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第9話

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「騎士様、申し訳ございませんが、その前に安全な場所に移動しませんか?あと、私を襲って来た男子生徒も捕縛して貰いたいですわ」

グレイが女性騎士の質問に答えるために身構えていると、アリシアがそのように提案した。

すぐにはっとなる女性騎士。

「・・・私としたことが、失礼致しました。バルム様のおっしゃる通りです」

女性騎士がアリシアの言葉に同意し、懐から何かを取り出すと、

ビィィィィ

口に咥えて吹いた。

呼び笛のようだ。

すると、

森の様々な場所から時間を置かずして、他の騎士達が姿を現した。

「皆の者、バルム様とバルム様の恩人の少年を無事確保した。これより三班に分かれる。バルム様達をお屋敷の方にお連れする班と、バルム様の恩人である少年を騎士詰所に連れて行く班、そしてバルム様を襲った男子生徒を拘束する班だ。私は、拘束班を先導する」

「「「はっ!!」」」

女性騎士の指示に従い、すぐさま行動に移そうとする騎士達。

「すみません!!」

そこをグレイが待ったをかける。

「どうした少年よ」

女性騎士がグレイに尋ねる。

「私も拘束班に付いていきます!」

「グレイさんっ!!」

グレイの言葉にアリシアが驚きの声を上げる。

「・・・何故だ?」

女性騎士が興味深そうにグレイに確認する。

「バルム様を襲った男子生徒を拘束したのは私です。犯人の顔を見ている私が付いていく方が色々スムーズなはずです。現場への道もご案内できます」

「なるほど。確かに助かるな。分かった。その協力に感謝する。では、聞いていたな皆の者!三班ではなく二班に分けるぞ!」

「「「はっ!!」」」

女性騎士の号令に再度返事をする騎士達。

「少年・・・名前は何と言ったかな?おっと、私の名前はマリー・キリッジという」

女性騎士・・・マリーがグレイの提案に賛同した後、名乗りながら、グレイの名前を聞いてくる。

「グレイ・ズーです。キリッジ様」

グレイも名乗る。

(まぁ、名前は分かっていたけどね)

既に名前を確認済みであったグレイはうっかり名前を呼んでしまわないかが気がかりだったので内心ほっとする。

「では、ズーよ。案内してくれ。他の者はバルム様を無事に送り届けるんだぞ!」

「「「はっ!」」」

「グレイさん!!!」

アリシアが移動する前に、再度グレイの名前を呼ぶ。

グレイはアリシアの方に近づくと、余所行きの言葉遣いで、

「バルム様、この方たちなら大丈夫ですよ。無事にご帰宅なさってください。また、今度学園でお会いしましょう」

「はい。何から何まで・・・本当にありがとうございました。この御恩は必ずお返ししますわ」

「ははは。お気になさらなくて結構ですよ。お気持ちだけで充分です。バルム様がご無事で本当に良かった」

グレイは心の底から良かったと思った。

「・・・グレイさん」

アリシアにもグレイの気持ちが伝わったのか感極まった様子で名前を呼ぶ。

「では、バルム様。参りましょう」

アリシアを家まで送り届ける騎士達が頃合いとみて声を掛ける。

「・・・はい。よろしくお願い致しますわ」

アリシアはグレイとの別れが名残惜しかったが、騎士の言葉にすぐに切替え移動する。

グレイは騎士達にエスコートされるアリシアを姿が見えなくなるまで見送った。

(ふぅ。よし。これで一安心だ。本当に、本当によかった)

グレイはふと、天を仰ぎ見る。

必死過ぎて今まで全く気づかなかったが、綺麗な満天の星空であった。




「では、ズーよ。行こうか」

マリーがグレイに向かってそう促す。

「畏まりました。こちらです」

グレイが先頭に立ち、道を案内していく。

その後をマリーを始めとして他の騎士達も付いてくる。

「せっかくだが、歩きながら先ほどの話をしてもいいかな?」

「はい。もちろんです。できれば私はこの件が終わりましたら魔法学園の寮の方まで戻りたいので」

グレイが若干身構えながら返事をする。

「そうか、あそこは基本的には全寮制だったものな。もちろん話さえ聞かせて貰えば寮に戻って貰って構わないよ。ただ、何かあった時のために遠出は控えてもらうが」

「それなら、大丈夫です。長期休みはまだまだ先ですので」

「ならいい。では、先ほどの説明の中での質問をさせてもらう。まず、バルム様とは今日友人となったというがどのような経緯か聞いても良いか」

(やっぱり、そこ聞いてくるよね。そりゃ見るからに平民の俺と3大貴族の娘が何故って思うわな)

グレイが内心でそう思いながら、

「私の方からバルム様にお手紙をお渡ししたのです。その後、直接お話しし、友人になりました」

グレイがある意味本当のことを話す。

「ふむ。・・・手紙とは恋文というやつか?」

マリーが何となく羨ましそうに確認してくる。

「・・・ご想像にお任せします」

グレイはあれ?と思ったがそこには触れずにあたり障りのないことを答える。

本当は恋文ではなかったが、そう誤解してもらっていた方が何かと都合が良かった。

「そうか。羨まし・・・コホン。では続いての確認だが、あれほど綺麗な方であれば恋文など日常茶飯事であろう。それなのに何故ズーの呼び出しに応じたのだ?」

(いま、羨ましいって言いかけたよこの人!)

グレイは要らぬことに突っ込みを入れないようにしながら、答えを続ける。

「私も同じことを思いました。ですので工夫をしたのです」

「ほほう。工夫とな?」

(これって事情聴取か?)

グレイは段々話がそれていきそうな気もしていたが答えないわけにもいかず、

「はい。直接手紙を手渡したのです」

「なるほど。納得だ。3大貴族のご令嬢にそのようなことをするなんてやるではないか!」

マリーがグレイの背中をバシバシ叩きながら褒める。

「は、はぁ。ありがとうございます」

(い・・・痛い)

グレイは背中が痛かったが下手なことを言うとめんどくさくなるかもしれないので耐える。

「それで、返事は貰ったのか?」

マリーが興味深々と言った感じで聞いてくる。

「・・・ノーコメントで」

「隊長・・・」

他の騎士がマリーを責めるように呼ぶ。

「あっ・・・いやいやすまなかった。今のは忘れてくれ。・・・つまり、恋文を通じて直接話した後、友人となり魔法学園の入口まで見送った。そこで見た御者の様子が可笑しかったため、後を追いかけたということだな」

マリーがそう話を続ける。

「ええ。仰る通りです。御者の様子が可笑しいと思ったのは何となくでしたので、バルム様が魔法学園を出た後、しばらくしてどうしても気になって追いかけたのです。そうしたら、」

「誰も乗っていない馬のいない馬車が乗り捨ててあったという訳だな」

「はい。これはいよいよ不味いと思って追いかけたら案の定、私と同じく魔法学園の男子生徒がバルム様を手籠めにしようと迫っている場面に出くわし無力化したという次第です。そこには御者はいなかったので、その男子生徒に無理やり犯罪の片棒を担がされたのでしょう」

「なるほど。それで御者が無理やり手伝わされたというのは?」

マリーが的確にポイントを押さえて確認してくる。

(途中の脱線がなければ優秀な騎士さんだな)

グレイは若干失礼なことを考えながら答える。

「それは、この痕跡です」

グレイは地面を指差す。

「・・・なるほど、あえて痕跡を残したというわけか、誰か気づいてくれるように」

「ええ。その通りです」

「なるほど。委細理解した。これで私の確認は終了だ。ズーよ、君の勇気ある行動に感謝する」

「!?ありがとうございます!」

思いがけないマリーの言葉にグレイは驚いたが、自分のやったことが認められたのは悪い気分ではなかった。



あの後、騎士に先導されたアリシアは無事に元の道に戻っていた。

道の脇にはアリシアが普段使っている馬車が馬がいない状態で放置されていた。

騎士はそちらではなく、自分たちが持ってきた馬車の方に案内し、

「では、バルム様。馬車にお乗りください」

乗車を勧める。

「はい。ありがとうございます」

アリシアは素直に馬車に乗り込んだ。

「普段お使いの馬車よりも質が落ちることをご容赦ください。また、バルム様が乗って来られた馬車は現場の検証後に御返却させて頂きます。なお、バルム様の持参された荷物に関しましては今回の件とは関係ないので今から乗って頂く馬車の中に入れております」

アリシアが馬車の中に自分の荷物があることをちらっと確認してから、

「はい。ご配慮ありがとうございます。道中よろしくお願いいたします」

「畏まりました。よし、行くぞ!」

騎士が号令をかけると現場には二人を残し、それ以外がアリシアを送るために動き出す。

アリシアが乗っている馬車も少しずつ動き出した。

ゆっくりと動いていく景色。

アリシアは自分の荷物の中にある沢山の手紙の中から1つ取り出す。

グレイから貰った手紙である。

アリシアはもう一度読んだ後、大事そうに手紙を抱きしめる。

そして今日あったことを思い出していく。

手紙を貰った時のこと

屋上でお話ししたときのこと

そして、助けて貰ったときのこと

まだ一日も経っていないというのにどれもアリシアにとっては大切な記憶になっていた。

アリシアはグレイの治療のときに貸していたハンカチを取り出し、それを優しく触りながら呟く。

「グレイさん・・・早くまたお会いしたいですわ」

口に出すと途端に顔が赤くなって来るのを感じた。

(私《わたくし》ったら今何を言ったのですの!?)

アリシアは自分でも自分の気持ちがまだ、よく分かっていない。

ただ、意識した瞬間早鐘のように心臓がバクバクと動いているのだけはよく分かった。



それから数十分後、アリシアは自分の家に帰ってきていた。

「アリシア!!」

「アリシアちゃん!!」

「「アリシア姉!!」」

「「「お嬢様!!!」」」

アリシアが馬車から降りると家族全員が無事を喜びながら近づいて来ていた。

ぎゅぅぅぅ

その中の一人、アリシアによく似た女性がアリシアのことを抱きしめる。

「本当、無事で良かったわ!!」

「お・・・お母様、くるしい・・・ですわ」

アリシアがその女性・・・母親に苦しそうに声を掛ける。

「あ、ごめんなさい。アリシア」

慌てて手を放す、アリシアの母。

続いて、

「アリシア。本当に良かった。体中汚れてはいるようだがどこも怪我はなそさうだな」

アリシアの父が声を掛けてくる。

「はい。お父様。幸いにも無事でした」

「良かった。詳しい話は後にしてまずは汚れを落としてくるといい。騎士の皆さん。本当にありがとう」

「はっ!とんでもございません。詳しい話は隊長が戻られたらまた後日ご訪問させて頂きます!」

アリシアを連れて来た騎士の中の一人がそう報告する。

「ああ。分かった。よろしく頼む」

「では、我々はこれで」

「騎士の皆様、ありがとうございました」

帰っていく騎士に対してお礼を言うアリシア。

ぎゅ

ぎゅ

「「アリシア姉、無事で良かったよぉ」」

アリシアの双子の妹弟が今度は涙ながらに抱き着いてくる。

「ありがとう。リリィ、ソル」

アリシアが二人の頭を撫でながら礼を言う。

二人はまだ11歳だ。

幼いながらに姉のアリシアがピンチということを理解していたのだろう。

「「「お嬢様、ご無事で何よりでございます」」」

最後に、執事やメイド達から無事を喜ぶ声を貰う。

「皆さん。ありがとうございます。ご心配をお掛けしました」

アリシアは皆の言葉にも感謝する。

(グレイさんに助けて頂かなければどうなっていたか・・・)

本来であればこの人たちを全員悲しませるところだったのだ。

アリシアはもう何度目かになるか分からないが、グレイに改めて感謝するのだった。
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