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第7話

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アリシアは縛られた状態で何とかグレイの傍まで移動する。

「私、夢でも見ているのかしら」

絶望的な状況だった。

誰も助けなど来るはずも無かった。

「でも、あなたは来てくれた」

まるで吟遊詩人が語る英雄じゃないか

「こんなにもボロボロになってまで私を救ってくださった」

グレイは貴族ではない。

だから、ここまで馬ではなく自分の足で走ってきたのだ。

それだけじゃない。アリシアに寿命のことを知らせるためにも今日一日動きっぱなしだったに違いない。

その証拠に靴がありえないくらい汚れていたし、今にも壊れそうなくらい傷んでいる。

「なんて、なんて人なの」

グレイのしてくれたことを思い、自然と涙が溢れ出てくる。

ぽた・・・ぽた・・・

流れ落ちた涙が気絶しているグレイの顔に雫のように当たっていく。

「ん・・・どうして寝てたんだ?」

そのお陰かグレイが目を覚ました。

「ズーさん!!!」

アリシアが目を覚ましてくれたグレイに向かって名前を呼ぶ。涙はまだ止まらないが自然と笑顔になる。

「あれ?バルムさん??」

グレイは目覚めたばかりで頭が回らず、何故アリシアが傍にいるのか分からないようだ。

アリシアが未だ縄で縛られているのを見て、

「っ!?そうだ!あいつは!!」

状況を思い出したグレイが慌てて立ち上がろうとしたが、

「いてぇ!」

立てずに再び倒れ込む。

「ああ!駄目ですよ!大怪我しているのですから!!・・・大丈夫ですわ。ズーさんが懲らしめた相手は気絶していて起きる気配がありませんから」

アリシアはグレイの行動を注意し、知りたい状況を伝えてくれる。

「そうか・・・今何時だ?」

グレイはやっと一息つくと、アリシアに時間を尋ねる。

「っ!?18時・・・03分ですわ」

グレイが時間を尋ねた意味を誰よりも理解できたアリシアは噛みしめるように答え、嬉しさのあまり再び涙を流す。

その様子をグレイは、何も言わずにじっと見ていた。

しばらくして、

「よいしょっと」

痛むところを使わないように器用に起き上がる。

「え!動いて大丈夫ですか?」

少し落ち着いたアリシアがグレイを心配して尋ねる。

「ああ。ありがとう。でも、その縄をどうにかしないと」

グレイは正直言って動かすのも嫌なくらい火傷で酷く痛むがそうも言ってられない。

「申し訳ございません。ありがとうございます」

アリシアが本当に申し訳無さそうに謝る。

「いやいやバルムさんが謝ることじゃ無いよ。悪いのはあいつだし」

グレイがそう言うとアリシアの後ろに回り込みきつく結ばれた縄を解いていく。

少し動かすだけでグレイは痛みで脂汗が出る。

(良かった。バルムさんの後ろに居て)

無理していることが一目瞭然だが、アリシアには見えないため安堵するグレイ。

(また、心配させてしまうからな)

「さあ、解けたよ」

「!?ありがとうございます!」

「ぎゃぁぁあ!」

アリシアが感極まってついグレイに抱きつく。

当然ながら痛みで悲鳴を上げるグレイ。

「ご、ごめんなさい。つい」

アリシアが慌てて謝る。

「い、いや。いいんだ。不安だったろうし」

グレイは、明らかに虚勢をはりながら答える。

「申し訳ございません!!」

アリシアが居たたまれなくて頭を下げる。

「気にしなくていい。それより、縄を」

グレイが解いた縄をとアリシアに取ってもらうと、

「ここに居てくれ」

アリシアが頷くのを確認した後、つい先程蹴り飛ばした男に向かって引きずるように近づいていく。

男は、見事に伸びていた。

残念なのか良かったのかまだ息をしていた。

グレイは踏みつけてやりたい衝動に駆られたが、なんとか堪えてアリシアに貰った縄で痛みに耐えながら縛っていく。

「これでいいだろう」

ひとまず簀巻きのようにした後、アリシアの方に同じように時間をかけて戻っていった。



グレイが戻ると、アリシアが正座をして待っていた。

「バルム・・・さん?」

改まったその様子にグレイが動揺する。

アリシアが、真っ直ぐな目でグレイを見つめてから、

「この度は私の命をお救い頂き誠にありがとうございました」

そう言うと深々と頭を下げる。

グレイはその余りにも綺麗な立ち居振る舞いに思わず見とれてしまう。

「はっ!?あ、頭を上げてください!!」

3大貴族に土下座されているところを見られたら斬首と言われてもおかしくない。

正気に戻ったグレイは慌ててアリシアに頭を上げさせるが、

「いえ、そういう訳には参りません」

頑なにアリシアが頭を下げ続ける。

「・・・・・・」

そう言われては触れて無理やり頭を上げさせるわけにも行かず、グレイは呆然と待つことしか出来ない。

しばらく・・・グレイにとっては物凄く長く感じられたが・・・してから、ようやくアリシアが頭を上げる。

「・・・・・・」

今度はアリシアが何も言わずにグレイを見つめてくる。

「・・・あ、そうか俺が答える番か、、、気にしなくていい。それよりこの後のことを考えよう」

グレイはアリシアが返事を待っていたと気づくと何と言うこともなく答える。

「ですが!そういう訳には!・・・いえ、そうですね。ひとまずはこの後の行動を決めましょう」

アリシアがグレイの返答に納得いかないもののひとまず保留にする。

「そうしてくれると助かる。ところで『癒し』の魔法は使えたりする?」

グレイは体中・・・特に両腕が痛すぎるためいい加減何とかしたくて聞いてみる。

「・・・申し訳ございません。使えるには使えるのですが『回復促進の癒し』しか使えなくて・・・」

アリシアが申し訳無さそうに謝る。

『癒し』の魔法は大きく2種類に分かれている。

1つ目は今アリシアの言った『回復促進の癒し』。

こちらは人が本来持っている自然治癒力を促進させる魔法のため、自然治癒で治せない怪我は治せないという特徴がある。

さらに、この魔法は物凄く痛い。

使い勝手が悪いことに現在の痛みと治るまでに感じる痛みがどちらも込みで感じてしまうのだ。

そして2つ目は『再生治癒』である。

こちらは元々の状態にまで再生することが可能で痛みが伴わない。

こちらは使い手が極端に少ない上、施して貰う場合には多額の治療費が必要になる。

ちなみにどちらも学生が使える魔法ではない。

「・・・ダメ元できいて見たけど、使えるんだね」

グレイは驚く。流石才色兼備の令嬢である。

「それなら、悪いけど俺に掛けてくれない?」

グレイがアリシアにお願いをする。

「ええ!ですが、ただでさえ意識を保っているのがやっとな状態ですのにこの魔法を使ったら即倒してしまいますわ!!」

アリシアがグレイのお願いに声を上げる。

「知ってる。けど、このままだと助けも呼びにいけないから。お願いだ」

グレイが真剣にお願いをする。

アリシアはしばらく悩んだ後、

「・・・分かりました」

なんとか納得してくれた。

「よろしく頼む」

これで動けるようになる。

グレイが治った後の行動を考えながら、アリシアに治癒をお願いした。




「では、こちらをお使いください」

そう言うとアリシアがグレイにハンカチを渡す。

「えっと?」

ハンカチを受け取ったグレイが戸惑いの声を上げる。

「回復促進の治癒は尋常ではない激痛を伴いますのでそちらのハンカチを噛んでいてください」

アリシアが真剣な表情で答える。

「・・・」

流石に冗談だよね?って聞こうとしたがアリシアの目がマジだったのでグレイは何も言えず生唾を飲み込むと黙ってハンカチを口に入れる。

その様子を確認したアリシアがグレイに手を向け、呪文を唱え始め、最後のトリガーとなる言葉を呟く。

「『癒やしよ』」

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

アリシアの手から癒しの魔法がグレイに降り注ぎ始めた瞬間、グレイに形容し難い痛みがやってくる。

グレイは転がり出したい衝動を必死に耐える。

「ズーさん!大丈夫ですか!?やはり別の方法を考えましょう!!」

アリシアはグレイの額から滝のように流れる汗を見て居ても立っても居られず、そう提案する。

「・・・」

喋れないグレイは首を振ってその提案を断る。

「・・・ズーさん。分かりました。ですが、不味いと思いましたら私の判断で治癒をとめますわ」

「・・・」

アリシアの言葉に頷くグレイ。

それから、アリシアはグレイの様子を見ながら治癒を続けていく。

(何という精神力なのでしょう。大の大人でもすぐに音を上げてしまうくらいですのに)

アリシアは内心でとても驚く。

通常、この魔法を使うときは特殊な薬を使って気絶させてから行う。

怪我の程度にもよるが大怪我の場合はそうしないと発狂してしまうくらいの痛みを伴うからだ。

(私と同年代の方とは思えない精神力ですわ)

アリシアは痛みに耐えるグレイを少しでも早く治して上げたいと思う一方で感心する。

(尋常じゃない。何だこの痛みは。意識を保たなければ)

グレイは予想以上の痛みに必死に耐える。

(傷が治っていく感覚がよく分かる)

怪我の程度が浅いところから治っていくのを感じる。

最後には焼けただれた腕の治癒が始まった。

そしてしばらくして、

(ぐぅぅぅ!まだかっ!流石にそろそろ・・・限界だ)

クレイが治癒魔法を止めて貰おうとした瞬間、

「終わりましたわ。お疲れ様でございました」

アリシアが終わりの合図をした。

それは激痛に耐えていたグレイにとってまさしく救いの言葉であった。

「はぁ・・・はぁ・・・ありがとうバルムさん」

グレイが全身汗まみれで荒い息をしながらアリシアに御礼を言う。

「とんでもないですわ。ズーさん、お体の調子はいかがでしょうか?」

アリシアがグレイにの体の具合を気にかける。

「はぁ・・・はぁ・・・体は・・・大丈夫。動けるようになったと思う。ただ、少し呼吸を整えさせて・・・くれるとたす・・・かる」

グレイが未だに荒れる呼吸を整えながらアリシアを安心させる。

「本当に良かったですわ。ええ、もちろんです。ゆっくりとお休みください」

アリシアは本当に嬉しそうに喜ぶと、グレイにそう言う。

「あ、こちらはお返し頂いてしまいますわね」

アリシアはグレイが手に持っていたハンカチを受けとり、大事そうにしまう。

「・・・」

洗ってから返すとグレイが声を出そうとすると、

「洗って返すとかはおっしゃらなくて大丈夫ですわ。御心遣いありがとうございます」

アリシアが先を読んだようにしゃべり、グレイがつらい状態で話さないように答える。

(いや、気遣ってくれているのはバルムさんの方だよね?・・・今度代わりになるものを買って渡そう)

グレイは無事に帰れたらハンカチを買って渡そうと決意する。

(うふふふ、ズーさんとの記念品が出来てしまいましたわ)

一方でアリシアはそのような事を考えていた。

きっとハンカチを見る度に今日という日を思い出すだろう。

振り返ってみれば人生最低な場面もあったがそれを除けば最高な1日だった。
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