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第23話

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意外にも食事中に会話は無く、皆思い思いの速度で食べていく。

食べながら会話をするのは行儀が悪いということなのだろうか、しずかにフォークとナイフを使う音だけが食堂に響く。

喋らないということは自分の一挙手一投足に注目される可能性が高い、グレイはエルリックに頼み込んで教わった付け焼き刃の食事のマナーを思い出しながら食事をしていく。

バルム家の食事はとても豪華でかつ美味であった。

普段から貴族であるエルリックから料理の腕を絶賛されているグレイだが、3大貴族に使えるシェフのレベルは格が違った。

グレイはこんなに美味しい料理を食べたことが無かったので正直感動していた。

(勉強になるな・・・今度自分の料理にこの要素を取り入れてエルに食べて貰おう)

グレイは感動を隠すことなく美味しそうに食べていく。

しばらくすると皆の食事が終わった。

「グレイ君。どうだったかな?」

ゾルムがタイミングを見てグレイに料理の感想を聞いてくる。

「とても美味しかったです。ご馳走様でした」

グレイがゾルムにそう答えると、ゾルムが破顔する。

「そうかそうか、それは良かった。気に入ってくれて何よりだよ」

グレイがさり気無くアリシアやウェンディの様子を見ると二人も嬉しそうに微笑んでいる。

(仲の良い家族だな)

グレイは三人の様子を見て素直にそう思う。

勝手なイメージもあるのだろうが、世継ぎ問題などの兼ね合いから側室がいることが当たり前で貴族の家族は不仲であることが多いという認識であった。

どうやらバルム家は珍しく側室はおらず、本妻だけのようだ。

「ところで」

「はい」

グレイがぼんやりとそう思っているとゾルムが続けて話しかけてくるので反射的に返事をする。

グレイが意識をゾルムに戻すと、

「グレイ君は娘のどこに惹かれたんだね?」

ぶぅぅぅぅっ!

突然のゾルムの言葉に思わず吹き出す。

「ケホッ、ケホッ」

隣りからもしてきた声にグレイがこっそり確認するとアリシアが可愛らしい声でむせていた。

「お、お父様っ!グレイさんに急になんてことを聞かれるのですかっ!?」

グレイが答えるよりも早く、正気に戻ったアリシアが顔を真っ赤にさせながらゾルムに対して前のめりで声を上げる。

(アリシアさん!頑張って!!)

グレイは心の中で最大限の声援をアリシアに送る。

「アリシアちゃん、何を焦っているの?今回助けて貰う前にラブレターを貰ってまず友人からという流れがあったからこそ、その延長線上でグレイ君に命を救って貰えたんでしょう?グレイ君がアリシアちゃんのどこに惹かれたかを主人が聞くのはおかしくは無いと思うけど?」

アリシアの母であるウェンディが慌てるアリシアに対して宥めるようにゾルムに代わって答える。

そんな中、さり気無い様子で筆頭執事のムスターがゾルム→ウェンディ→アリシア→グレイの順で食後の紅茶を置いていき、そのままアリシアやグレイの後ろに控える。

早速、先ほどグレイに言われたことを参考に対話相手の視界に入らないようにしているのだろう。

流石である。

「そ・・・そうですわね」

グレイは心の中での声援も虚しくアリシアが引き下がる。

(アリシアさん、もうちょっと粘って!?)

グレイには救いの女神が手を差し伸べながらも遠ざかっていく幻覚を見た気がした。

「「「・・・」」」

ゾルム、ウェンディ、そして何故かアリシアまでもがグレイの返事を待つ。

(ええい。こうなれば仕方がない)

グレイは覚悟を決めた。


「・・・分不相応にも私がアリシア様に惹かれた理由はいくつもあります」

覚悟を決めたグレイが少しずつ語り始める。

ゾルム、ウェンディ、アリシア達は無言のままグレイの言葉の先を促す。

「正直に申しますと、私が4年生になるまでの間、アリシア様の御噂は聞いておりましたが私自身はあまり興味はありませんでした」

「ほう」

ゾルムが腹を立てるのではなく興味深そうに相槌を打つ。

「それは平民である私と3大貴族の一つであるバルム家のアリシア様では済む世界が違い過ぎるためと魔法学園を通うための内職や日雇いの仕事に忙殺されていたためです」

グレイは、3人が頷く様子を見ながら話を続ける。

中でもアリシアはグレイが魔法学園に通うために仕事をしていたことについて初めて聞いたため驚いている様子であった。

「しかし先日、本当に偶然ですがあることがきっかけで初めてアリシア様と話す機会がありました。アリシア様は平民である私に対しても優しく接してくれたのです。私の数少ない友人の一人が貴族ではありましたが彼は例外中の例外で、他の貴族の方は平民の私に対する態度は皆様が想像できる通りでしたので、心の底から感動しました。これがまず私がアリシア様に惹かれた理由の一つです」

(実際は手紙を渡す時の会話だけど、仕方がない)

グレイの言葉にゾルムとウェンディが何度も頷いている。

恐らく普段から例え平民に対してであった場合においても接し方について教育しているのだろう。

『流石私達の娘だ』

と言わんばかりの様子である。

アリシアだけが事実と順番が違うことを理解しているが黙って聞いていてくれている。

グレイはアリシアのそんな雰囲気を感じてはいたが、ここまで来ると恥ずかしくてアリシアの表情を見ることはできず、そのまま続ける。

「私は初めてアリシア様と接した瞬間、すぐさま手紙を購入し想いをしたためました。もっとお話がしたかったからです」

(内容は違うが嘘ではないだろう)

グレイは表向きはラブレターをアリシアに渡したことになっているため、詳細はぼかしながら話す。

「ふむ、素晴らしい行動力だな」

ゾルムが感心したように言う。

ウェンディは目をキラキラさせながら、

「それでそれで」

と少し前のめりになり始める。

「はい。何とか邪魔が入らないタイミングを見計らって手紙を渡させて頂きました。詳細はお話しできませんが『放課後屋上で待っています』という内容です。そして、なんとアリシア様が来てくださったのです。そこで話していく内にアリシア様の優しさ、思いやり、聡明さ、もちろん美しさもですが全てに惹かれていきました」

「まぁ」

ウェンディが嬉しそうに笑顔になる。

ゾルムは当然だろうとばかりに頷いている。

グレイがここでようやく勇気を出して隣の様子を見ると、アリシアは俯いて顔を真っ赤にしていた。

(俺は一体何を話しているんだ・・・)

回数にして7回目・・・残り寿命に気づいた時、手紙を渡した時、屋上で会った時、森の中で会った時、アリシアがグレイの教室に来た時、再び屋上で会った時、そして本日・・・ではあるがまだ日数としては1週間も経っていないのだ。

本人と本人の両親の前で好いた理由を話すなんて前代未聞なのではないだろうか。

覚悟が揺らぎ、グレイも顔を真っ赤にする。

(だが、最後にこれだけは言わないとな)

グレイは自分がアリシアに惹かれている一番の理由を話すべく、呼吸を整える。

「色々申しましたが、最もアリシア様に惹かれた理由は、身分とは別の心の『気高さ』です。私が駆けつけた時のアリシア様は絶望的な状況にも関わらず最期の最期まで誇りを持ち気高かったのです。誰にでもできることではありません。私は、アリシア様の『気高さ』に強く惹かれたのです」



「「「・・・」」」

グレイが言いきった後、誰も何も言わなかった。

ゾルムは目を瞑り何かを考えている。

ウェンディは何かを言いたそうな雰囲気を出しているが黙っている。

ゾルムをたてているのだろう。



そしてアリシアは・・・



恥ずかしすぎたのか顔を両手で覆っていた。



隠しきれていない耳などは真っ赤っ赤である。

(アリシアさんごめん。俺も恥ずかしくて死にそうだから勘弁して)

グレイは自身の顔も赤くなっていることを確信し心の中で必死にアリシアに謝る。

そんな時だった。

ゾルムが言葉を発した。

「・・・『気高さ』か」

ぼそりと呟いた言葉には重みがあった。

「アリシアは本当に素晴らしく育ってくれた。我々の自慢の子どもの一人だ。今際《いまわ》の際《きわ》までそういう姿であるということは並大抵のことではない。バルム家として誇りに思うよ。アリシア」

ゾルムがアリシアにそう言うと、アリシアが顔を覆っていた手をどけ、

「お父様・・・」

感極まった様子でゾイドに返事をする。

「・・・だが、親としては正直複雑な心境だ。今回はたまたまグレイ君に救って貰ったから良いとは言え、そうでなかったらアリシアは死んでいただろう。先ほども言ったようにバルム家としては誇りに思うが親としては例えどんな姿であろうとも生きていて欲しいと思ったに違いないからな」

「そうね。私は、バルム家としてより母親としてアリシアには生き延びて欲しいわね」

ゾルムの言葉に続き、ウェンディがアリシアの目を見て呟く。

「お父様・・・お母様・・・ありがとうございます。お二人の御心は理解致しました。・・・ですが、そうしますと私《わたくし》が今後似たような境遇に立たされた時に、どうしたら良いのか迷ってしまいますわ・・・」

アリシアが両親の気持ちを聞いて感動した後、困ったように呟く。

「・・・極論すれば『バルム家に恥じぬように長生きをする』ということに尽きる」

「・・・」

ゾルムの身も蓋もない言葉にアリシアは何と返したら良いか分からず呆然とする。

「・・・そんな顔をするでないアリシア。君の言いたいことはよく分かる」

ゾルムがアリシアに向かってそう言った後に、グレイの方をまっすぐ見る。

3人のやりとりを見守っていたグレイは気を引き締め直す。

「グレイ君。何度言っても言い足りないが娘を救ってくれて本当にありがとう。そして、君のアリシアに対する嘘偽りのない想いを聞かせてくれて心より感謝する。君もいきなりこのような場面で話すはとても恥ずかしく、勇気のいることであっただろう。ちなみに私が君の年齢で同じシチュエーションであったなら間違いなく逃げ出していたということはこの場で言っておく」

「!?」

ゾルムのあんまりなセリフにグレイが『なら言わせんなよ!』っと素で言いそうになったのを必死で堪える。

「本当よね。昔のあなただったら間違いなく逃げ出していたわね」

ウェンディが面白そうにコロコロと笑う。

「・・・コホン」

ゾルムがウェンディの突っ込みに対してわざとらしい咳をしてごまかした後、

「君がアリシアに本当に相応しいかを判断するといったことは今の段階ではしない。だが、君ほどアリシアのことをよく理解してくれている人間は魔法学園の生徒にはいないということだけは言わせてもらおう。皆、娘の表面上の姿や肩書きしか見ずに接してくるものばかりなのだ。数回しか会っていないにも関わらず見事としか言いようがない」

グレイのことを褒める。

(・・・これは褒めてくれているんだろうな)

「ありがとうございます」

グレイは頭を下げ返事をした。

ゾルムは軽く頷いた後、

「ここで、先ほど考えておくといった褒美の話をしよう」

ニヤリと笑った。
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