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第24話

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「褒美の件とはバルム様が『しばらく時間を』と仰っていた件でしょうか?」

早過ぎる。

グレイはそう思いながらゾルムに問う。

「ああ。その通りだ。バルム家及び我々としてはグレイ君への感謝は言葉だけでなく褒美という形で渡したいと思っている」

ゾルムがウェンディとアリシアを見て二人が頷き同意を示していることを確認する。

「どうだろう。娘の付き人として雇われるというのは?」

「えっ!?グレイさんが私《わたくし》の付き人にですか!!」

ゾルムの言葉にグレイが驚く前にアリシアが声を上げて驚く。

グレイももちろん驚いたが、アリシアの驚きの声のお陰で少し冷静になり考えをまとめる。

(確かに雇われるという形をとれば俺が褒美の所為で甘え、堕落することは無い。そして3大貴族の付き人になるということは平民の俺にとっては名誉なことだ。普通は下級貴族の家督を継がない者がなるだろうからな。そして、何よりもアリシアさんの傍に周りに遠慮することなくいられるというのは個人的にも嬉しい。・・・なるほど、確かに妙案だ)

「参りました。まさかこのような短時間で私への配慮もしてくださった素晴らしい褒美をご用意して頂けるとは思っても見ませんでした。アリシア様に異論が無ければ謹んでお受けしたいと存じます」

グレイはゾルムの褒美の内容に納得したため、素直に頭を下げる。

自分だけの考えで決めないのはグレイの良い点の一つだろう。

ゾルムはグレイの言葉を聞いてニコニコとしながらアリシアに向かい、

「アリシア。事前に相談せずに私が勝手に提案してしまったがどうだろうか?」

アリシアに尋ねる。

(・・・時間も無かったし当然だけど、やっぱりアリシアさんに相談して無かったんだな)

アリシアはゾルムの問い掛けに少し考えた素振りをしてから、

「私《わたくし》としましてもグレイさんが傍にいてくださるのはとても安心できますわ。私《わたくし》からもお願いしたいくらいです。ですが、グレイさん。詳細内容を聞かれてからの方がよろしいのではないでしょうか?」

アリシアはゾルムに肯定的な返事をした後、グレイに向かって少し注意するように言った。

「あっ・・・そうですよね」

グレイは今気が付いたといった感じでアリシアに返事をする。

「はははは!グレイ君、一本取られたな」

そのやり取りを見ていたゾルムが笑いながら言う。

「うふふふ。アリシアったら嬉しそうね」

ウェンディも笑顔で呟く。

「お、お母様っ!?」

せっかく頑張って嬉しさを外に出さないようにしていたのにも関わらず母親に看破されてしまったアリシアが思わず声を上げる。

(アリシアさんも嬉しく思ってくれているんだ。素直に嬉しいな)

グレイが内心で喜ぶ。

「グレイ君。予め言っておくが、今はあくまで君を雇うと言う段階だからね。誤解しないように」

ゾルムがグレイに釘を刺すように言う。

「まぁ、あなたったら一言多いわよ」

「お父様っ!!」

ウェンディとアリシアがそれぞれ反応する。

「・・・肝に命じておきます」

グレイが答えるとゾルムはウェンディやアリシアの言葉には反応せず、何度も頷いたあと、

「よろしい」

満足したように言った。




「では、雇用条件を詰めよう」

ゾルムがそう言い、話を詰めていく。

「まずは、勤務時間だが、魔法学園にアリシアがいる間というのはどうだろうか」

「私もそうであれば嬉しいですが、私のクラスとアリシア様のクラスでは距離があるので頑張っても朝の魔法学園の入口から教室までとお昼休み、放課後帰られるまでとなってしまいます・・・」

実質的に1、2時間位しか働かなくて良くなってしまう条件にグレイが申し訳無さそうに言う。

アリシアも同意なのか頷いている。

「その件については考えてあるから安心したまえ」

後は内緒だと言わんばかりにニヤリと笑いながらゾルムが言う。

「他は何かあるか?」

「お父様」

「ん。どうしたアリシア?」

「私《わたくし》からもお願いがありますが言ってもよろしいでしょうか?」

アリシアが真面目な顔でゾルムとウェンディを見る。

「アリシアがお願いとは珍しいな。ひとまず言ってみなさい」

「はい。私《わたくし》も寮から通いたいです」

「・・・何故だ?」

アリシアのお願いに片眉だけを器用に上げて理由を問うゾルム。

「はい。理由は二つあります。今回の件のように魔法学園への登下校を狙われるリスクを減らしたいと言うのが一つ、そして私《わたくし》ももう15歳ですので、一人暮らしの経験をしておきたいというのが一つです」

前もって考えていたのかスラスラと理由を述べるアリシア。

「・・・確かにアリシアが言うように登下校は時間も長く、暴漢などの絶好の機会ではある。私もそのことを考えなかったわけではないが・・・」

ゾルムが珍しく渋った様子で呟く。

(聡明なバルム様がその結論に至らない訳は無いよな)

何故渋っているのか分からずグレイも不思議に思う。

その答えはすぐに分かった。

「あなた。流石に認めたら?いくらあなたがアリシアに近くにいて欲しいとはいえ危険な目に合わせる可能性があるなら話は別よ」

黙って聞いていたウェンディがゾルムに強めに言う。

(・・・なるほど。子煩悩というやつか。俺には親がいないから少し羨ましいな)

思わぬ理由を聞いてグレイが納得する。

「むむむ」

ゾルムが目を瞑り、眉間にシワを寄せ唸る。

「・・・分かった。認めよう」

「お父様!それでは」

アリシアが嬉しそうにする。

「ただし!平日だけだ!週末には帰ってくること。これ以上は譲歩できん」

ゾルムが条件を出す。

「はい。それでも充分ですわ。お父様、ありがとうございます!」

アリシアがゾルムにお礼を言う。

「良かったわね。アリシア」

ウェンディが喜ぶアリシアに声をかける。

「はい!お母様もありがとうございます!!」

アリシアは助言をしてくれたウェンディにもお礼を言った。

「・・・すみません。そうなると私の勤務時間はどうしましょうか」

成り行きを見守っていたグレイが言い出しづらそうに確認をとる。

「「「あっ」」」

ゾルム、ウェンディ、アリシアの3人が見事にハモった。

仲の良い家族である。

「・・・では、こうしよう。①魔法学園内でアリシアが望む時②アリシアが週末帰る際の往復の道中。もちろんグレイ君がここにした時には泊まっていっても構わないし、もし街の中に泊まりたければその分の必要経費も払おう」

流石はバルム家当主。

グレイの問いかけにすぐに対応する。

(ものすごい好条件だな。勤務時間については異論はない)

「畏まりました」

グレイが納得し返事をする。



「よし。後は給金だな」

ゾルムが、そう言うと人差し指を1本立てた。

(銀貨1枚か・・・一月の給金としては破格だな)

この国の貨幣は銅貨、銀貨、金貨、白金貨に分かれている。

銅貨1000枚で銀貨1枚
銀貨100枚で金貨1枚
金貨100枚で白金貨1枚
となっており、平民の平均給金は1日7時間働いた場合で月で銅貨500枚位と言われている。

ましてやグレイはまだ成人したてなので月に400枚行けば良い方だ。

それに加えて今回の勤務時間は先の通りなため破格と言っていいだろう。

「ありがとうございます。銀貨1枚も頂ければ何も言うことはございません」

グレイがゾルムにそう伝えると、ゾルムは怪訝な顔をしてから懐から貨幣を取り出した。

「グレイ君、何を言っておるのかね。君に渡す給金はこれだよ」

ゾルムが出した貨幣は金色に輝く『金貨』であった。

「へっ?」

グレイは思わず間の抜けた声を上げる。

(え?え?金貨って??ええーーー!?)

初めはゾルムが何を言っているか分からなかったが段々理解してきたグレイは声にこそ出さないが明らかに動揺している。

「ふふふ。グレイ君、落ち着きたまえ」

ゾルムがしてやったりという顔をしながらグレイに言う。

「・・・頂きすぎです!」

落ち着いたグレイがゾルムに言う。

「何を言う。3大貴族に連なるものの付き人なのだ。少ない事はあっても貰い過ぎなことはないぞ」

(まあ、本当は貰い過ぎというのは正しいのだが)

ゾルムは心の中でグレイの発言を認める。

ゾルムがこっそりウェンディとアリシアを見ると2人共相場を理解しているため苦笑している。

グレイは動揺し過ぎており、2人の様子には気づいていない。

これはグレイへの褒美を含めた額なため高くしているのだ。

「・・・畏まりました。ありがとうございます」

グレイがそう言うと恭しく金貨を受け取った。

「早速来週から頼む。来月以降はアリシアから給金を貰ってくれ。必要経費などがあればムスターに話してくれれば良い」

「畏まりました」

「よし。では、グレイ君。これからもよろしく頼む」

ゾルムが握手を求める。

「はい。こちらこそよろしくお願い致します」

グレイが両の手でゾルムの握手に答える。

「申し訳ないがこの後もやることがあるのでな。失礼する。ゆっくりしていってくれ」

ゾルムがそう言うと、ムスターを連れて食堂を離れて行った。

グレイは、頭を下げながら、

「お忙しいところ貴重なお時間をくださりありがとうございます」

そう言ったのだった。
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