思うくらい冷徹にことを運ぶ様からいくつもの戦いにおいて最大限の戦果を上げて来た。その様子を誰が呼び始めたのか『氷魔』と呼ぶようになったという。

「そうだ。どうやら、あいつを追い詰めすぎたことで覚醒させてしまったようだ。アリシアを連れ去られてしまうとは・・・完全に私の失態だ」

ゾルムが悔しそうに歯を噛み締める。

「・・・」

ムスターが今は何も声を掛けない方が良いと判断し、黙ってゾルムを見守る。

ゾルムは一度目を強く瞑り、頭を振ると目を見開き、ムスターに指示を出す。

「・・・もう今夜の襲撃はない。警戒をし始めた皆を静まらせるんだ。そして、二人一組で何組かでナガリアの偵察に向かわせてくれ」

そこには、先ほどまでの打ちひしがれたゾルムの姿は無かった。

(いつもの旦那様だ。良かった)

ひとまず、表面上は冷静さを取り戻した主人を見てムスターはほっとしてから、

「はい。直ちに」

と返事をして、ゾルムの指示を伝えに動き出そうとしたとき、続けてゾルムが声を掛ける。

「ムスター。・・・勝つぞ。ここから挽回だ」

「っ!?はいっ!!」

ムスターは元気に返事をすると、駆け出したのであった。



ナガリアが夜空を眺めながら酒を飲む。

周りには多くの手下たちが辺りを警戒している。

「・・・そろそろあやつが戻って来る頃だな」

ナガリアがぼそりと呟く。

今回の戦いは、同じ戦力であれば圧倒的にナガリアの方が有利である。

バルム家の方は本音はさておき建前上は先手を打つことができない。

まだ知れ渡っている訳ではないが表向きはナガリアの方には既に罰が与えられているからだ。

当然、バルム家はナガリアに罰が与えられていることを把握しているなため、先にナガリアを攻めることはできず、来るか分からないナガリアの攻撃を受ける側に回らざるを得なかった。

一般的に攻めるよりも守る方が遥かに難易度が上がる。

単純にいつ攻めて来るか分からない状態でずっと待機しているのは至難の業だろう。

だから、バルム家の方ではナガリアが攻める可能性がある日数を決め、その間を守るということで緊張状態を高めようとしていたはずだ。

当然、国王から手紙が届いた日からの数日間は攻められる可能性は低いと判断し、警戒度もそこまで高く無いに違いない。

ナガリアはそこをついた。

まず、手紙を貰い憤った後すぐに切替えバルム家の屋敷に向かったのだ。

幸いバルム家の周りには身を隠すに役立つ木々が沢山あるため、集合場所を決めて手下たちには個別で移動をするようにした。

また、もし捕捉されても良いように格好は森に居てもおかしくない格好をさせた。

「そのおかげで、まるで山賊だか盗賊の集団みたいになったがな」

ナガリアが目線を周りの手下に向けてぽつりと呟き、小さく笑う。

まぁ、格好などどうでもいいのだが。

何故こんなにも大量の手下を直ぐに集めることが出来たかというとナガリアは昔から少しずつ有事の際に自分のために動いてくれる者を増やしていたからだった。

やがてその数は多くなり、表向きは村と呼べるレベルにまで昇華していた。

普段はそれぞれが生計を立てて過ごしているため、その村のほぼ全員がナガリアの手勢であると気づけるものはまずいないだろう。

ナガリア自体もその連中との接点を表向きには全くとっていないので尚更だ。

バルム家の誤算の一つ目がこの村の存在であろう。

さすがに今回は急だったため、村の全員が来れた訳では無いがそれでも1000人は連れてくることができた。

攻める人数としては申し分ない。

更に時間が経つにつれてどんどん人は増えていく。

兵糧に関してもその村で蓄えている物が沢山あるため、数十日なら余裕で戦うことができる。

そして何よりも最も大きなバルム家の誤算はナガリアには一騎当千の強者が常に傍にいたということだろう。

今回の奇襲はその二つがあって初めて実行に移せたのだ。

「正直いって儂が負ける要素は無いゾルムの奴に負けを認めさせた後、儂の勝因を語ってやるのが楽しみだ」

ナガリアは久しぶりの戦闘にも酔っていた。

今回の戦闘の最大の目標はバルム家から働きかけてナガリアに対する処分を撤回させることだ。

それが敵わない場合でも自分にこのような仕打ちをしたゾルムに対して思い知らせてやるつもりであった。

序盤は完璧、今もどんどん手下の数も増し、ナガリアの優位は上がるばかりだが、直感とも呼べるものがナガリアに警鐘を鳴らしていた。

(何だ?何かを忘れている気がする)

ナガリアは何度もそのことを考えるが頭の中のもやもやが払拭できない。

(・・・久しぶりの戦闘で勘が鈍っているのだろう。気にするのはやめだ)

いくら考えても分からないのだ。勘違いだろうと判断する。

そんなときだった。

目の前に全身黒ずくめの男が現れる。

周りに控えていた手下たちが警戒する。

ナガリアは手下たちを制してから、目の前の人物が持っている袋を確認し、

「・・・よくやった。こちらに来い」

と言って椅子から立ってから、後方にある自分の天幕に黒ずくめを中に誘導したのだった。
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