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第29話

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「がぁっ!」

とんでもない衝撃に声を出しながら倒れるゾルゲ。

ドサッ

地面にぶつかる音が響く。

ゾルゲは白目を向いて気絶していた。

ユイはいつの間にかゾルゲの傍に来ており状況を確認した後、

「勝者グレイ・ズー!!」

グレイの勝利を声高らかに宣言したのだった。

気絶したゾルゲを油断なく見ていたグレイはユイの宣言を聞いてようやく警戒を解く。

そこへ、

「グレイさん!!」

アリシアが駆け寄ってきた。

グレイはアリシアの目元を見て泣いていた跡に気がついたがそこには触れず、

「心配かけてすまん」

近くにいるユイにも聞こえないように敬語無しでアリシアに謝る。

「本当に心配したのですよ!」

アリシアは小声で怒るという器用な事をしてくる。

結構本気で怒っているのか頭から湯気が出そうなのがひと目で分かる。

「・・・申し訳無い」

グレイがもう一度アリシアに謝ると、

「・・・ふぅ。仕方がないですわね。相談無しにこのようなことは二度としないでくださいね」

「約束する」

「絶対ですよ」

「はい」

「なら、この話は終わりです。グレイさん、おめでとうございます」

グレイの態度に溜飲を下げたアリシアはひとまず納得した後、『決闘』の勝利を祝う。

グレイは一瞬きょとんとした後、にこりと笑い、

「ありがとう。約束守ったよ」

と呟いた。

「はい!」

アリシアはとても嬉しそうに返事をした。

「グレイ!おめでとう!!」

この時、ちょうどやってきたエルリックが声をかけてくる。

後ろにはセリーがついて来ている。

「ああ、ありがとう」

(エルの奴、俺が勝って当たり前だと思ってたな)

正直、ゾルゲに勝てたのは向こうが油断しかしていなかったに尽きる。

感情を揺さぶり攻撃の軌道を読みやすくしただけに過ぎない。

最後の攻撃もゾルゲが勝ったと思い込んでいたからこそである。

(何でエルはそんなに俺を信頼できるんだ?)

グレイはエルリックを見て疑問しか浮かばなかった。

ザッ

グレイが考え事をしていると誰かが一歩近づいてくる。

「・・・あなた、中々やるわね」

セリーだった。

普段余り感情を見せなさそうな彼女は驚いたようにグレイに声を掛ける。

「あ、ありがとう」

まさか、セリーから褒められると思っていなかったため少し動揺しながらお礼を言った。

「グレイ・ズー」

今度はユイが声を掛けて来た。

肩には気絶したゾルゲを軽々と担いでいる。

グレイがユイの方を向く。

「中々興味深い戦いを見させてもらった。すまんがマードック・ゾルゲがこの有り様だ『決闘』後の要求はまた今度にしてくれ」

「畏まりました」

グレイの言葉にユイは頷いた後、

「それにしてもグレイ・ズー、お前は死ぬのが怖くないのか?」

そう興味深そうに尋ねてきた。



「それにしてもグレイ・ズー、お前は死ぬのが怖くないのか?」

ユイの言葉にグレイは肩をすくめ、

「何を言っているのですか先生。怖いに決まっているじゃないですか」

淡々と答える。

「そうか?まあ、いい。そういう事にしておこう」

ユイは意味深に呟いた後、

「お前達!残りの時間は私が戻るまで自習していろ!!」

有無を言わせぬ勢いで叫ぶ。

「「「はい!!!」」」

クラスメイトの殆どがいい返事をし、それを聞いたユイは満足そうに頷くとゾルゲを担いだまま歩いて行く。

(・・・冷静さを失わせた手腕含めグレイ・ズーの戦い方は大したものだったが、マードック・ゾルゲがもし冷静に戦っていたらグレイ・ズーは今頃この世にいなかっただろう。明らかにグレイ・ズーは死を恐れていないような動きだった。まさに綱渡りの連続で勝利をおさめたと言っても過言ではない。確かに魔法の才能はあまりないが非常に興味深い。『魔功章』を貰ったのは伊達じゃないと言うことか)

ユイは正直、グレイに感心していた。

「『S組』か担任に任命された時は面倒くさいと思ったが中々面白そうだ」

ユイは口角を上げ、ニヤリと笑った。




「ふぅ」

グレイはユイが、遠ざかるのを確認した後、ため息をつく。

「アリシア様、参りましょうか?」

グレイはすぐ傍にいたアリシアに声を掛ける。

アリシアはグレイとユイのやり取りを聞いて何かを考えている様子でグレイの言葉が聞こえていないようだった。

「アリシア様?」

グレイが再度アリシアを呼ぶと、

「あ!グレイさん。どうされましたか?」

ようやくグレイに気づき、返事をする。

「一段落しましたし、教室に戻りましょう」

「そうですわね!参りましょう」

「エルとセリーも行こう」

「うん!」

「ええ」

こうしてグレイ、アリシア、エルリック、セリーの4人は教室に向かって歩いていった。

(・・・落ち着いて思い返してみるとグレイさんの先程の戦いを見てユイ先生がああ仰ったのもよく分かりますわ。あのような戦いをしなくて良くなりますように私《わたくし》が何とか致しませんと・・・)

アリシアは左後方を付いてくるグレイのことを思いそのように決心した。

(それはそれとしてグレイさんはあのゾルゲさんに勝ってしまうなんて本当に凄いですわね)

ゾルゲは魔法のレベルで言えば上から数えて10本の指には入る実力者だ。

それを魔法を使わず制してしまうグレイは異色であった。

(私《わたくし》のために戦ってくださったのだから、今度何かお礼をしませんといけませんわね)

アリシアはグレイに何をしてあげようかをウキウキしながら教室に向かったのであった。



グレイ、アリシア、エルリック、セリーの4人が教室に戻った後は特に何事もなく終了した。

最後の授業時間にはユイが戻り、席を決めたり、自己紹介をしたりとまるで新学期のようなことをして終了した。

ちなみにグレイはアリシアの左隣りの席で目の前はエルリック、そしてアリシアの右隣はセリーという感じであった。

意図を感じる席ではあるが、一応くじ引きで決めたので偶々なはずではあった。

なお、グレイが思い切りかかと落としをお見舞いしたゾルゲは医務室の先生により直ぐに傷は癒えたが、気絶から目覚めないためまだ医務室で休んでいるということであった。

「グレイさん、セリー、参りましょうか」

一日の授業?が終わり、アリシアがグレイに声を掛ける。

「はい。畏まりました」

「ん」

その言葉に二人が返事をし、アリシアについていく。

グレイはエルリックも誘ったが、今日は前のクラスの連中に呼ばれているらしく授業が終わるや否や教室を飛び出していっていた。

『S組』の様子を聞くためだろう。

グレイの元クラスメイト達もなかなか強かである。

「あれ?アリシア様」

グレイが考え事をしながら歩いていたため、アリシアが正門とは別の方向に向かっていることに遅ればせながら気づいて声を掛ける。

「はい?どうされましたか、グレイさん」

アリシアは丁寧に振り向きながらグレイに返事をする。

「こちらは正門ではございませんよ」

「はい。存じてますよ」

「・・・えーっと」

すんなりと答えるアリシアに言葉が詰まるグレイ。

アリシアはそんなグレイを不思議そうに見ていたが、やがて何かに気づいたのか手と手をぽんと合わせ、

「そういえば、グレイさんにお話ししておりませんでしたわね。本日から、私《わたくし》も寮生活ですのよ」

嬉しそうに言った。

「え?」

グレイは思わず素の言葉遣いで驚く。

(まてまて、早すぎだろ。寮生活の話は休みの日にしたからあの話が決まってからは今日まで学園側に話せるタイミングは無いだろうに・・・恐るべし3大貴族)

「・・・理解致しました」

グレイは内心で驚愕しながらもアリシア本人がそう言っているのだから話は通っているのであろう。

無理やり自分を納得させて返事をする。

「では、参りましょう」

アリシアはグレイが納得したことを理解すると微笑みながら先を促す。

そのやり取りを見ていたセリーは、

(アリシアが私以外とあんなに楽しそうに話しているなんて珍しい。ふふ。もしかしてアリシアに春が来たのかも)

これは後で問い詰めねばとセリーは密かに決意した。



「こちらですわ」

アリシアがそう言って立ち止まったのは、本当にというのも変だが寮であった。

当然貴族女子寮である。

魔法学園の寮は大きく四つに分かれている。

すなわち、貴族男子寮、貴族女子寮、一般男子寮、一般女子寮である。

グレイが住んでいるのは一般男子寮で最低限の設備しかないが、貴族寮は、食堂なども完備されているという噂だ。

というのもグレイなどの一般寮の人間は貴族寮に入ることができないためである。

逆に貴族寮の人間は一般寮に来ることに制限はない。

もっともわざわざ一般寮に行く変わり者の貴族はエルリック位だろうが、、、

「では、また明日こちらでお会いしましょう」

アリシアがわざわざこの場所までグレイを伴ったのは、明日の朝にまたここまで来るようにという意味合いだと理解し答えるグレイ。

アリシアは嬉しそうに頷くと、

「はい。宜しくお願い致します。荷物の整理とかがありますので本日はここまでで失礼致しますわ」

グレイに向かって手を振る。

グレイはそれに対して軽く頭を下げる。

「じゃね、グレイ」

セリーもアリシアに合わせてグレイに手を振る。

「ああ。またな」

セリーに対してグレイは手をあげ反応する。

こうしてグレイはアリシアとセリーと別れた後、一日を振り返りながら帰路についたのだった。

(付き人生活一日目終了。まさか、いきなり『決闘』をすることになるとは思わなかったがまあ無事終わったからいいか。それにしてもセリーもやっぱり『貴族』なんだな)
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