甘いのどっち?

宇井

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魅惑のチョコレート

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 マイカの言葉を信じて、僕は翌日その日のねぐらから城へ飛んだ。
 約束通り、マイカは違う物を持って噴水までやってきたようだった。包みを開けなくてもバターの濃厚な香りが鼻を直撃する。
 僕の鼻の穴はもっともっと香りを拾う為に広がり、首をそらしたせいでよたった。かっこ悪い。
 まあ、マイカが一気に笑っていたのだから、それはそれでいい。
 よかったら場所を移そうと言われて、僕は迷いなくマイカの肩に乗った。

 ただの廊下が無駄に豪華だ。どこを見ていいものか分からなくなって、金メッキに目がパチパチしえしまう。
 城の内部は白を基調として優雅、天井が高く、たまにそれを確かめるように真上に飛んでは肩に戻った。それがマイカのツボにはまったらしく、部屋に到着するまで小さく笑っては揺れていた。
 連れてこられたのはマイカの部屋。そこは王城の中心から外れていて、噴水の場所からは遠かったのだった。

 そんな感じで軽く二回目の対面は果たされ、それ以来、僕はマイカの部屋のある二階の出窓に着地して窓をつつき、来た事を伝える合図するようになった。たとえ留守にしていたとしても部屋の鍵は開いていて室内には入れる。
 けれど、マイカの部屋は綺麗すぎて落ち着かない。遊ぶ物もなくて暇だ。珍しい天蓋付きの王室仕様ベッドだって一度みれば十分。そうなると僕は広大な王城の敷地で適当に遊んで、マイカを待つのが日課になった。

 考えてみれば、僕が口に物を入れるのも今までほとんどない事だった。水にしろ食料にしろ、他の物からエネルギーを補給する必要がないからだ。
 それがこの場所でマイカに出会ってから、菓子に出会ってからというもの、僕はそれを夢見るほどに、身もだえするほど焦がれるようになっている。
 初めて触れた人間、初めての甘味。ここに来てから初づくしだ。
 
 僕の一日のスケジュールはこうだ。
 夜は街はずれの森で枝から枝へと移りながら具合のいい場所を探して寝て、午前中は仕立屋の犬と遊んで、昼からは王城の庭で遊ぶ。

 一度、甘味を求めて城下の街へと足を向けたけれど、あそこはだめだった。
 像やベンチのある広場で散歩したけれど、固くなったパンをちぎっては投げてくる奴はいても、マイカのようにクッキーやら飴やらをくれる人は誰もいないのだ。
 いくら豊かだと言っても、鳥にまで美味い物をやる人間はやはりいないようだ。
 商店の店先には豊富に物が並び、道行く人は誰もが飢えては見えない。国全体がそうかは知らないけれど、少なくとも王都は庶民までも潤っている。

 その広場を抜けた石畳の大通りを一つ外れたにある、紳士服の仕立屋さんにはドア横で寝そべる犬、僕が置物と疑った犬がいる。
 大きな体を持つ犬は心が大らかなのか、それとも単に年を取り過ぎて億劫になっているせいなのか、魔を持つ僕がその犬の正面に降り立っても吼えられる事はなかった。奇跡だ。
 僕はそれをいい事に、第一段階として犬の尻尾に乗る、様子を見て徐々に移動して最終的には頭に乗る。
 少しでも老犬の尻尾が揺れたり、体が動いたりしたら僕の負け。負けたら今日のお菓子を我慢するっているマイルール。だけど僕は全勝中。
 毛足の滑らかなモフモフに足を取られないようテシテシしっかり歩くから、存在は伝わっているはずだ。でも彼は微動だにしない。だから調子のって頂上でヤッホーって言ってから寝てやる。
 無いに等しい首を胴に格納して羽を畳んで僕的最少サイズになって瞑想すると、僕を囲む空気までが優しくて僕も犬の一部になったような気がする。
 通りに出ている看板の文字を端から端まで読むのも楽しい。飽きたら寝る。次は看板を逆から読む。繰り返しだ。

 帽子屋、くつ屋、カバン屋。
 ここは専門店のこだわり職人が集う高級通りらしく、立派な二頭立ての馬車が行き交うだけでなく店前に止まったりする。
 老いた犬と鳥のセットなんて邪魔なんじゃないかと思ったけれど、どうやら彼は看板犬みたいで、どの人も声を掛けてから店に入っていく。もちろん僕を見つけて微笑む事を忘れない。
 そして気が済んだ所で次は王城へ行く。

 庭園の刈り込まれた緑の生垣に体を埋めこんで庭師さんのお仕事拝見。
 楽士たちの詰め所で音楽鑑賞。
 洗濯物のはためくロープで小休止していたら、遠くからこちらを覗ききゃあきゃあ言う使用人たち。つむっていた目の片方だけ開けて観察するのも楽しい。
 僕の容姿は老若男女問わず受ける。この世界の人も球形の物体や生き物に対して警戒心を抱かず、むしろ慈しみたいと思うようだ。

 そして最後はマイカの部屋へと飛ぶ。
 毎回マイカの用意してくれる菓子はどれも美味しい。
 一人がっついているのが気になって、マイカの前にも残した一枚を置くと、最初は手にとったものの口まで運ぶ事はなくて、どうしたらいいものかと迷って見えた。
 鳥が齧った物を口に入れるのは抵抗があるっていうより、菓子を口に入れること自体が受け入れがたいように見えた。
 それもしつこく、口ばしで突いて勧めると、少しずつ口にしてくるようになって、一週間もすれば自分の分も用意して進んで一緒に食べるようになっていた。次第にマイカが食べる量も増えていって、茶と菓子を楽しむ仲間ができたような気分になった。
 餌付けって楽しいんだな。

『今日も勝負は僕が勝ったよ。っていうかもう負ける事なんてないよ』
「君はお茶も嗜むんだな。あ、熱いから気を付けて。高級な茶葉がわかるなんて最高だよ。輸入物のリョクチャはよほど口に合うようだね」
 噛み合わないけれど会話って大事だ。

 そしてマイカのご希望でお触りタイムが始まる。
 マイカの手の平の中におさまると、最初は頭頂の部分から指で攻められる。どうしてか一度ぶるりと身が震えるのは自分では制御できない。鳥肌ビンビンだ。
 その後は羽を流れに沿ってひらすらに擦られる。胸のあたりもお気に入りのようだ。
 強くもなく弱くもないタッチは絶妙で、マイカは他の鳥にも手を出しているのかと疑いたくなるレベルだ。うっとりして寝落ちしそうになるのも度々で、首がかくっとしてハッと意識を取り戻す。
 たったの十分に満たない時間でも僕たちは満足した茶話会タイムを送っている。

 そんな調子で、この国の王城へ辿り着いてから、三週間が経過していた。



「ノア、ノア。今日はね、おやつじゃないんだ」

 そう言ってテーブルに差し出されたのは、野菜の浮かんだスープだった。
 なぜにスープ? 
 どれどれ、人参、玉ねぎ、セロリ……いや、全然食欲わかないんだけど。
 僕はスープをちらりと一瞥して背を向け、がっくーんと首をうな垂れた。
 
 ちなみにノアってのはマイカが勝手につけた僕の名前だ。ノアには癒しって意味があって、それが僕にはぴったりなんだって。
 まあ、今まで名無しだったから何でもいい。ただし、このスープはよろしくない。
 よろしくないぞ……

「君は本当に面白いなノア」

 マイカは僕の態度に怒る事もなくフフッと笑い、スープの小皿を目の前から少しだけ下げた。
 面白いってのはきっと人間臭いって事なんだろうな。

「実はちゃんと菓子も用意してあるんだ。ノアは物知りだから知ってるかな。茶色くて、口に入れると舌で溶けて」

 マイカの手の平には、小さな四角い包み紙が一つ。
 それってチョコレートの事だ。わかる、わかるよ!
 忘れていた記憶が蘇る。女子が何の気まぐれか一粒のチョコを渡してきた事があった。テスト終わりで疲れが溜まっていたせいか、その時の甘味は珍しく体の細胞にまで染み込んだ気がしたんだ。

 茶色の宝石。
 ゴクリと喉がなって、とさかがアンテナのようにビンビン立った。
 これまでのクッキーやケーキなんかと違って、甘い香りだけでは説明しがたい存在感がある。
 チョコ! チョコレート!
 興奮してその場でぐるぐる回った。

「でもこれはね、人間じゃないと食べられないと思うんだ」
 ん? どうして? 今までのお菓子は普通に食べられていたし、チョコは子供のおやつだ。
「だからノア、僕を信じて、契約をしないか?」

 契約?
 子供の口から出るとは思えない、契約という言葉に首をひねる。
 それって署名して印鑑とか押さないと駄目なやつだよね。

「私の組んだ魔法陣の上にのれば、ノアは人間の姿を取る事ができるようになる。私たちと会話できるようになるし、チョコレートもお菓子も食べ放題、いい話だろう?」

 そう言い終わらないうちに人差し指を使い、目の前で何かを書きつけるように空気を切る。マイカの顔は真剣で背筋も伸びている。
 その長い指が下を示した途端、足元の絨毯の上に金色に輝く複雑な文様が浮かびあがった。文字というよりは解読不能な数式に近い。
 その輪郭から光の粒が蒸発するように空気の渦を巻き上げながら天井へと散る。
 巻き込まれる。
 ぼくは思わず目を閉じてしまったのに、チラリと見たマイカは自分の作り出した物など見慣れた物なのか、眩しい光には目もくれていなかった。
 マイカは魔術が使えたんだ……

「ノア、チョコだよ。チョコレート。ほら欲しいだろ」

 困惑する僕に畳みかけるように早口に言い、マイカは文様の向こうにチョコを置くと膝を付き、手を軽く叩いた。
 
 「こっちだよ」

 ってマイカ、さっきの格好よさはどこへ行った。まるで這う事しかできない赤子を呼び寄せてるみたいじゃないか。
 うっかりチョコに釣られて、僕が文様の中を通り抜ける事でも狙っているのだろうか。魅力的なエサを前に僕が我慢できずに飛び込むのを待っているのか。
 マイカ、僕はそんなに単純じゃないよ。あきれるよ。

 けど……僕の心は実は前の瞬間に決まっていた。
 マイカの繰り出したそれは今まで見てきた禍々しい文様とは違っていて、マイカの瞳のように美しい。
 僕を構成する体の欠片が、自らの意思を持ってこの身からぺリペリと剥がれて、そちらに寄り添おうとする感覚。
 目を閉じて、全身で感じたくなる。
 こんなの初めてだ……

 前に一度暇つぶしに木の根元に張られた文様を、エイッと短足キックで粉々に砕いた事があった。
 その瞬間は清々しかったけれど、地面に染み込んで消える式の欠片は見ていて気持ち悪い思いをした。すぐさま水浴びに飛び立ったのは言うまでもない。
 こんなダサい式に捕えられるものかって思ったけれど、それは僕を嫌な気分にさせる事は成功していた。
 だから、もしマイカの作った式の中に怪しげな契約が含まれていたのなら、僕の勘が働いて、きっと叩き壊しているし二度とここには来ないだろう。

 僕は意志を示すようにしっかりとした足取りで、実際のところトコトコ近づいて、その繊細な輪の中にえいやっとジャンプした。
 眩しくてまた目を閉じたけれど、次に開けた時にはその小さな粒さえ残っていなかった。
 ゆっくりと開く視界に見えるのは、マイカの顔。
 いつも彼の大きな体を見上げるだけだったのに、今はとても距離が近い。

 鳥の目でみても、人の目で見ても、マイカの瞳は綺麗だ。
 その瞳を通して見る世界は、すべてが青く輝いているんじゃないだろうかって。

 初対面の時より幾らかふっくらしたマイカの顔を瞬きもせず十分眺めたあと、僕は自分の意思で動かせるかと体の動きを確認して、手のひらをじいっと見つめた。
 手には指が五本あって、細い指先にはピンク色の爪。マイカの言った通り、僕はマイカとの契約で人型になっている。
 今まで広すぎた部屋が、小さくなっている。遠近感が狂ったみたいで少し息苦しい。
 なんか、変な感じだ……

「ノア!」
「ぐはぁ」
「私はね、ノアがお腹のぽっこり出たおじさんであっても、愛する自信はあったんだ。だけどだけど、ああ、神様、なんてことだ!」

 珍しくマイカが声を張った事に驚いた。
 そして両手を広げて僕を包んできて、ちょうどマイカの首元に僕の顔が埋まった。
 お腹が出たおじさんって……
 さすがにそれと違うだろう。鳥としては確かに丸ぽちゃだから、そう思われても仕方がないけど。
 僕はおデブでもオジサンでもない、予感した通り細見の男子に変身しているようだ。

 ――はやく魔力の強い主が見つかるといいな

 オジサンの声が耳の奥で響く。
 僕がここに来る前の頂上城にいたオジサンだ。
 微量の魔力しかない彼はそう言っていた。

 これがそれの強い主を見つけたとい事なんだろうか。
 かわいいだけで終わらせず、僕という存在を見つけてくれたオジサンには仕えてもいいと思った。だけど、オジサンは魔力持ちながら魔法は使えなかったのだ。

 言葉も通じないのに、オジサンはよく僕と喋ってくれた。
 オジサン曰く、僕は森の泉に住まう最後の魔らしい。
 幼い魂ならばここを離れた方がいいって独り言ちて……土に目を落としたまま、南を目指せと言った。
 花なんて一つも植わっていない王城の庭で畑を耕すオジサンは、本来は主塔での見張りが役割らしい。でもオジサンの手は剣なんかじゃなくて、鍬を持ってできた豆でごつごつしていた。
 その節のある手に土が詰まっていて、服はいつも汚れていた。それ思い出した途端に、僕の目が潤みだした。
 元気かな……今頃になってそんな事を思い出すなんて……
 くすんと鼻が鳴る。

「ノア、なんてかわいい」
「ふがぁ」

 ちょっ、と僕、感傷に浸ってたんだけど……
 僕の胸は更にマイカの体に強く潰されて、萎れた気分も吹き飛んだ。

 絶対に僕の方がお兄さんだと今までは思っていたのに、どうやらそれは違ったみたいだ。背だけじゃなくて意外に力も強い。
 そして背中の肌に触れて伝わるマイカの体温は熱い。
 肌に擦れるマイカのシャツはサラサラで気持ちがいいのに、思わず鳥肌が立って、ふぇって鼻にかかった声が出た。
 人型で感じる世界は記憶が薄い分、思った以上に敏感で繊細だった。

 何だか寒いと思ったのは最もで、人型をとった僕はすっぽんぽんだった。すぐにマイカが服を部屋のクロゼットの奥から持ち出してくれたて、それは僕にピタッタリのサイズだった。
 白いシャツに紺のズボン。これは?って聞いたら、マイカが少し前まで着ていたものだって。
 そう言われると、少し時間を置いていた匂いがしないでもない。

「これって森の匂いだ」

 とクンクンすると。マイカも袖口に頬を寄せてきて目を閉じて息を吸い込む。
 瞼のおりた目に長い睫、抱きしめられた時には何もなかったけれど、それは僕の胸をドクンと一蹴りさせた。
 マイカは痩せっぽちだけど、色気があるんだ……

「ん? ノア大丈夫か? 耳が真っ赤になっている」
「寒いから、かな。そ、そういう事、言わなくていいから……」

 下着と靴下、靴、他に色々はすぐに用意するって言って、お付きの人、僕もよく知る護衛からお茶くみまで何でも一人でこなしてしまうヒューゴさんを呼んで手配していた。
 そして僕は契約のその日から王城で生活する事になった。
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