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第4話

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「では、私はこれで失礼致します。最期にズーさんとお話ができて良かったですわ」

心中が穏やかなわけがないはずなのに、グレイが思わず見とれるくらい綺麗なお辞儀をしてアリシアが去っていこうとする。

「ま・・・待ってくれ!!」

グレイは思わずアリシアを呼び止める。

アリシアは律儀に足を止めて振り返る。

「どうされましたか?」

アリシアがグレイに尋ねる。

「・・・あんたは何でそう普通な顔をしていられるんだ!?」

グレイは思わず叫んだ。

「・・・私は誉れある3大貴族バルム家の娘です。たとえ、この後すぐに死ぬことが分かっていても取り乱したりは致しません。そして、それは死の間際だとしてもです」

アリシアが気丈に答える。

「・・・」

グレイはその言葉に何も言えなかった。

「・・・では、今度こそ失礼致します」

何も言わないグレイの様子をしばらく見つめてから、アリシアがゆっくりと屋上から立ち去っていった。





「・・・じゃねぇか」

アリシアが立ち去ってからグレイが何かを呟く。

そして駆け出す。

グレイは気づいていた。

気丈に振舞っていたアリシアの足が微かに震えていたことを。

グレイは走りながら自問する。

(俺は何故走っている?当初の目的である寿命のことは伝えた。後は、バルムさんが選択することだ。正直これ以上は踏み込み過ぎだ・・・)

答えは出ないものの階段を急いで下る。

アリシアの姿は見えない。

校舎の外に出て、探し回る。

(居た!)

アリシアはちょうど迎えの馬車に乗るところだった。

最悪なことにアリシアは全寮制の例外の人物であるようだ。

家から学園に通っているのだろう。

「バルムさん!!」

グレイが叫ぶがその声が届く前にアリシアは馬車に乗ってしまい、そのまま出発してしまう。

「ちくしょう!!」

馬車に乗ってしまったらもう追いつかない。

人目も気にせず、グレイは悔しがる。

「・・・ダメだ!落ち着け!」

グレイはアリシアの気丈な態度を思い出し、心を落ち着けようとする。

そして、時間を確認した。

「今の時間は・・・16時11分。まだリミットまで1時間半近くある」

思ったより大分長い間アリシアと話していたようだ。

(まてよ。バルム家の場所は俺でも分かる。・・・だが、馬車でもせいぜい1時間の距離のはずだ。バルムさんの寿命が尽きる時間と合わない・・・となると途中で拉致される可能性が高い)

その事に気づいたグレイは再び走り出した。

(襲うのに都合のいい場所・・・森の中だ!)

走りながらグレイは考えを纏める。

(森迄の距離なら走っても数十分で着けるはずだ。まだ、間に合う)

今は、走り続けろ。

この頃には先ほどの自問した内容の答えが分かってしまった。

(初めてだった・・・俺の能力を気味悪がらなかっただけでなく、信じてくれた人は。・・・そして何より、あんなにも話していて楽しい女性は初めてだった)

「理由なんてそれだけで充分だ!」

グレイは自らを鼓舞して走り続けた。



走り続けて20分強、グレイは森に向かって走っていた。

魔法学園は山の上に森を更地にして建てており、森は下り坂の途中に拡がっている。

全寮制なのは通いづらさのためという面もあった。

街からも離れた場所にあるため、毎日遠くまで通える経済力が求められるのだ。

当然ながら他には人もいなく、グレイは誰ともすれ違わずここまで来ていた。

「はぁ・・・はぁ・・・」

(くそぉ。普段ならもっと早く到着できるのに)

流石に今日は走りすぎていたため、普段よりも速く走れないでいるのをもどかしく感じる。

(やっと森が見えた)

グレイはひとまずの目的地の森の中に入ると想定外のことが起きた。

バシャ

不幸なことに昨日まで降っていた雨が森の中では乾いておらず地面がぬかるんでいたのだ。

さらに体力が消耗されていく。

(一体どこだ!)

グレイはアリシアを探しながら時計を確認する。

(16時34分・・・くっ、1時間を切ってしまった)

だんだんと焦りが募る。

本当は叫び回って探したいが襲撃者が近くにいる可能性があるため大声を出せない。

(しめたっ!馬車が通った跡だ!)

ぬかるんだ地面はグレイの体力を奪うだけではなかった。

アリシアが乗っているであろう馬車の跡も残してくれていた。

(よし!)

目的地か近いことを感じ、吐きそうになるのを堪えさらに速度を上げる。

(見えた!)

さらに進むこと5~6分、遂に馬車を見つけた。

(様子がおかしい)

てっきり交戦中かと思ったが争った形跡は見られず、停車しているだけという感じだった。

グレイは走る速度を落とし、警戒しながら馬車の中を覗き込む。

「・・・誰もいない」

馬車の中にはアリシアはおろか御者すらいなかった。

「くそぉ」

ドカッ

グレイは焦りから思わず馬車を殴る。

「・・・駄目だ、慌てるな。16時43分。まだ時間はある。手がかりを探せ」

グレイは自分に言い聞かせると、汚れるのも構わず地面に寝転ぶ勢いで手がかりを探していく。

「・・・あった。馬の蹄の跡だ」

今更気づくが馬車なのに馬が居なかった。

跡は森の中の街道とはそれ、森の中に続いていた。

「・・・よし」

グレイは疲れた体にムチを打ってさらに走り始めた。

幸いにも蹄の跡は途切れる事はなく、迷わず進むことが出来ていた。

ただ、目的地が遠いのか、あれから30分は走っているが足跡はまだまだ続いていた。

「まずいまずいまずい」

グレイはまずいとしか呟けず、足跡を見失わないようにひたすら走るしかない。

「く、17時17分・・・後15分しか無い!!!」

間に合わなければ全てが水泡に帰す。

グレイは身が裂けるのも知らぬとばかりにさらに加速する。

その判断が正しかったのか、

「あった。あれだ!」

森の中に山小屋が建っていたのを発見した。

「ぜぇぜぇぜぇ。17時28分・・・後5分か」

もう作戦を練っている時間さえない。

グレイは覚悟を決めた。
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