上 下
38 / 339

第37話

しおりを挟む
コンコンコン

「旦那様。お呼びでしょうか?」

アリシアが応接室から飛び出した後、すぐにバルム家の頼れる老執事がやってきた。

いつもながらの素早い動きにバルム家当主ゾルムは一つ頷き、

「ああ。ムスターよ頼みがある。実は昨日、グレイ君が拉致された。それで『探索』の魔法を使うために必要な大きめの地図を直ぐに食堂に用意してくれ!」

言葉短めに状況説明と指示を行う。

ムスターはゾルムの言葉を聞き、

「!?なんと、ズー様が・・・。畏まりました直ぐに用意致します」

驚いたのは一瞬のことで直ぐにゾルムの指示に従って行動に移す。

「では、後ほど」

ムスターはそう言うと応接室を出て行った。

「・・・相変わらずムスター殿は優秀ですな」

騎士隊長のマリー・キリッジはムスターの理解力と行動力を見て感嘆の声を上げる。

「ふふ、そうだろう」

ゾルムは、ニヤリと笑ってから、

「さぁ、食堂に向かおう」

と応接室を先に出る。

「はい。畏まりました」

マリーは返事をした後にゾルムの後に続きしばらくの間二人で肩を並べて歩く。

「・・・なぁ、キリッジ騎士隊長」

ゾルムが話しづらそうに呟く。

「はい?どうされましたか?」

マリーは今のこの状況でゾルムがどうしてこのように話しかけるのか分からず尋ねる。

「・・・何故、アリシアはグレイ君の唾液や汗がしみ込んだハンカチを持っていたのだろうか?」

ゾルムはあの場では聞くに聞けなかった疑問を呟く。

「・・・恐らくそのハンカチはグレイ・ズー四年生が先日の一件で大けがをしたときにバルムお嬢様が『回復促進の癒し』の魔法で回復させたときに痛みに耐えるために食いしばれるように貸した物でしょう」

マリーがもっともな推測を立てる。

「なるほど。そんなことが・・・」

ゾルムはそこまで細かい話は知らなかったのでハンカチにどうしてグレイの唾液や汗がしみ込んだという理由について納得する・・・が、

「だが・・・あの日からずいぶん経っているのに洗ってないのは何故なんだ?」

どうしても気になって呟いてしまった。

「・・・恐らくバルムお嬢様はグレイ・ズー4年生との劇的な出会いを思い出すために大切にとっておいたのでしょう。バルム様、乙女心というものですよ」

とマリーが自分の予想を話す。

(バルムお嬢様に取ってグレイ・ズー4年生はまさに『英雄』だったろう。私にはそのような経験はないが、もし似たような経験をしていたら私も同じようにしたに違いない)

マリーは恐らくと言ってから話したとはいえ、自分の予想がほぼ間違っていないことを確信していた。

「・・・む、そういうものなのか?」

ゾルムは理解しようとするがよく分からない様子だ。

「はい。そういうものなのです。理由はどうであれ、これで『探索』の魔法が使えます。それでいいではありませんか」

「・・・そうだな」

「バルム様・・・今の話を絶対にバルムお嬢様にしないでくださいね?下手をすると口を聞いてくれなくなるかもしれません」

マリーがこれだけは言っておかないとと思ったことをゾルムに伝える。

「う・・・分かった。肝に銘じよう」

ゾルムはマリーの言葉を心に刻んだのであった。





コンコンコン

「お父様?キリッジ様?」

ゾルムとマリーが食堂に着くと既にムスターが大きめの地図を広げて準備していた。

その後、数分してから食堂のドアをノックしアリシアが入ってくる。

「ああ。アリシア、こっちだ」

ゾルムがアリシアを『探索』の魔法をする場所に呼ぶ。

「バルムお嬢様、そちらが例のハンカチですか?」

マリーがアリシアが両手で大事に持っているハンカチを見ながら尋ねる。

「はい。こちらです」

アリシアがハンカチをマリーに渡す。

マリーは汚してしまわない様に白い布でハンカチを受け取り広げてある大きな地図の隣に置くと懐から小さな赤い石を取り出しハンカチの上に置いた。

「では、早速『探索』の魔法を使いますね」

「よろしく頼む」

「よろしくお願い致します」

ゾルムやアリシアがマリーの言葉に反応し、ムスターは黙って頭を下げる。

それらを見たマリーは一つ頷くと、地図とハンカチ、赤い石に向かって両手の平をかざし、呪文を詠唱していく。

長い呪文だ。

やがて、赤い石が微かに光を放ち始める。

まるでハンカチからグレイの情報を読み取り光ったようだ。

そして、赤い石が浮き上がり、地図の上に移動していく。

(あの赤い石が示す場所にグレイさんがいるのですわね)

アリシアがマリーの行動をじっと見守る。

緊急時でなければあれこれ質問をしていただろうが、今回は全くそんな余裕が無いためただただ成り行きを見守る。

赤い石はまず魔法学園を指す。

そして、地図に対して光の線を描きながら進み始める。

魔法学園から外へ、そして街道を進み森の深い場所へ。

ここまで来て赤い石は意外な動きを見せる。

急に消えたのだ。

そして、地図上の位置をはるかに移動した場所を示した。

その後、しばらくしても動かないことを確認し、マリーは呪文を止める。

「・・・まさか、こんなことが」

赤い石が示した場所は、

「・・・なんて事だ。よりにもよって『とこしえの迷宮』にグレイ君がいるとは」

マリーとゾルムが愕然と呟く。

「・・・お父様、『とこしえの迷宮』ってもしかして」

アリシアが衝撃を受けたように呟く。

「ああ。別名、『帰らずの迷宮』。一度入ったら出て来た者はいないという遥か昔から存在する迷宮だ。・・・残念だが、グレイ君は・・・」

ゾルムが悔しそうにアリシアの質問に答える。

「・・・そんな」

今までなんとか気力を保っていたアリシアは、あまりの結果にその場に膝をつき項垂れてしまう。

「アリシアお嬢様!!」

慌ててムスターが駆け寄りアリシアを支える。

(そんな、グレイさんが・・・。まだ少ししかお話も出来ていませんのに。せっかくこれから楽しい日々が始まるところでしたのに・・・あんまりですわ・・・もうグレイさんに会えないのですわね・・・)

アリシアは悲しみのあまり、静かに涙を流した。

「キリッジ騎士隊長。君はどう見る?」

ゾルムは悲しんでいるアリシアを辛そうに一瞥した後、マリーに尋ねる。

親としてはアリシアに駆け寄って慰めてあげたかったが、今は状況の確認をしておく必要があると考えたからだ。

「・・・はい。ご覧いただけたようにこの石が通った道がグレイ・ズー4年生の昨日辿った道すじです。まずは、魔法学園で拘束され、馬車に積み込まれて移動。そして森に用意していた『転送』の魔法陣で『とこしえの迷宮』に強制移動させられたかと思われます」

「『転送』の魔法陣は消された後だろうな・・・」

「はい。ここまでのことをする実行犯です。その辺りは抜かりはないでしょう。もちろん万が一に掛けて現地に行って見ますがあまり期待をしない方が良いでしょうね・・・」

マリーが残念そうに呟いてから、

「・・・そうか。こうなっては仕方がない。キリッジ騎士隊長は実行犯の捕縛と共に指示を出したはずのナガリアへの糸口を見つけてくれ」

「はい。畏まりました。実行犯に関しては、帰還した者がいないとされる『とこしえの迷宮』に『転送』の魔法陣を設置できたこと。そもそも『転送』の魔法陣を設置することができるということから余程の者でしょう。もしかしたら、ナガリアの方を責めた方が楽かも知れません」

「やり方は任せる。また進捗を教えてくれると助かる」

「畏まりました。では、失礼致します」

マリーはゾルムとそしてただただ涙を流しているアリシアを辛そうに見た後、食堂から出ていく。

すぐさま捜査を開始するのだろう。

「・・・」

マリーが出て行くのを見届けた後、ゾルムはハンカチを手に取り、アリシアの方に近づく。

「・・・アリシア。これは大切なものだろう?大事に取っておきなさい」

「・・・お父様。うぅぅぅ。グレイさん。グレイさんがっ!!」

アリシアはハンカチを受け取ると、精神的に限界が来たのかゾルムに抱き着き大きな声で泣く。

ゾルムはアリシアを抱きしめ返しながら拳にした手を強く握る。

(私は何て愚かなんだ。グレイ君がナガリアの復讐の対象になることくらい予想してしかるべきであったのに・・・ナガリアめ、今度という今度は絶対に許さんぞ)

ゾルムはナガリア家を徹底的に潰すことを決心した。

強く握りしめた手からは血が流れていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

伝説となった狩人達

さいぞう
ファンタジー
竜人族は、寿命が永い。 わしらの知る限りの、狩人達の話をしてやろう。 その生き急いだ、悲しき物語を。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

とんでもないモノを招いてしまった~聖女は召喚した世界で遊ぶ~

こもろう
ファンタジー
ストルト王国が国内に発生する瘴気を浄化させるために異世界から聖女を召喚した。 召喚されたのは二人の少女。一人は朗らかな美少女。もう一人は陰気な不細工少女。 美少女にのみ浄化の力があったため、不細工な方の少女は王宮から追い出してしまう。 そして美少女を懐柔しようとするが……

全裸追放から始まる成り上がり生活!〜育ててくれた貴族パーティーから追放されたので、前世の記憶を使ってイージーモードの生活を送ります〜

仁徳
ファンタジー
テオ・ローゼは、捨て子だった。しかし、イルムガルト率いる貴族パーティーが彼を拾い、大事に育ててくれた。 テオが十七歳になったその日、彼は鑑定士からユニークスキルが【前世の記憶】と言われ、それがどんな効果を齎すのかが分からなかったイルムガルトは、テオをパーティーから追放すると宣言する。 イルムガルトが捨て子のテオをここまで育てた理由、それは占い師の予言でテオは優秀な人間となるからと言われたからだ。 イルムガルトはテオのユニークスキルを無能だと烙印を押した。しかし、これまでの彼のユニークスキルは、助言と言う形で常に発動していたのだ。 それに気付かないイルムガルトは、テオの身包みを剥いで素っ裸で外に放り出す。 何も身に付けていないテオは町にいられないと思い、町を出て暗闇の中を彷徨う。そんな時、モンスターに襲われてテオは見知らぬ女性に助けられた。 捨てる神あれば拾う神あり。テオは助けてくれた女性、ルナとパーティーを組み、新たな人生を歩む。 一方、貴族パーティーはこれまであったテオの助言を失ったことで、効率良く動くことができずに失敗を繰り返し、没落の道を辿って行く。 これは、ユニークスキルが無能だと判断されたテオが新たな人生を歩み、前世の記憶を生かして幸せになって行く物語。

復讐、報復、意趣返し……とにかくあいつらぶっ殺す!!

ポリ 外丸
ファンタジー
強さが求められる一族に産まれた主人公は、その源となる魔力が無いがゆえに過酷な扱いを受けてきた。 12才になる直前、主人公は実の父によってある人間に身柄を受け渡される。 その者は、主人公の魔力無しという特殊なところに興味を持った、ある施設の人間だった。 連れて行かれた先は、人を人として扱うことのないマッドサイエンティストが集まる研究施設で、あらゆる生物を使った実験を行っていた。 主人公も度重なる人体実験によって、人としての原型がなくなるまで使い潰された。 実験によって、とうとう肉体に限界が来た主人公は、使い物にならなくなったと理由でゴミを捨てるように処理場へと放られる。 醜い姿で動くこともままならない主人公は、このような姿にされたことに憤怒し、何としても生き残ることを誓う。 全ては研究所や、一族への復讐を行うために……。 ※カクヨム、ノベルバ、小説家になろうにも投稿しています。

JOB CHANGE

サクタマ
ファンタジー
異世界召喚された警備員。 彼の異世界での職業は荷物持ち(ポーター)だった。 勇者ではない彼は大国の庇護から外れ、冒険者へ。 ただし、彼には他の人にはない[転職]を所持していた。 10歳を迎えた者は等しく神から職を授かる。 天職は変わることの無い、神の定めた道であるはずなのだが、彼はその道を変更することができる。 異世界を旅する事にした彼に異世界は優しく微笑むのか…… ファンタジー大賞は656位でした。 応援してくださっている方ありがとうございます!

処理中です...