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第16話

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「学園長先生。お顔をお上げになってください。学園長先生が悪いわけではないのですから」

アリシアが頭を下げた学園長に向かって声を掛ける。

「いえ。私の魔法学園の生徒がバルム様のことを害そうとしたのですから謝って当然です!」

学園長はアリシアに言われても頭を上げようとせず、続けて喋る。

責任者としての矜持なのだろう。

アリシアに謝らないと気が済まないと感じ、呼び出したのだ。

「確かに私《わたくし》は学園長先生の学園の生徒により害されかけ、あと少しで命を落とすところでした。辱められるくらいならと自ら命を落とそうとしたのです」

「っ!?」

アリシアの言葉に動揺する学園長。

その話までは知らなったので無理もない。

「ですが、その時に助けてくださったのも学園長先生の学園の生徒でした。だから、プラスマイナスゼロということで良いではないですか。だから、お顔を上げてください」

そこまで言われてようやく学園長は顔を上げた。

「・・・お心遣いありがとうございます」

学園長は気が気ではなかったため、アリシアの言葉にほっとした。

昨日、バルム家当主からは連絡を貰ったときに学園長に対する責任云々の話は無かったが当事者であるアリシアの言葉を聞いてようやく安心したのだ。

「失礼致します」

学園長はアリシアに断りを入れてから自分も再度ソファに座る。

「・・・実は、バルム様にもお伝えしておくことがあります」

「?・・・なんでしょうか?」

(謝罪以外に話す内容は思いつきませんが)

「実は、昨日グレイ・ズー4年生にもこちらに来てもらいました」

「そうだったのですね!?ここにグレイさんも来ていらしたとは」

学園長の言葉にアリシアが先ほどとは打って変わって嬉しそうな反応をする。

学園長はおや?と思いながらも話を続ける。

「はい。バルム様の件をキリッジ騎士隊長から直接お聞きし、その際に救った生徒がグレイ・ズー4年生と分かり、すぐにこちらに来てもらったのです」

「そういうことでしたか。それでグレイさんには何とおっしゃったのですか?」

アリシアが心なしか前のめりになりながら話を聞いてくる。

「はい。バルム様にとってはご不快かもしれませんが『良くやってくれた!!』と言いました」

学園長が嘘偽りなく答える。

「・・・そうでしたか」

(学園長先生の立場であればそう言いたくなりますのも無理はありませんわね)

アリシアは納得してから、

「それで、グレイさんは何と返したのですか?」

アリシアはグレイがどう答えたのかが気になって仕方がなく尋ねてしまう。

「彼はこう言いました『私はバルムさんを助けたかっただけで他のことは考えてもおりませんでしたので』と」

「っ!?・・・そうでしたか」

アリシアはグレイの心情を思わぬところから聞けて飛び上がらんばかりに嬉しくなった。

だが、学園長の前で騒ぐわけにも行かず何とか自制する。

(グレイさんがそこまで私《わたくし》のことを想って行動してくれたことが分かってとても嬉しいですわ)

もちろんグレイがアリシアのことを想って行動してくれたのは一昨日のグレイの様子を見れば良く理解できていた。

しかし、そのことを第三者を通じて言葉で聞くとまた違った嬉しさが込み上げてくるのも無理からぬことだった。

アリシアの様子を見ながら話していた学園長にはアリシアの隠しきれてない感情の変化は手に取るように分かったが敢えてそのことを指摘するような野暮は言わない。

「はい。そして、彼にはある物を贈りました。それをバルム様にもお伝えしていこうと思ったのです」

「?ある物ですか?」

アリシアが学園長の言葉の真意が分からず尋ねる。

「はい。彼には『魔功章』を授けました」

学園長の口からは思いも寄らぬ言葉が発せられたのであった。



「!?・・・『魔功章』ってあの『魔功章』のことでしょうか?」

アリシアは学園長の言葉に声を出さないように驚いた後、思わず魔功章の事を確認する。

「はい。その『魔功章』であっております」

学園長が肯定する。

「そうですか。学園長先生も思い切ったご判断をされたのですね」

アリシアがゆっくりとそう呟いた。

「・・・流石ですね。そのような事までお分かりになるとは」

学園長はアリシアの慧眼に感心した。

実は、昨日グレイに『魔功章』を渡したことを話したことを教諭全員に事後共有したところとんでもないくらい場が荒れたのだ。

割合にして賛成が2割、反対が6割、中立が2割といったところであった。

反対派の大部分が貴族であったので、平民に『魔功章』を授けるということに納得行かないのだろう。

結局、一度授けたものを返してくれとは到底言えないということと、グレイ・ズー本人もひけらかすつもりはないということを話し、無理やり納得させたのである。

「もちろんでございます。私《わたくし》とて貴族ですから、他の者がどう考えるかくらいは想像できますわ」

アリシアの言葉に学園長は考える。

(ああ。バルム様も反対派と同じ意見なのか)

少し沈みながら考えるが、その考えは次のアリシアの言葉で良い意味で否定された。

「私《わたくし》は学園長先生のご判断は間違っていないと思いますわ。何か困ったことがありましたらいつでもバルム家にご相談ください」

「!?・・・ありがとうございます」

アリシアの言葉に学園長が再び頭を下げたのであった。




「♪~♪♪~」

学園長室を出たアリシアは教室まで送るというエミリーの申し出を丁重に断り一人、教室に向かって歩いてた。

嬉しいことがあったため自然とハミングしながら歩いていく。

(まさか、グレイさんが『魔功章』を授かっていたなんて私《わたくし》としては嬉しい限りですわ)

アリシアにとっては自分のことを救ってくれたグレイが評価されることは大歓迎であった。

(学園長先生にグレイさんのクラスもお聞きできましたし)

アリシアはグレイの教室が何組か知らなかったので学園長に聞いたところD組であると教えて貰っていた。

(それにしてもD組ですと、今まで私《わたくし》がグレイさんとお会いしたことがなかったのも頷けますわね)

魔法学園は1学年で2000人以上の生徒がいるため、自分の近くの教室ならまだしも遠くのクラスなら遭遇することもほとんどない。

アリシアがグレイと4年間で初めて会ったとしてもおかしく無かった。

(考えれば考えるほど、一昨日グレイさんが私《わたくし》とお会いしたことは奇跡といっても過言ではございませんわね)

もし、グレイが一昨日にアリシアのことを『視て』いなければと考えると今の自分はここにはいないのだ。

改めて考えるとぞっとする。

(あと少しでグレイさんにお会いできますわ)

何よりも一昨日ぶりにグレイに会える。そのことがアリシアの心を嬉しさで満たしていた。

(あまり良いやり方では無いかもしれませんし、グレイさんにとってはご迷惑かもしれませんがお昼休みにグレイさんの教室に行きますわ)

この時、グレイとの再会の仕方で悩んでいたアリシアは漸く方法を決めたのであった。




あの後、自分の教室に戻ったアリシアは時間的には遅刻であったものの担任の先生に咎められることは無かった。

恐らくあらかじめ学園長が担任にアリシアが遅れることを伝えておいてくれたのだろう。

あれこれ事情を簡潔に伝えるために思考を巡らせていたアリシアであったがそれを披露しなくてすんでホッとする。

事情を知っている担任の先生ならいいが、それ以外のクラスメイトに聞かれても良い内容で話すことをどこまでとするかで悩んでいたので助かったのだ。

(担任の先生にあらかじめお話しておいてくださったなら先に私《わたくし》にもお伝えして欲しかったですわ)

などと思った瞬間に気づく。

(もしかしたら担任の先生にお伝えしてくださったのは学園長秘書のエミリーさんかも知れませんわね)

いずれにせよ、答えを出す必要もないことなのでアリシアは自分の席につくと授業に集中する。

(ひとまず、お昼になるまでは授業に集中しますわよ!)

アリシアは昨日休んでしまった分を取り戻すために気合を入れた。



「・・・アリシア。昨日休んでいたけど平気?」

1つの授業が終わり、次の授業までの休み時間に1人の少女がアリシアに話しかけてきた。

水色のショートカットの可愛らしい女の子である。

「ありがとう、セリー。大丈夫ですわ」

アリシアはグレイが一昨日『ミル』と呼んでしまった少女・・・セリー・アイルバーグに笑顔で返事をする。

「・・・そう。なら良かった」

セリーはほっとしたように言う。

その様子でセリーが本気アリシアのことを心配してくれていたことが分かり、アリシアは嬉しくなる。

「ありがとう。私《わたくし》のことは先生は何て?」

思わずもう一度礼を言った後、アリシアは自分が休んでいた理由を先生がどのように言っていたかをセリーに確認する。

「・・・体調を崩したって聞いたけど、違うの?」

セリーが訝しげに答えた後、確認してくる。

「ううん。間違ってはいないですわ」

学園に来れないわけではないものの本調子では無かったのも事実なので体調を崩したという表現は間違いでは無いだろう。

(セリーには本当のことを話しても構いませんが、周りのクラスメイトが聞き耳を立ててますのでお話するのはまた今度ですわね)

クラスメイト達は次の授業の準備をしたりや友人と会話をしたりしながらもアリシアとセリーの会話に聞き耳を立てているのがよく分かった。

(きっと3大貴族の私《わたくし》に付け入る隙を狙っているに違いありませんわ)

アリシアが魔法学園に通うことになった3年と数ヶ月前にバルム家当主からきつく言われていたことがある。

『いいか、アリシア。魔法学園はこの国最大の由緒ある学びの園だ。この国の次世代を担う貴族が沢山通っている場所なのだ。決して弱みを見せてはならない。バルム家長女としての誇りを胸に日々精進するのだぞ』

それからアリシアは学問、魔法、体術と魔法学園で習うことは全て尽力して取り組んできた。

バルム家に恥じぬ行動を心がけてきたのだ。

そのため一昨日のことは個人的には良い思い出で終わったもののバルム家としては良くない事件であったという認識をしていた。

クラスメイトが聞き耳を立てていたのは単に憧れのアリシアの情報を少しでも手に入れたいと思っていただけなのだが、アリシアはそのことに全く気づいていなかった。

まあ、理由はどうあれ結局のところ一昨日の件をこの場でセリーに話していたらとんでもない騒動になるのは同じではあったのでアリシアの行動は正しいのではあるが。

「・・・そう。無理はしないでね」

セリーがアリシアの目をじっと見て言う。

「もちろんですわ」

アリシアはセリーに対し大きく頷いたのだった。
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