死神とライバル

RIKUTO

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とある病気のベッドには、ウルフヘアーの少年が入院していた。
彼はその髪型からウルフと呼ばれ本人もその名を好んだ。
小さい頃から幼なじみの桃川とともに水泳を始めその類まれな才能を発揮し県や市で行われる水泳大会の記録を二人で破り、事実上二人の争いになる程だった。
二人は大の親友でありながら、最も倒すべき心の底から憎しみ合う敵同士だ。
日本の水泳界では期待の星であり、タイムは五輪参加標準記録を余裕で超え、二人共、数年後のオリンピックにはほぼ確実とまで言われた。名コンビの桃川と共に水泳ジュニアオリンピック界を総ナメにした彼は、半年前突如練習後に意識を失い、そのまま病院へ運ばれた。
病室のベッドの横には練習の時水着姿で二人で取った肩を組み合ってピースしている写真と、桃川から貰った水着とゴーグルがいつも置かれている。
病気が治ったらお揃いの水着とゴーグルで泳ぐと約束したからだ。
そして彼の夢は、その水着とゴーグルでオリンピックに出場し、彼と二人で表彰台に登ること。
もちろんウルフが金メダルだ。憎むべき敵に表彰台の一番上を渡す訳にはいかない。

お見舞いには親族や水泳界の関係者など数多く来た。
もちろん桃川もだ。
すっかり病気も治りいよいよ退院の日が近づいて来たある日、トイレから返って病室に戻ろうとして廊下を歩いていた時だった。
向こうからぼんやりと黒い影が廊下の向こうからこちらに近づいてくる。彼はそれを見た瞬間に凍りついた。
真っ黒なその影は人の形になっていき、恐ろしい顔が浮かんで来た。
その異様な光景には廊下を歩く他の人は全く気づいていない。歩行器で練習している老人と付き添いの看護師、
にこやかに談笑する患者二人、恐ろしいそれは彼らの目の前をスーッと通過していく。
そしてウルフの目の前に近づいたと思ったら、天井には吸い込まれるように形を変え消えていった。
彼はあまりの異様な光景に、廊下の壁に寄りかかったまましばらく硬直していたのだった。
一筋の汗が頬を伝い廊下の床に垂れる。
「あんちゃん。あんたも見えるのか?」
突然おじいさんが話しかけてきた。
びっくりして振り返る。
「い。。。。いや、あの。。。」
終始言葉が出てこない。

隣の病室に入院してる認知症のおじいさんだ。
「見えてるんだろ?そう顔に書いてあるわい。わしだけじゃなかったみたいだな。最近見えるんだよ。先生に言ってもなぁ。誰も馬鹿にして聞かないんだよ。」

じっと廊下を見つめ話している。
「あっ!おじいさん。病室戻りましょうね。」

看護師がそのおじいさんを見つけるとすぐに駆け寄って病室に連れて行こうとした。
「あっ。ウルフ君じゃない。このおじいさんちょっとボケちゃってるからね。あんま気にしないでいいのよ。もうすぐ退院できるんだったよね。うちの子も水泳やってるからあなたのこと応援してるってよ!」
「あっ。。そうですか。ありがとうございます!」

少し苦笑いした。
おじいさんは付き添われて病室に戻った。

その夜。
彼はどうしても寝付きが悪く仕方がないので水泳のイメトレをしていた。
あの黒い影のことが頭にこびりついて離れない。
普段なにげなく行っていたトイレも勇気を振り絞るまでに恐怖なものになってしまった。
すると、やけに廊下が騒がしくなって来た。
隣の病室に当直の医師や看護師やバタバタと駆け込んでいく。
「至急!」「CPA!」
ガヤガヤしている。どうやら隣の病室の誰かの容態が急変したようだ。彼はそのままベットに包まった。
そうこうしてるうちにさすがに眠くなるもので、そのまま朝を迎えた。
その日、診察を終え病室に帰ろうとすると、隣の病室で看護師や清掃の人が片付けをしている。あのおじいさんのベットだ。
「えっ!?あの、おじいさん。昨日まで話してたのに。」
すると、同じ病室のおばさんが話しかけてきた。
「あのおじいさん。亡くなったんだ。昨日の夜中急に容態が悪化してね。あっという間だったよ。死神にでも取り憑かれたんじゃないのかい?」
!!!!!!!
何気ないおばさんの言葉に、彼に雷が落ちるような衝撃が走ると同時に、あの時のことがわかったような気がした。
あれは、死神…!!
そうか、まもなく死が訪れる人間に見えるんだ。そしてあのおじいさんを迎えに来た。ということは俺も!!

「どうしたんだいウルフ君?そんなに青い顔して。」
おばさんの言葉に我に返った。気が動転して凍りついていたようだ。

その夜、彼はベッドに包まりガクガクと震えていた。
「俺は死ぬ!?病気はもう、治ってるんだよな?いや、死んでたまるか!あいつとの約束!また、二人で泳ぐって。二人でオリンピックの表彰台に立つんだよな。」

気づくと、机においてある水着とゴーグルを手に取り、ぎゅっと握りしめていた。
「桃川!お前、お前だよな。」
布団に包まり、病室のカーテンは全て閉めてあるが、迫りくるただならぬ気配にじっと耐えるしかなかった。
それは確実に彼に近づいて来るのだった。


???
ん?ここはどこだ?気がつくと、そこは彼と桃川が子供の頃練習していた。思い出のプールだった。
少し古い市民プール。たまに二人で泳ぎも来ている。
彼はプールサイドではなく隣の道に立っていた。
なんと、プールサイドにはあの桃川が立っているではないか!
しかも、二人で約束したあのおそろいの水着を着て、暗いプールサイドにぽつんと佇んでいる。なぜか彼の周りだけは見える。
彼はあの光景を金網越しに見つめている。
「桃川。お前何してんだ?」
彼の声は全く届いていない。
しかし桃川の表情は悲しげで、目は少し涙ぐんでいる。
そして、何かをつぶやいた後で、コース台に立ち首にかけたゴーグルを目に着用しないまま飛び込んだ。その飛び込みは世界一と言われた程美しい。
「おお~っ。美しい。今まで見た中で一番だ。お前、今でも夜にこっそり練習してたんだな。ガキの頃よくやってたよな。宿題もやらないで。だけど水泳で結果出したから怒られなかったけど。けどなんでゴーグルつけないんだ?」ウルフはそう言葉を漏らした。
「あっ。それはそうとなんで俺もこんな所に?それにあいつも。」

ぶくぶくとプールの自ら気泡が立つ。
桃川の息だろう。しかし、いつになっても彼は水中から顔を出さない。「潜水?あいつ潜水嫌いとか言ってたけど?」

次の瞬間、気泡とともに、真っ赤な鮮血が湧き出るように水中から現れた。どんどんプールを染め、瞬く間にプールを赤一色に染めた。
「おーい!だっ誰かー!誰か来てくれー!」
彼は必死に金網を両手でたたき呼びかける。周囲を見渡すが、誰もいないどころか、全くの漆黒の闇で何も見えない。
真っ赤なプールからは桃川の体は全く浮き出ては来ない。
「頼む!」「そんな。。。」「嘘だーっ!」
彼の声ともわからぬ声があたりにこだまする。
ウルフ自身はその場にへたり込む。
金網は無情にも行く手を阻む。

「くっ。。。くそぉー!!!!」彼は上を向き絶叫した。

「ウルフ、ウルフ!」
桃川の声だ。パチン!
頬を叩く音と一筋に痛みが走る。
気がつくと、そこは病院のベッドでウルフの両親と桃川の3人が心配そうに覗き込んでいた。
どうやら夢を見ていたようだ。何と言う変な夢だろうか。
「桃川!お前生きてたんだ。なんであんなふうに!」
彼は思わず口にした。
「ん?何言ってんだお前?どうせ、俺が死ぬ変な夢でも見たのか?ご両親だってこうしてきてるんだ。あんまりご両親に心配かけんなよ!」
桃川は笑いながら言った。
「まぁ、今日はようやくこの病院から出られるんだ。こうやって桃川君も心配して駆けつけてくれたんだよ。」ウルフの父親が言った。
「そうか、やっぱりあれは変な夢だったんだな。」
そう言うと桃川は、「死神のことは気にすんな。あんな黒い影みりゃ誰だって怖いよ。悪い夢見たのもその影響だよ。まぁ、お前に負けるほうが怖いけどな!」
笑い飛ばしていった。
その時四人とも全員笑った。

その後、病気のブランクをまるで感じさせないその泳ぎと、桃川との水泳は周りを魅了した。
約束の水着とゴーグルを着用して、二人は次々と前人未到の記録を打ち立てていった。
おそろいの水着は彼らのトレードマークであり続けた。

2028年、米国、ロサンゼルスオリンピック。
二人はそこにいた。水泳の決勝、3位を大きく突き放し、二人は突出した。二人だけの熾烈な争いだ。
もちろん、メダルは確定し、金と銀は二人で分け合った。
二人の夢である二人でオリンピックの表彰台はここに叶ったのである。

その後、シャワールーム。
二人きりでシャワーを浴びている。彼らはお互い背を向けている。
ウルフが蛇口をキュッとひねって水を止めた。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべると。。。
身体が瞬く間に黒い霧に包まれると、あの恐ろしい廊下で遭遇した死神に変身したのだ!!
ウルフいや、死神はゆっくりと桃川の方を振り返る。
「キュッ!!」
桃川が強く蛇口を捻って水を止めた。
桃川もニヤリと笑う。
「フフ。お前も気が早いもんだな。」
そう呟くとフッと死神の方を振り返る。
桃川の瞳は怪しく赤い光を放つ。
「さぁ、また迎えに行こうぜ。」


終。





















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