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第42話

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ブゥン

グレイが試練開始の場所に踏み入れると直ぐ様2体の人形が出現する。

全身が影のように真っ黒である。

身長はグレイの頭一つ分くらい低い以外は手足も指もあり人間そっくりの形をしている。

(これが魔人形。太古の戦闘兵器か)

グレイは未だに動かない魔人形の横を通り過ぎようとスピードを緩めず駆け続ける。

だが、そう上手くは行かなかった。

「がはぁ」

いきなり消えた魔人形が一瞬でグレイの目の前に現れ、腹部を蹴りつけた。

グレイは血を吐きながら元の位置の壁に叩きつけられる。

「ごほっごほっ」

(とんでもない威力だ)

「!?」

苦しんでいる間に嫌な予感がし、寝転んだまま移動する。

ドゥン!

グレイが先程までいた場所に魔人形の拳の一撃が襲う。

(ちくしょう!休む時間くらいくれよ!)

グレイは痛む体を無理やり起こすと、

(【展開】)

腕輪の力を使って泉の水を口の中に出現させ回復する。

「うわっ!」

続けてでんぐり返しをして魔人形の攻撃を避ける。

一気にグレイの全身が冷や汗だらけになる。

魔人形が再び掻き消え、グレイの前に出現する。

「ぐぅ」

魔人形が放った拳をグレイは両腕を交差することで何とか受けるもとんでもない威力に吹き飛ばされる。

(ぐぅ。とんでもない威力だ。ガードしていたのに腕が折れた。【展開】)

グレイは泉の水を使い、すぐに回復する。

(なんだ?何か違和感を感じる)

魔人形の攻撃を通常なら致命傷を受けながらも避けつつグレイは違和感を感じた。

(そうか、魔人形が何故か1体しか襲って来ないんだ)

グレイは攻撃を受けた魔人形が全て同じ個体だということに気がついた。

(なるほど。【看破の試練】とはこういうことか。恐らく動いていない魔人形を破壊すれば今来ている魔人形も停止するに違いない)

グレイは再度襲ってきた魔人形の攻撃を後ろに跳んで勢いを殺しながら受け、希望的な予測を立てる。

(【展開】。くそぉ。後ろに跳んで勢いを殺してもこの威力か)

グレイは回復しながら心の中で悪態をついた。

(よし)

幸い攻撃する方の魔人形から距離が取れたため、動かない魔人形の方に向かって走る。

すぐにグレイに攻撃を仕掛けようと魔人形が追ってくるが距離が開いていたため、まだ追いつかれない。

だが、段々と距離が狭まってくる。

(ギリギリか)

後ろを振り返りながら魔人形との距離を確認しながらグレイはそう判断する。

このまま行けば攻撃を受ける前に停止している魔人形に追いつくことが出来るはずだ。

(もう後ろのことは忘れよう)

振り返りながらだと、どうしても速度が落ちるためグレイは自分の判断を信じて前だけに集中する。

(今は最初だから一体しか動いていないが次からはこうは行かないはずだ・・・どうする)

複数体の魔人形の内、一体を倒せば突破できるという願望に近い予測が正しかった場合ではあるが次からは分かりやすいようにご丁寧に停止しているわけはないだろう。

そんなに単純であれば遥か昔から現代までの間に迷宮の踏破者がいてもおかしくないはずだ。

グレイは活路を見出そうと、停止している魔人形を見据えながら必死で考えを巡らす。

「・・・え?」

グレイはここでようやく気づく。

いつも見慣れた表示が視えていることに。




『魔人形。?????歳。寿20




「は、はは。そうか、そうかよ」

グレイは自然と口角が上がっていくのを感じる。

まさかこんなことがあるだなんて思いもよらなかった。

グレイは拳を握り迷わず停止していた魔人形を思い切り殴りつける。

ドカッ!

通常より弱く出来ているのだろう。

強く殴ったとはいえ、人間の拳で破壊されたのだから。

グレイはそのまま勢いを殺さずに走り続ける。

「アリシアさんのときにも思ったがこの能力があって良かったと思える日が来るなんて思いもよらなかったぞ!!」

ブゥン

グレイが少し進むと今度は3体の人形が出現し、全体一斉に襲ってくる。

「おおおお!」

ドガッ!

しかし、グレイは直ぐ様ポイントとなる魔人形を破壊し、次に向かう。

『なんだと!?・・・まぐれなのか?』

迷宮の主が驚愕の声を上げる。

しかし、グレイは4体の魔人形相手でも5体の魔人形が相手でも確実に一発で踏破していく。

『・・・信じられん。ここまで来たらまぐれな訳が無いな。ふ、ふ、ふ、はははは!ようやく、ようやくか!!』

迷宮の主が興奮し始める。

長年待ち続けた踏破者が現れそうなのだ。

その興奮も無理もなかった。




「あと・・・少し」

気を抜けば殺されるというとんでもないプレッシャーと短距離走のような移動の連続でグレイはすでに疲労困憊であった。

さらに、魔人形の数が増すにつれてポイントとなる魔人形に攻撃を加える前に残りの数体の魔人形から攻撃を食らうようになり、全身が血だらけになっていた。

回復しようにも連戦だったため泉の水を飲む時間もない。

ブゥン

そんなグレイに追い打ちをかけるかのように10体の魔人形が現れた。

最悪なことに今までは横一列に現れていたにも関わらず、今回はグレイに近い方から4→3→2→1と逆ピラミッドのようであった。

これでは魔人形と直接ぶつからざるを得ない。

「ちっくしょう!!」

最後の最後の嫌らしい配置にグレイが思い切り叫んだ。



「おおおおお!!」

嘆いても状況は変わる訳はないため、グレイは覚悟を決めて4体の魔人形の間を無理やり進もうと駆け出す。

グサグサ!

「ぐぅ」

グレイを襲う激しい痛み。

間を抜けようとしたグレイの近くにいた2体の魔人形が手刀の形をしたままグレイの腹部を刺す。

グレイは激しい痛みに絶えながらも無理やり進む。

グサグサ

今度は4体の魔人形の内、遠くにいた2体が同じように今度はグレイの背中を刺す。

「がはっ」

堪らず口からも血を吐くグレイ。

痛みは鋭さを増し、血が急速に失っていく。

とどめとばかりに殺到してくる他の魔人形達。

『もはやここまでか・・・惜しかったな』

その状況を見ていた迷宮の主が残念そうに呟く。

(そうだ。もう少し近づけ)

グレイは傷口が開くにも関わらず少しずつ進みながら千載一遇のチャンスが来るのを待っていた。

ポイントとなる魔人形が見える位置に来るのを。

痛みの瞑りたくなる目を無理やり開けながらタイミングを見計らうグレイ。

一秒一秒が有り得ないくらい長く感じながらグレイはひたすら絶える。

(今だっ!!【展開】!)

待ち望んでいた瞬間即座に腕輪の力を使う。

グシャ

最後まで取っておいた切り札、グレイは棺桶を魔人形の上に出現させその重みで潰したのだ。

すぐに稼働を停止する残りの9体の魔人形。

ドサッ

満身創痍のグレイが地面に前のめりに倒れる。

(・・・眠い)

緊張の糸が切れ、今までの疲れがいっぺんに来たのか体が睡眠を要求する。

体中の傷口から血は流れ続けるが感覚が麻痺してしまったのか痛みは感じない。

(このまま寝てしまったら最高だろうな)

グレイの瞼が段々と閉じていく。

あと少しで深い眠りにつき、そのまま目が覚めなくなるそんな瀬戸際であった。

『おい!あと少しだろ!!気合を入れろ!!』

「!?」

迷宮の主の言葉でグレイが目を見開く。

「ぐぅ」

感覚も戻ってきたのか痛みが体中を襲う。

(やばいやばいやばい!【展開】)

バシャア

グレイは余りにも慌てていたため量の調節が出来ず泉の水を大量に出し、全身ずぶ濡れになる。

「ぐぅぅぅぅ!」

みるみる回復はしていくが治る前にどうしても傷口に水がかかるためとんでもない痛みがグレイを襲う。

グレイはしばらくの間、痛みに耐え続けた。




「ふー。ようやく痛みが終わったか・・・」

回復することで痛みから解放されたグレイは傷口がすっかり治ったことを確認しながら寝ていた状態から起き上がりあぐらをかいて座る。

「・・・何とかなったな」

グレイは目の前に広がる倒れ伏した55体の魔人形を眺めながら呟いた。

(危なかった。様々なことが全て噛み合って万に一つの奇蹟を手繰り寄せることが出来た)

グレイは泉の水を腕輪の力で再度出現させ、飲みながら振り返る。

・日記を読み、この迷宮についての情報が知れたこと

・レアアイテムである腕輪が入手できたこと

・腕輪の力を確認しておいたこと

・泉の水の効力を体験し、腕輪の力で持ち運べたこと

・棺桶を回収していたこと

・棺桶攻撃という奥の手を最後に使うまで温存できたこと

・試練の内容がグレイにもチャンスのある内容であったこと

・そして、グレイに特別な能力があったこと

どれ一つ欠けても試練を突破することは出来なかっただろう。

グレイは薄氷の上を歩くような賭けに勝ったことを大いに噛みしめた。

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