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第43話

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「なあ?」

グレイが迷宮の主に向かって声を掛ける。

『・・・なんだ?』

迷宮の主が返事をする。

「ありがとうな。あんたが声を掛けてくれなければ俺はあのまま死んでいた」

グレイが座ったまま、頭を下げる。

『っ!?・・・気にするな。我も念願の踏破者があと一歩のところで試練達成ならずというのは嫌だっただけだ』

迷宮の主が一瞬動揺した後、早口気味で理由を口にする。

「ははは、そうか。理由は何でもいいや。とにかくありがとう」

グレイが再度礼を言いながら立上り、

「あの壁まで行けばいいんだったよな?」

『ああ。そうだ』

迷宮の主の言葉を聞きながら一歩一歩歩いて行く。

(あと少しで、この迷宮から出ることが出来る。一体、俺が拉致された時からどのくらい経ったのだろうか)

拉致されたときに棺桶で目覚めてからの正確な日数が分からない。

きっと1週間くらいだとは思うが・・・

(そして、ここから魔法学園までは一体どのくらいの距離があるんだろうか)

少なくともグレイはこの迷宮についての話を聞いたことが無かった。

『転送』によって飛ばされたことを考えても相当な距離がある可能性は否定できない。

(せめて、国外でなければいいが・・・)

国外の場合は、入国に手間取ってしまうことが想定されるため、それだけは勘弁して欲しかった。

ここで、グレイは棺桶で倒した魔人形の前に辿り着く。

(この棺桶は回収しておこう。【格納】)

グレイは棺桶に手を触れ、腕輪の力で棺桶をしまう。

その位置から目的地であった壁までは数歩歩くだけで辿り着いた。

壁の前に立ったグレイは後ろを振り返る。

「・・・たったこれだけの距離が恐ろしく長く感じたな」

どれだけの人数がここまで辿り着いたかは分からないが、その全員がここで命を落としたのだろう。

たったこれだけの短い距離で。

グレイは目を瞑り、ここで散った者達のために祈った。

「よし。行くか」

目をあけたグレイは再度壁の方に向き直り、手を触れる。

そうすると、今まで壁だと思っていたものの一部に人一人が通れるくらいのサイズの出口が出現する。

「・・・ここは、重厚な音を立てたりして勿体ぶった感じで開いて欲しかったな」

余りにもあっさりし過ぎていたので思わず、呟くグレイ。

『それは済まなかったな』

先ほどまでどこから聞こえていたか分からなかった迷宮の主の声がグレイの呟きに反応する。

「そこにいるのか?」

先ほどまでの明るい位置からすると中は暗く、グレイには迷宮の主がどこにいるのか分からなかった。

『ああ。もうトラップも何もないから安心して入ってこい』

迷宮の主がグレイの中に呼ぶ。

「分かった」

グレイは今更だまし討ちみたいなことは無いだろうと思い、躊躇わずに中に入っていく。

「おお・・・急に明るくなった」

グレイが入った瞬間に部屋が明るくなる。

そこは、グレイの寮の部屋位の小さな部屋であった。

「なんだ?水晶か?」

グレイは直ぐに中央にある台座のようなものに赤く光る水晶が置いてあることに気が付く。

サイズとしては、人の顔位のサイズだろう。

向かい側が見える位透けている。

『おい。我にはノーコメントか?』

再度聞こえてくる迷宮の主の声。

「え?ノーコメントも何もどこにいるんだ??」

グレイは辺りを見渡しても中央の水晶以外に何も無い部屋を見回しながら困ったように呟く。

『ええい。どこを見ておる。目の前にいるだろうが!?』

やや怒ったような声がグレイに掛けられる。

声が反響するからか出処を探そうにも部屋の中を見回すしかないため見つからない。

「目の前?」

グレイは目の前には水晶しかないよなと思いながら、ふと下を向く。

「は?嘘だろ??」

グレイは、思わず呆気にとられた。

『やっと気づきおったか。全く、見つけるのが遅いぞ』

そこには何とも可愛らしいが呆れたようにグレイを見上げていた。



「えーっと・・・あんたが迷宮の主なのか?」

グレイは認めるのに躊躇しながら足元に居る小鳥の姿をしたものに問いかける。

『確認するまでも無かろう。我がこの迷宮の主だ』

器用に胸を張るような仕草をして小鳥が頷く。

「・・・そうか。分かった」

グレイはもはや何も言わないと心の中で決意し、無理やり自分を納得させる。

『人間よ。大儀であった。永遠とも思えるような日々を過ごした甲斐があった』

小鳥・・・迷宮の主が涙を流す。

「・・・偶然が重なっただけだよ。運が良かっただけだ」

グレイは、涙を流す迷宮の主を見て、「あ、やっぱり鳥じゃないのか」と心のどこかで納得しつつ、今回の踏破が自分の力では無いと主張する。

『どう考えるのもお前の自由だが、過去に何千、何万もの人間がこの迷宮に挑戦し、お前だけが踏破した。この事実は変わらない。そして、我はお前に感謝しかない』

迷宮の主が涙を流したままグレイに向かって頭を下げる。

グレイはそんな迷宮の主を見て、

「グレイだ」

『ん?グレイだと?』

頭の位置を元に戻した迷宮の主が小首を傾げる。

「ああ。俺の名前だ。グレイ・ズーという」

『名前?・・・そうか、人間の個体名か。グレイというのだな』

迷宮の主は名前という概念を忘れていたのか理解が遅れた後、ようやく理解する。

「それで?」

『ん?それでとは?』

「あんたの名前だよ。大昔はどうか知らないが、現代では名前を名乗られたら名乗り返すのが礼儀なんだ」

グレイが丁寧に教える。

『ふむ・・・そういうものなのだな』

迷宮の主が器用に自分の翼で涙を拭いながらグレイの言葉に納得する。

そして、これまた器用に両方の翼で腕を組むようにし、考え始める。

『名前・・・名前・・・我の名前は何だったか・・・』

しばらくの間、迷宮の主が本気で考え始める。

「・・・思い出せないなら無理に思い出さなくても良いぞ」

グレイが迷宮の主が余りにも必死なため、助け舟を出す。

『・・・そうか?すまないな。確かに過去にはあったはずなのだが・・・名前というものを呼ぶ必要性が無かったものでな。どうしても思い出せない』

迷宮の主が申し訳なさそうにグレイに言う。

「ずっとここに一人でいたのか?」

グレイは気になって迷宮の主に尋ねる。

『ああ。そうだ』

「・・・そうか、大変だったな」

グレイは迷宮の主の立場になって考えてみる。

(もし俺が、逆の立場だったら数年だって耐えられなかったに違いない)

グレイも一人でいることは嫌いでは無かったが迷宮の主と同じ状況だったら耐えられる気がしなかった。

誰かに話しかけれる状態で一人なのと、誰にも話かけられない状態で一人なのとでは全く異なる。

『確かに大変だった。後何年踏破者を待たねばならないのか・・・そればかり考えていた』

グレイの考えた大変さとは別のことをもって迷宮の主が答える。

そして、何かを思いついたのか、

『そうだ!名前の件だが、グレイの名前を分けて貰っても良いか?』

話しながらも名前のことを考えていたのだろう。

迷宮の主が話題を戻してくる。

「俺の名前を?別にいいが・・・」

グレイは断る必要もないかと考え、了承の意を示す。

『感謝する!・・・グレイ・ズーから貰うとなると・・・グレイズ、レイズ、イズ・・・よし、我の名前は今この瞬間から【イズ】だ!』

迷宮の主が嬉しそうに名前を決める。

「イズか・・・良い名前だ」

グレイは自分の名前を分けるという経験は初めてだったので何だか照れ臭かった。

(だが、悪い気はしないな)

グレイは何となくだが、迷宮の主・・・イズとの距離が近くなった気がした。

『そうか?ありがとう』

イズは嬉しそうに返事をする。

「名前を名乗りあったことだし、本題に入ろうか」

色々聞きたいこと、確認したいことがある。

その結果によっては、この後も苦労することになる。

グレイは少し緊張しながらイズに言ったのであった。


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