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第3話

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グレイは屋上に向けて走っていた。

校舎は沢山あるが、屋上に入れる校舎は一つしかなかった。

通常、屋上というとここしかないためグレイは迷わず進む。

ちなみに食堂の近くに屋上があるので、グレイは急がねばならなかったが待ち人であるアリシアはゆっくり来ても間に合う距離である。

「よし!後は階段を登るだけだ」

階数にして4階分を一気に登っていく。

バン!

最後は思い切りよくドアを開けた。

「はぁ・・・はぁ・・・よし。誰もいないな」

グレイは荒れた呼吸を整えながら周りを確認する。

グレイは、わざわざ放課後に屋上にくる生徒はいないことを知っていたのでこの場所を指定していた。

その予想通りだったのでひとまず安堵する。

「ふぅ。今日は走ってばかりだな」

呼吸が落ち着いてきたグレイは時計を確認する。

「14時45分か・・・あと15分あるな。早く着き過ぎてしまった」

グレイは屋上の端の方に向かって歩いていく。

「うーん。どういうポーズで待っていようかな」

手持ち無沙汰になったグレイはアリシアを出迎える時にどのようなポーズで待っていようかというくだらないことを考え始めた。

「やっぱり、ドアに向かって立っていた方がいいか?・・・いや、それだと待ち焦がれていたように見えてしまうよな・・・」

ドアに向かって待っていることは却下らしい。

「うーん。なら、ドアの死角で寝っ転がっていようか・・・でも初対面の相手を待つのに寝っ転がっているのは失礼か・・・」

寝て待つという非常識なアイディアは幸いにも却下された。

「どうしよう」

刻一刻と時間が過ぎるにつれて焦りだすグレイ。

「いやいやいやいや」

はっとなり頭を振るグレイ。

「いくら素敵な方だろうと関係ない。俺は告白をしに来たわけでは無いんだからな!」

大声で自らを否定するグレイ。

「・・・やはりそうでしたか」

「えっ!!」

グレイは急に聞こえてきた別の人の声に驚き、振り返るとそこには先ほど初めて会話をしたアリシアがドアの前に立っていた。

ただ立っているだけなのに気品に溢れて見える。

「ば、バルムさん!」

「ふふふ。驚き過ぎですよ。あなたがお呼びになったのではありませんか」

グレイの反応が面白いのか、アリシアが微笑みながら指摘する。

「そ、そうでしたね」

ちらりとグレイが時計を見ると14時50分であった。

「私、相手をお待たせするのが嫌いなのです」

アリシアがグレイがこっそり時計を見たことに気づき、そう言う。

「そ、そうなんですね」

動揺しているグレイは、頭が回らなかった。

(いかん。このままじゃ伝えたいことが伝えられない)

グレイは落ち着こうとアリシアをしっかりと『視る』。

『アリシア・エト・バルム。15歳8ヶ月。残り寿命2時間42分』

三度目の確認。

(ここまで来ると確定的だ)

「ふぅ」

グレイはまず、深呼吸をしてからアリシアに話しかける。

「俺の名前はグレイ・ズーと言います。今回は急にお呼びしてしまい申し訳ございませんでした」

相手は貴族だ。しかも頂点の一角である。それなりの言葉遣いをしなければなるまい。

「アリシア・エト・バルムです。どうしてもお話ししたいことがあったのですよね。卒業後は難しくとも今はお互い学生の身。そこまで謝らなくても構いませんよ」

「ありがとうございます」

「それでは、お聞かせいただけますか?ズーさんは私に何を仰りたいのですか?」

(やばい。凄く嬉しい。名前を呼んで貰えた!・・・はっ!いかんいかん。落ち着け俺)

グレイはアリシアの言葉に脱線してしまいそうになるのを堪え、呼吸を整えてから




「落ち着いて聞いてください。実は・・・あなたは今日の夕方にお亡くなりになってしまうのです」




核心から先に話したのだった。



「・・・・・・・・・なるほど。『あなたの人生に関わること』というのはこういうことでしたか」

アリシアが長い沈黙の後、冷静に言葉を返す。

グレイは他人にましてや初対面の人間にいきなりこんなことを言われたら非難を浴びせるのが正しい反応だと感じていたため予想が外れ、驚く。

「いくつか確認させてもよろしいでしょうか?」

アリシアがグレイに質問の許可を問う。

「はい。もちろんです」

「では、念のために確認させてください。私とズーさんとは初対面でよろしかったですよね?」

「はい。今日初めて会話をしております」

(まずいな・・・)

グレイは段々と焦りを感じてきた。聞かれれば聞かれるほど怪しさが増す未来しか見えなかったからだ。

「そうですよね。もし違ったらと申し訳ございませんでしたので。立場上、色々な方と知り合う機会があるものでして」

アリシアがほっとしたように言う。

(優しい人だなぁ。如何にも怪しい俺のことを考えてくれている)

「それでは、何故ズーさんは初対面の私にお手紙をくださったのですか?」

(さあ、ここからが正念場だ)

グレイは、アリシアに信じて貰えるように話すことが今回の肝だと理解していたため気合を入れる。

「それは、あなたが今日亡くなることが分かり、お伝えしておこうと思ったからです」

「それは何故ですか?」

「言ってしまえば、これはただの自己満足です。考えても見てください。例えば、バルムさんが同じ学園に通う話したこともない同級生が今日、亡くなってしまうということが分かったらどうされますか?」

グレイの言葉にアリシアが考える素振りをする。

(相手の話を聞いてくれる良い人だな)

アリシアの邪険にしない対応にグレイは嬉しくなる。

「・・・そうですね。ズーさんのようにお伝えしようとするでしょうね」

アリシアが納得したように答える。

「では、何故ズーさんは私《わたくし》が今日亡くなると思われたのでしょうか?」

アリシアがついに一番グレイが答えたくない話題を尋ねて来た。

まっすぐな綺麗な目でグレイの目を見つめてくる。

(そんな真剣な目で見られたら嘘はつけないよな)

グレイは覚悟を決めた。

「・・・本当は『夢で見た』って言おうと思ったんだ」

口調が自然と普段言葉になる。

「それは・・・無理がありますね」

グレイの言葉遣いが変わったことには何も気にせずアリシアが答える。

「もしそう言っていたら、私に言い寄るための嘘と判断しておりましたね。ズーさんが私《わたくし》のことをどう思っているかは分かりませんが、意外とモテますのよ。靴入れにはいつも恋文が入っておりますし」

「いや・・・意外というか予想通りなんだが・・・。でも、良かった。バルムさんに食堂前で会えなかったら下駄箱に入れようと思っていたから」

グレイは安堵したかのように呟く。

「ふふふ。それでしたら恐らく、読むのは帰ってからでしょうね」

アリシアが微笑みながら呟く。

「なるほど。読んでは貰えたんだな。それは予想外だった」

グレイが笑いながら呟く。

「もちろんですよ。私のために書いてくれたのですもの。読まないなんて失礼でしょう?宛先が分かるものに関しては返事も書いておりますし」

「まじか!それなら、放課後なんて無くなっちゃうじゃん」

思わず呟くグレイ。

「・・・ふふふ。言われてみればそうですわね」

アリシアがグレイの言葉にきょとんとしてから笑う。

笑い終えてから、アリシアが再度グレイに問いかける。

「それで、先ほどの問いにはどのように答えてくださるのですか?」

その言葉にグレイは本当のことを言う覚悟を決めた。





「今から話すことは他の人には内緒にしてくれ。昔この話をして散々な目にあったことがあってな」

グレイが前置きをする。

「・・・分かりました。バルム家の名に懸けて他言しないと誓います」

アリシアが真面目に答える。

「いや・・・そこまでしなくてもいいんだが」

(三大貴族の名に懸けるなどスケールがデカすぎてもはやよく分からない)

「そういう訳にはいきません。ズーさんの覚悟に見合った正当な宣言です」

アリシアが頑なにそう答える。

(・・・意外と頑固な面があるのかもな)

グレイはそんなことを考えながらも話始める。

「俺には、物心ついたときから特別な能力がある」

「特別な能力・・・ですか?」

アリシアが初めて聞くのか不思議そうな顔をする。

「ああ。それは・・・『相手の名前、年齢、残り寿命』が『視える』能力だ」

グレイがアリシアの綺麗な瞳をまっすぐ見つめながら言う。

「・・・そんなことがありうるのですね」

アリシアが否定をせず、受け入れるようなことを言った。

「・・・信じるのか?」

その様子に逆にグレイが驚く。

「何故ですか?本当のことなのでしょう?」

グレイの反応に疑問符を浮かべるアリシア。

「あ、ああ、もちろん本当のことだ。だが、荒唐無稽なことだから・・・。バルムさんが人を簡単に信じ過ぎる気がして心配になってな」

グレイが正直に答えるとアリシアが笑い出す。

「な、何かおかしなことを言ったか?」

グレイが突然笑い出したアリシアに尋ねると、

「ふふふ。普通騙そうとしている人がそのようなことをいう訳ないじゃありませんか。私《わたくし》だって人を見る目くらいありますよ」

「それもそうだな・・・」

「それにズーさんを信じた理由はいくつかあります」

アリシアがグレイが本当のことを言っていると信じた理由を話し出す。

「まず一つ目は、今回の行動です。ズーさんの能力で私の寿命を見たということであれば今回のズーさんの行動も納得がいきます。ですが、私《わたくし》の気を引こうとするという線も否定できません」

「・・・そうだろうな」

グレイがアリシアの言葉に頷く。

「そして、二つ目ですが、食堂で私に手紙を渡すときにもう一人いた女の子にズーさんが『ミル』と言ったでしょう?」

「ああ。それが何なんだ?」

グレイが疑問を口にする。

「彼女にとってその名前は隠していたい名前なので、この学園でその名前を知っているのは私以外おりません」

「・・・なるほどな。俺を信じて貰う理由になったのは結果オーライだが、あの子には悪いことをしてしまったな」

「そうですね。次に彼女に会う時は呼び方に気を付けてくださいね」

アリシアがグレイに向かって窘めるように言う。

その仕草が可愛らしく、グレイは一瞬惚けてしまってから、

「あ、ああ。そうする」

そう返事をするのがやっとであった。

「ふふ。約束ですよ」

「ああ」

「さて、では教えてください。・・・あなたには私がどう『視えて』いるのですか?」

アリシアがグレイにそう尋ねる。ふと足元を見ると若干震えているのが分かった。

(無理もない。相手の寿命が視えるということを信じた上で聞いているのだから)

グレイはアリシアの気持ちを理解した上で、はっきりと答えるのが礼儀だろうと思う。

「俺にはこう『視えて』いる。『アリシア・エト・バルム。15歳8ヶ月。残り寿命2時間11分』と」

「っ!?・・・そうですか。・・・余り時間が無いのですね」

アリシアが全てを理解し、受け入れるように言った。

「ああ・・・。今日は急に悪かった。どうしてもそれを伝えたくて」

グレイがアリシアの様子を見て居られなくて空を見ながら謝った。

「いいえ。そのようなことはありません。教えてくださりありがとうございました。残り時間を精一杯生きてみます」

アリシアが気丈にもグレイに対してお礼を言った。

その様子を見てグレイはアリシアを見る。

(なんて強い人なんだ)

グレイがアリシアの立場だったらとても同じような反応はできなかっただろう。

同年代のアリシアを尊敬した瞬間であった。
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