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第21話

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(あれ?バルム家当主ではないな)

グレイは入ってきたのがメイドであったのを確認し、少しほっとした。

「失礼致します。お茶を持って参りました」

そう言ってお茶の準備を始める。

グレイよりも少し年上位に見えるが所作は熟練のそれであった。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

メイドがお茶を準備を終えたので礼を言うグレイ。

せっかくなので一口飲んで落ち着けようとグレイはお茶を口に入れる。

(ふぅ。美味いな。気持ちが落ち着く・・・ん)

グレイはお茶を飲んで落ち着くとメイドがグレイの方をじっと見ていることに気が付いた。

「・・・どうかされましたか?」

グレイはメイドが何かを言いたげにしていると感じ、思い切って聞いてみた。

「申し訳ございません。ご不快でしたでしょうか?」

メイドは速やかに頭を下げてくる。

「いえ。どうされたのか気になっただけです」

グレイが当たり障りのない言葉を返す。

「私《わたくし》はサリアと申します。アリシアお嬢様の専属のメイドを務めさせて頂いております。この度は本当にありがとうございました。それを直接ズー様にお伝えしたかったのです」

メイド・・・サリアが再度頭を下げる。

「頭を上げてください。先ほどバルム様のお屋敷の入口でお話しした通り頭を下げる必要はありませんから」

(気持ちは分かるけど、こう何度もお礼を言われたら恐縮しかできない)

グレイが慌ててサリアに言うと、

「ふふふ。アリシアお嬢様の言った通りの御方ですね」

サリアが微笑みながらそのように答える。

「え。バルムお嬢様がですか?」

グレイは気になってサリアに問いかける。

「はい。アリシアお嬢様はズー様のことを『今まで見たことのない損得勘定で動かない真っすぐな人』と仰ってました」

「・・・買い被り過ぎですよ」

グレイが恥ずかしさを誤魔化すように言う。

(アリシアさんがそんなことを言ってくれてたなんて何だか照れるな)

「ふふふ。これは、アリシアお嬢様からの御伝言です。『グレイさん。直ぐに顔を出せずに申し訳ございません。お父様がグレイさんにお会いするまで会ってはならないと厳しく言われてしまいました』とのことです」

「・・・なるほど。伝言ありがとうございます。バルム家の当主様は私を見極めようとされているのですね」

グレイが思ったことを言うとサリアが驚いた顔をする。

「どうかされましたか?」

サリアの驚いた顔を見て疑問に思ったグレイが尋ねるが、

「いえ。何でもございません。では、私《わたくし》は失礼致します」

「はい。ありがとうございました」

グレイはやや慌てたようにサリアが応接室から出ていく姿を見送る。

(サリアさん、どうしたんだろう)

「あ・・・すっかり落ち着いたぞ」

グレイがいつの間にか緊張感が無くなっていることに気づく。

せっかくサリアさんがお茶菓子も置いてくれていたのでバルム家当主が来るまでの間、堪能することにした。




一方、応接室を出て行ったサリアだが、

「ふぅ。アリシアお嬢様が『あの伝言をお伝えすればグレイさんには伝わるから大丈夫ですわ』と仰ったときには半信半疑でしたがすぐに伝わるなんて・・・私《わたくし》としたことが驚いてしまいました・・・早く、アリシアお嬢様にご報告に参りましょう」

実はサリアがグレイのところにお茶を持って行ったのはサリア自身がグレイにお礼を言いたかったこともあったが、アリシアがグレイへの助言を伝えたかったことと、会えないならせめて様子だけでも知りたいと考えたからであった。

サリアは足早にきっと今か今かと待っているアリシアお嬢様のいる場所に向かうのであった。



コンコンコン

グレイががちがちの状態からほどよい緊張状態まで落ち着いてからしばらくして応接室の扉がノックされた。

「はい。どうぞお入りください」

グレイが立ち上がりながら返事をすると、扉が開けられた。

「失礼致します」

まず入ってきたのは筆頭執事のムスターである。

恭しく頭を下げてから部屋に入ってくる。

そして、

「失礼する」

後から貫禄の塊といった感じの男性が入ってきた。

体つきは中肉中背なのだが、何故かとても大きく見える。

(これがアリシアさんの父親にして3大貴族の一つであるバルム家の当主か)

グレイはプレッシャーによって後ずさりそうになるのを必死で堪え、『視る』


『ゾルム・エト・バルム。42歳3ヶ月。寿4244


(間違いない。アリシアさんのお父さんだ)

グレイはすぐさま片膝をつき頭を下げる。

「お会いできて光栄です。私はグレイ・ズーと申します」

ゾルムは少し驚いたようにムスターを見る。

ムスターが黙って頷くのを確認した後、

「ズー君。丁寧な挨拶をしてもらってありがとう。だが、礼儀を尽くすのは私の方なのだ。ソファに座ってくれるかな?」

低いが優しい声でグレイにそのように言う。

「ありがとうございます。失礼致します」

グレイは素直に従い、ソファに再度腰掛ける。

その様子を見ながらも自身もソファに座ったゾルムが、

「改めてだが、私がアリシアの父親のゾルム・エト・バルムだ。先日は、アリシアの命を救ってもくれて本当にありがとう」

と言いながら、頭を下げる。

(なるほど。アリシアさんのあの佇まいはこの人の影響なのか)

グレイは、3大貴族なのにも関わらず、平民に頭を下げられるゾルムという人物に好感を持った。

「とんでもないことでございます。恐れ多くも言葉を選ばずに申し上げるのであれば、私が自分のために行動した結果です。もしゾルム様が私に褒美を渡すことをご検討しているようでしたら謹んでご遠慮したく存じます」

グレイは下手をすれば不敬罪で罰を与えられてもおかしくないことを頭を下げながらゾルムに言いきった。

ゾルムは一瞬声を出さずに驚いた後、近くに立って控えているムスターを方をみる。

ムスターが黙って頷くのを確認すると、

「ズー君。良くもまぁ私に対してそのようなことを言えるね」

言葉だけを聞けば責めているように聞こえるが、ゾルムはとても楽しそうに笑っていた。

グレイはゾルムの様子を見てひとまず安心しながら、

「大変恐縮です」

「はっはっはっ。ズー君、いやグレイ君と呼ばせてもらおうか。君は愉快だね。アリシアが気に入る訳だ」

ゾルムがグレイに対してそのように言う。

「光栄でございます」

グレイは頭を下げる。

ゾルムがグレイの様子を満足そうに見る。

「もちろんグレイ君に対して直接礼を言いたかったという気持ちが一番だが、君に会って、君への褒美を何にしたらいいかを決めようと考えていたんだ。キリッジ騎士隊長が君を絶賛したりアリシアが君の素性は調べないで欲しいと言うから君の人となりを見て決めようと思ってね。まさか、グレイ君本人から褒美はいらないと言われるとは思っても見なかったよ」

ゾルムがグレイの様子を伺い、

「それで、理由は教えてくれるのかな?」



「はい。私は分不相応にも魔法学園より『魔功章』を授かりました。ですので、これ以上の褒美などを貰っては駄目になってしまう気がしてならないのです」

グレイが自分の思いを吐露する。

「ほう。『魔功章』をな。あの学園長も思い切ったことをしたものだ。それで駄目になるというのは具体的にはどのような意味なのだろうか?」

ゾルムが感心したかのように呟いた後、グレイに質問をする。

「ゾルム様にとっては大したことではないかと存じますが、私は身寄りが無く自分の力で貯めたお金で魔法学園に通わせて頂いております」

「ふむ」

「4年生になるまでの間も平日は内職をし、休日は日雇いの仕事などをして過ごして来たのですが、この度『魔功章』を頂いたことで学費が免除になり、まだ数日ですが未だかつてないくらい楽をしております。ようやく、勉学にも時間がさけるようになろうとしているところなのです」

「それは、良いことだな」

ゾルムがグレイの言葉に頷く。

「そもそも魔法学園に入ったのは将来良い役職について真っ当な暮らしを送るためでした。今までは学費を稼ぐために勉学に力をいれることができずこのままでは不味いと考えておりました。そのため、正直なところを申しますと『魔功章』を頂いたことは大変助かりました」

「そうだろうな」

ゾルムはグレイの言葉に同意する。

「そこで、更にゾルム様より褒美を貰ったと想像すると、私は何もせずにこのまま魔法学園の生活をただただ送るとしか思えないのです」

「・・・そうか。だから、褒美は受け取りたくないということだな」

さり気無くゾルムがムスターが頷くのを確認した後、納得したように呟く。

「仰る通りでございます」

グレイがゾルムの言葉に頷いた。

「ふむ。なるほどな。グレイ君の意思はよく分かった。若者なのに良く考えておるな。だが、そうすると当家としては気が済まないしどうしたものか・・・」

ゾルムがグレイを褒めた後、腕を組んでしばらく考え始める。

「・・・確認だが、グレイ君が堕落しないような内容なら問題ないということで良いのかな?」

ゾルムがグレイに確認を取る。

(・・・どういうことだ?だが、まぁ)

「はい。それはもちろん大丈夫です」

ゾルムの意図が分からないものの問題があるとは思えず肯定をする。

「分かった。しばらく時間をくれ。私もグレイ君も納得するような褒美を考えておこう」

ゾルムがニヤリと笑いながらそのように言う。

「・・・はい。楽しみにしております」

(一体どうするつもりなんだ?)

グレイは疑問に思いながらもそのように答える。

「さて、ずいぶん話し込んでしまったな。グレイ君は朝食はまだだろう?」

ゾルムが時計を見ながらそのように問いかける。

「はい。まだでございます」

グレイがそう答えるとゾルムは嬉しそうに笑い、

「そうか。それは良かった。家の者に朝食を用意して貰っている。良ければ一緒にどうだろう?」

「ありがとうございます。是非ともご一緒させてください」

グレイが返事をするとゾルムが満足した顔をし、

「ムスター」

「はい。旦那様」

ムスターがゾルムの声掛けに返事をすると、

「では、ズー様。私《わたくし》について来てください」

グレイに声を掛ける。

「はい。ありがとうございます。ゾルム様、ひとまず失礼致します」

ゾルムは後で合流するのだろう。

そのことを察したグレイがゾルムに声を掛けた後、ムスターの後に続いた。
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